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4 貴方が生きている今日という日に

 その日は、あまりにも呆気なく過ぎていった。


 頬もふっくらしてきて長い距離も普通に歩けるようになったソル様は、本人は何も気づかず当日を迎えた。


 彼は執務室のソファでわたくしに膝枕されながら健やかな寝息を立てている。わたくしにももっと仕事を振って良いのに、昨日も夜遅くまで頑張っていた。

 回復したとはいえ、働き詰めは体に毒だ。そう思い提案した膝枕に、ソル様は暫く葛藤してから頷いた。


 銀髪を指で梳く。


「ん、ぅ……」


 怖い夢でも見ているのか彼の眉根が寄った。それを優しく解せば、また顔が穏やかになる。


 ソル様を起こさないように気をつけながら、わたくしは彼の治療に使い終わった石を手に取った。魔力を極限まで溜め込み『魔石』に昇華した石は、わたくしが触れても問題ない。鮮やかに色づいた魔石を指の腹で転がす。

 きらり、星の瞬きが石の中で見えた。

 乙女ゲームでも見たことがある、これは光属性の証となる星だ。力に覚醒したヒロインの瞳に同じモノがあった。

 ソル様とアグネス様は兄妹。潜在的に同じ力を秘めていても不思議ではない。


「ふふ、ヒロインの出る幕はこれで全てなくなったわね」


 魔王が侵攻してくるのは、空気中に存在する光属性の力が弱まるせいだ。この石を祈りの崖に投げ入れれば、力の発動までに時間はかかるが魔王がまた侵攻を始めるのは百年後か、それ以上となるだろう。

 もう二度と魔王が侵攻してこないようにする方法もあるが――それは聖女にしか出来ずわたくしには使えない方法だ。わたくしが守りたいのはソル様の生きる世界。百年後のことなどその時の人間がどうにかすれば良い。


 思考の淵から顔を上げる。

 一度この魔法石のこと、そして魔力過多症の治療法を国王陛下に報告しに行かなくては。


「でも、こっちの魔石はどうしようかしら」


 袋の中に入った違う魔石を手に取る。光属性の星は宿っていないが、上質な魔石だから高く売れるだろう。


「……フロレンティア?」


 考えが纏まった所でソル様が瞼を薄く開けた。覚醒仕切っていないのか、緩みきった顔が可愛らしい。


「どうかなさいましたか?」

「怖い夢を、見てたんだ。僕が死んでしまう、夢で。君が、悪魔に心を巣食われて。とても怖かった」


 わたくしは目を見開く。

 それは確かに、乙女ゲームの二人が辿った末路だ。


「……大丈夫です。それはただの夢ですわ」


 わたくしが貴方を守るから。


「そっか、良かった」


 ふにゃりと笑ったソル様は、また眠り出した。





「――それで? アグネス様はわたくしに何か御用ですか」


 執務室の扉の向こうから、息を呑む声が聞こえた。

 すぐに取り繕うように、扉が開く。


「ごめんなさい、二人がなんだか微笑ましくって」


 扉から顔を出し、愛らしく片目をつむる彼女。

 あの最初の件以降、わたくしに対する虐めは更に苛烈になった。ソル様に見えない所で、またわたくしがソル様に言っていないからこそここまで増長したのだろう。

 モノを隠されたり、侍女たちから無視されたり、虫が送られてきたり。一通りの嫌がらせは受けた気がする。わたくしが全くこたえた様子がない為にあっちも歯噛みしているようであるが。


 アグネス様は天真爛漫なヒロインとは言い難い笑みを浮かべているが、今日も格好だけならヒロインだ。

 淡いピンクの薔薇のコサージュが飾られたドレスはとても可愛らしく、髪も綺麗にハーフツインテールに結われている。違う点は、細いチェーンを首から下げている所だけ。完璧に乙女ゲームと同じな姿に感心してしまう。


「お嬢様、そろそろお稽古のお時間です」

「……分かってるわよ。じゃあまたね、お姉様」


 微笑みで隠した牙で睨み合っていると仲裁が入る。いつもアグネス様の側にいる侍女長だ。

 侍女長は軽くわたくしに会釈をし、アグネス様と共に消えていった。


 アグネス様が最後に呟いた小さな小さな言葉が耳に引っかかる。


「話の流れが変わるくらいなら、いっそ……」


◇◇◇


 小さな確執を残しつつも、日々は流れていく。

 わたくしはリウィアと騎士を伴い、商会に訪れていた。


「これはこれは、フロレンティア様。本日は何をお求めでしょうか」


 ユーテリル侯爵家が古くから懇意にしている商会で、馴染みの商会の男――ラシェルが真っ白な髭を揺らしながら声をかけてきた。

 今日はソル様の誕生日前日。いつもより上機嫌なわたくしの様子に気づいたラシェルが頬を緩める。


「今日は、作って欲しい物があるのよ」

「なるほど。我が商会が抱える職人の腕は見事ですからね」

「ええそう。お願い」


 わたくしの説明を聞いた彼は、目を眇める。


「……なんとも面白いですな」

「なるべく早めにほしいの」

「分かりました。我が商会の威信にかけ必ずや」

「ありがとう」


 それから。とわたくしは魔石が入った袋を置く。

 袋を開けたラシェルは感嘆の声を上げた。


「こんなに質の良い魔石を……! どうしたのですかフロレンティア様」

「製法はまだ言えないわ。これを買い取って欲しいのよ」


 手をワキワキさせながらラシェルが頷く。


「分かりました」



 鑑定の結果、魔石はかなりの量の金貨となった。

 店から出たわたくしは、騎士に頼んで金貨を馬車に積んでもらってからもう一つの場所へ向かうことにした。




「ソル様、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、フロレンティア」


 誕生日当日。シェフに作って貰ったケーキと食べ物に囲まれたソル様の嬉しそうな表情に、わたくしまで嬉しくなる。

 わたくしは小さな箱を差し出した。


「これはわたくしからの誕生日プレゼントです」


 商会で買ったロケットペンダント。意匠を凝らしてもらったそれは、中に治療用の石を入れられるようになっている。

 この屋敷の人間には、限られた者にしか治療などについては教えていない。後で二人きりになった時に使用用途を伝えようと思いながらペンダントの細いチェーンを繊細に振れるソル様に胸がいっぱいになる。


「ありがとうフロレンティア。大切にするよ」


 アグネス様がわたくしたちの間に身体を割り込ませた。


「私からはこれですわ」


 花束とハンカチを渡され、ソル様がそれも嬉しそうに受け取る。


「……嬉しいな。十八歳を迎えられるなんて、思っていなかったから」


 小さな呟きに涙がじんわり滲んだ。

 それを誤魔化して、ソル様の好きな食べ物であるビシソワーズを勧める。


 そうして夜は更けていった。



 

「フロレンティア、少しだけ良い?」

「はい、勿論です」


 パーティーが終わり部屋に帰る時にソル様に呼び止められた。

 エスコートされて、彼の部屋に入る。ソル様の匂いがする部屋に心地よさを覚えながら椅子に座ると、向かいのベッドにソル様も腰掛けた。


「僕たちが結婚してから、二ヶ月だね」

「そうですわね」


 空気を味わうように深呼吸をして、ソル様の眦に涙が浮かぶ。


「夢みたいな二ヶ月だった。君に巡り会えて、本当に良かった」

「わたくしも、ソル様と結婚出来たのが何よりも幸福ですわ」


 わたくしは立ち上がり、わたくしを見上げるソル様に口角が上がる。

 トン、と肩を押せば身構えていなかった彼の体は呆気なくベッドの沈んだ。


「ですので、わたくしたちももう少しだけ関係を進めてみませんか?」

「え、……え?」


 ぶわりとソル様の頬が赤くなった。

 その頬を指先でなぞり、顔を近づける。


「フ、フロレンティア。僕まだ心の用意が……!」

「それですわ」

「え?」


 ソル様の鼻を優しく押す。


「わたくし、大切なソル様には愛称である『フロー』と呼んで欲しいんです」


 恥ずかしくなったのか先程よりも一層顔が赤くなったソル様の耳元に口を寄せる。


「ソル様が期待したのは、また今度で」

「う、うぅ。フロレ……いやフローは意地悪だ」

「だってソル様がとても愛おしいから」


 額をコツリとくっつける。

 至近距離で瞳が絡んだ。


「貴方が好きです」

「僕も、フローが大好きだ」


 唇をゆっくり重ねた。


◇◇◇


 次の日。朝食を食べて二人で庭に出た。

 蝶が戯れる庭には、零れ落ちるような大輪の薔薇が数え切れない程に咲き誇っている。

 空はまだ曇っているけれど、だけどソル様と一緒ならこれほど幸福な日はない。


 わたくしの少し後ろを歩く彼に、言いたいことがあった。だけど振り向いた時にソル様は目の前にいなくて。

 


 口から血を吐いた彼が、手入れされた芝生の上に倒れていた。


「――……ソル様!!」


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なぜ特に理由もないのに嫌がらせを隠すのですか? 女性は反射的に自分の意見を隠してなあなあでやり過ごし、後になってからダーッとまとめて文句を言う人が多いですが、ちゃんとその度ごとに問題提起して話し合って…
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