母の宿題と父の説教
スキル攻略 再開です。
引きずられるようにジョヴァンナの執務室の前に連れられてくると、侍女が大きな木箱を運び込むのが見えた。それも一つや二つではない。
「母様、これは何でしょうか。」
「ダラヴィッラが持ってきてくれました。旧スフォルツァ辺境伯領の領政の記録100年分くらいです。私からの宿題です。全部読みなさい。」
『100年分ですか?』
「僕にどうせよとおっしゃるのでしょうか。」
ジョヴァンナはジャンフランコに旧スフォルツァ辺境伯領の記録を読ませ、辺境伯家の継嗣にふさわしい知識を身につけさせたいようだ。普通は領主教育の中で徐々に教わるものだが、ジャンフランコにはその機会は与えられない。
それに代わるものとして領政の記録を読ませようというわけだ。ジャンフランコには「神測」があるので人間の教師による説明も不要になるとの目論見だ。
「母様、読み込むだけなら1週間もいただければと思いますが、分析するとなると頻繁に魔力枯渇を起こすことになります。神学校の受験も始まりますし、しばらくお時間をいただければと思います。」
「そんなには急ぎません。受験の準備も終わり読むものもなくなった頃でしょう。神学校に通いながらでもよいのです。少しずつ読み進めなさい。」
ジャンフランコは母の前を辞して自分の部屋に戻る。
『100年分の書類ねぇ。』
コルソ・マルケ砦の情勢について分析する中、ジャンフランコが「神測」に力不足を感じていたのは確かだ。母ジョヴァンナに雷を落とされて以来、強化に二の足を踏んではいたが、魔力枯渇で倒れなければ大丈夫だろう。
『そろそろ強化を再開してもいい頃かもね。寝る前にやるなら魔力枯渇で倒れても朝までに回復するし、バレないよね。』
現在、16bitで止まっている「神測」だが、24bitくらいまで引き上げるだけで随分と分析能力があがるはずだ。
前世でもCD(16bit)で十分だと考えていたところにハイレゾ(24bit)で音楽を聴いて、あまりの違いに目から鱗がボロボロ落ちたことを思い出す。
「神測」の強化のついでに魔力枯渇で最大魔力を伸ばせたら儲けものだ。
魔導士や騎士が故意に魔力枯渇を起こす場合も、訓練場など魔法や戦技を撃っても差し支えない場所が必要だが、ジャンフランコは寝台の上で魔力枯渇が起こせる分、手軽さの面で有利だ。
『それでは、いっちょやりますかね』
16→17→18→19→20
いきなり魔力枯渇を起こさないよう、慎重に1つずつ増やしていく。
やはり、魔力総量は赤ん坊の頃とは段違いで、4bit上げたくらいではまだまだ余裕がある。
20→21→22→23
まだ余裕があるように感じるが、以前も8の倍数にあげる時には何事かが起こってたので一旦止める。
『さて、どうしたものか。』
今日のところはここで止めておいて続きは明日、としておくのが無難だ。諦めて寝て魔力を回復させるのが得策だろう。ジャンフランコは目を瞑って寝台に身体を委ねる。
しかし…
24bitまで上げた時に新しい能力が発見できそうな予感に興奮が収まらない。
あと一歩、で今夜中に次の段階に行ける…完全にオモチャを目の前にぶら下げられた子供だ。もう自制は効かない。
パチっと目が開く。
『このまま横になってても眠れないし、魔力枯渇させて強制的に寝る方がいいよね。』
屁理屈で自分に言い訳し、深呼吸してから「神測」を顕現させる。
23→24
意外に多い魔力消費に頭から血の気がすーっと引いていく。
本当にギリギリ。魔力が空になる一歩手前だが、これであれば明日の朝も何食わぬ顔でジョヴァンナの前に出られるだろう。
気が抜けてほぅと息を吐く音が漏れる。
すると右手に顕現させたままの「神測」が勝手に反応する。
『え』
自分の吐いた吐息の「音」が「神測」により勝手に1と0に変換される。
止める間もなく魔力がジワジワ引き出されて行ってついにゼロになると意識が強制的に刈られていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝食の席で、ジャンフランコは母ジョヴァンナの探るような目線を避けるように食卓を睨む。
スープにパンの軽い朝食のはずが食事が睨み返してくるように感じる。
今朝は侍女に発見される前に自分で起床することはできたものの、いつもと様子が違うことに気づかれたのかもしれない。
「ジジ。何か母に報告することはありますか?」
「ありません。母様」
「今朝は食が細いようですが、本当に何事もありませんか?」
「いえ、気のせいではありませんか。」
正直、食欲はないが無理矢理スープを口に運ぶ。
何事もないような顔をしつつ、無理矢理スープを飲み下すのが辛い。
「では、今日から少しずつでよいので時間を取ってわたくしの執務室で資料を読み込むこと。」
「わかりました。母様。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1か月後のある夜、ジャンフランコは父ロドリーゴの部屋に呼び出された。
「なあジジ」ロドリーゴがジャンフランコのことを「ジジ」と愛称で呼ぶときは、家族としての会話であるということを宣言する意味もある。今であれば「父様」と呼んでも叱られない。
「お前は聡い子だから言わなくても分かると思うけど、頻繁に魔力を枯渇させて倒れるのはやめなさい。何よりジョヴァンナがすごく心配している。」
「はい、父様。この頃は倒れるのは週に一度くらいに減っています。自分の魔力をどこまで枯渇させると倒れるのか、だいぶ要領が掴めてまいりました。」
ロドリーゴが額に手を当てて天を仰ぐようなしぐさをする。
「そもそも魔力枯渇させるのを止めなさい、と言っているのだが。」
「ですが、魔力を枯渇させると効率よく魔力の限界を増やすことができる、と父様に教えていただいたのです。以来、寝る前に寝台の上でギリギリまで魔力を減らすことを習慣にしました。それであれば、そのまま眠るだけだし気を失っても問題ないでしょう?」
父親の罪悪感に訴える作戦だが、これは裏目に出たようだ。
「馬鹿者!毎朝朝食に青い顔をして現れる上に時々は寝台から出てこないとジョヴァンナが嘆いているのだ!あまり続くようであれば神具の発動を止める魔道具をつけさせるぞ?」久々に落とされた雷にビクッと体を震わせる。
普段は温厚なロドリーゴだが、実は心底震え上がるような怒り方をする。顔が整っているだけに切れ長の目じりをキリキリと釣り上げて睨みつけられると、悪鬼も亡霊も尻尾を巻いて逃げ出すんじゃないかと思える。
「父様、それだけはご勘弁ください。魔力を伸ばすだけでなく天恵の限界も伸びるのですよ。それに、ほら間もなく神学校の入学試験でしょう?僕は父様のお仕事に恥ずかしくないよう、優秀な成績を収めなければなりません。それには天恵の限界を伸ばすのが最適なのです。」
ロドリーゴの顔が怒り顔から諦めたような顔に変わり深いため息をつく。
「それで、どうなのだ?天恵はどこまで伸びたのかね?」
「天恵で出てくる爻の数は144本まで増えました。さすがに手の平の上に出すと目立ちすぎるので、表に出さず頭の中で爻を動かせるようになっております。」
ここ一ヶ月の成果を誇った上で、父親の探求心に訴える作戦を試してみる。
「おそらく試験会場で天恵を発動してもバレません。」
ロドリーゴがさっきより更に深いため息をつっく。
「天恵を外から見えないように発動できるようになるとはな。まぁ、ジジの「神測」は誰も見たことのない天恵だからな。あまり目立てば教会のお偉方に目をつけられることになるから、隠せるなら隠し通せ。さもなくば」
「さもなくば?」
「これは教会で聞いた噂だが、珍しい強力な天恵を持っていると目をつけられた平民が強制的に召し上げられて教会で働かされていることがあるそうだ。中には縛り付けられて喉に魔力回復薬を流し込まれつつ強制的に天恵を発動させられ研究材料にされる場合もあるとか。そうなった場合、助けたくとも私は表立っては動けないよ。」
教会には、前世でいうところの偏執的科学者のような研究者の一派がいるようだ。ロドリーゴが人のことを言えるかどうかは不明だが。
『それは困ります。僕はこれから神学校で優秀な成績を修めて卒業し、母様を支えなければならないのです。行く行くは父様にも還俗していただき、誰憚ることなく家族として暮らしていきたいのです。』
「わかったな、ジジ。天恵については誰にも見せないこと。神学校の成績についてもほどほどで構わん。あまり目立つと天恵狙い以外でも妙な輩が寄ってくるからな。」
『はい…。』
「私からは以上だ。ジョヴァンナを呼んでくれ。詳しい注意点については彼女とも話しておきたい。何より彼女からも叱りつけてもらわないとね。」
ひさびさのやらかしです。
主人公はバレないようにやらかすことを覚えました。
そのためか、スキル攻略が加速しています。
さて、音声をデジタルデータで記録できるようになりました。
24bit→ 144bitの間に獲得した新スキルについては次回以降で。
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