君は、クリスマスの天使
二話目になります。
「――やっぱり鳴いてる」
注文していたアズキ用のケーキを、店へ取りに行った帰り道、おれは子猫の鳴き声を聴いて、アパートの裏に向かった。
経年劣化による穴が、トタンの壁に空いている倉庫の中で、生後四か月くらいの子猫は、ずっと鳴き続けている。
昨日の朝、倉庫に子猫が居るのに気づいた時、すぐに保護してあげたくて、捕獲法をネットで調べた。
そこには「親が居るかもしれないから、保護するのは、しばらく様子を見てからの方がいい」と書かれていたので、一日、様子を見たのだけど、親が現れる気配は無い。
子猫は薄茶色のキジ柄の被毛で、濃い茶色の瞳をしている。
おれは、子猫を保護する覚悟を決め、家の中にキャリーバッグを取りに行く。
折しも、その日はクリスマスだった。
冷蔵庫にケーキを入れた後、キャリーバッグの中の子猫を見る。
大人しくて、怯えている様子は無い。
我が家には原付しか乗り物が無いので、キャリーバッグはバイク用のものだけど、この子は原付で運んで大丈夫だろうか。
「駄目そうなら、途中から歩くか……」
いつの間にか、子猫を入れたキャリーバッグの近くに来ていたアズキは、興味津々といった様子で、子猫の方を見ている。
「ちょっと病院まで行って来るね」
アズキに声を掛けて、キャリーバッグを持ち上げた。
珍しく玄関まで、ついて来たアズキが「にゃー」と鳴く。
アズキが子猫を威嚇したら、どうしようと思っていたけど、その様子は無い。
おれはアズキの頭を撫でてから、玄関を出た。
結論から言えば、子猫は原付での移動中、静かだった。
体調の悪さや病気は無く、心配無いと獣医は言ってくれたので、家に帰ってから、アズキをケージに入れて、子猫をキャリーバッグの中に入れたまま、急いで買い物に出る。
子猫用のケージや食事など、必要なものを買って来る為だ。
両手に一杯の荷物を抱えて戻って来ると、家の中に居る二匹は、出かける前と変わらない位置に居る。
病気が無いなら隔離しなくても大丈夫かもしれないけど、念のため、数日、子猫にもケージの中に居て貰おうと思う。
アズキから離れた位置のケージに子猫を移すと、アズキは、じっと子猫の方を見つめていて、気になって仕方ないという様子に見えた。
冷蔵庫に向かい、中から、ケーキを取り出す。
「あの子にもあげたい所だけど、まだ小さいから、来年まで待った方がいいよね」
子猫に視線を向けると、みゃーと鳴いてくれたので、「まだあげられなくて、ごめんね」と返した。
アズキの傍に行って、ケージの戸を開ける。
「アズキも一匹じゃ寂しいかなと思ってた矢先に、この子がアパートの裏に居たんだから、これも何かの縁だよね」
ケージの中のアズキは、おれではなく、子猫を見ている。
その様子に、やっぱり一匹で寂しかったのかなと申し訳なくなった。
「良かったね。アズキ。家族が増えて」
アズキが、ケージの中に入れられたケーキを見て、にゃーと鳴いたので「来年は二つ買うよ。あの子の分もね」と伝えて、子猫を見た。
アズキがケーキを食べ始めたのを目で確認して、おれは少し微笑む。
子猫の方に視線を向けると、ケージの中から、アズキを見ている。
ケージの前まで歩いて、子猫に笑い掛けた。
「君の名前はダイズにしようか。どう? 嫌かな?」
ダイズと呼ばれた子猫が、おれを見ながら、小さな声で、みゃーと鳴く。
ケージに軽い力で触れて、ダイズを覗き込むと、ダイズが、じっと見て来る。
「うん。よろしくね。ダイズ」
微笑んだおれを、ダイズは見たままだ。
このまま問題が無ければ、ダイズも家族に迎えたい。
アズキと相性が悪いようなら、他の里親さんを探すけど、それも今の所、心配は無さそうだ。
「ダイズのご飯も準備するね」
自分の食事の時間も近くなっていたけど、それより猫たちに食事を用意したい。
猫を迎える前は、こんな日が来るなんて思っても居なかった。
アズキが来てくれてから、クリスマスは楽しい日になったけど、今年のクリスマスはダイズも来てくれたので、それ以上に楽しい日になりそうだ。
読んで頂けて、本当にありがとうございました。