なんでもない日々
猫が出て来る、ほのぼのした話が書きたいなと思って書いたものです。
そう見えていたら、いいなと思います。
過去に書いたものですが、投稿させて頂きました。
興味を持って頂き、ありがとうございます。
アパートの郵便受けを覗く。
ダイレクトメールが何通か有ったので、宛名に多田泰己様と書かれている事を確認してから、全て回収して、歩き始める。
たまに、他の住人の郵便物が混ざっている事が有る。そういう時は、正しい郵便受けに入れて、自分の部屋に戻る。
「しかし、今日は寒いな」
息を吐きながら、呟いた。
外出用のコートを着て、外に出たのに、それでも手の指は、かじかんで、思うように動かしづらい。
仕事で必要な書類を、まとめて印刷しようと思ったら、プリンターのインクが切れてしまって、仕方なく買い物に出たついでに、同居人へ、お土産も買って来たが、彼女は、きっと見向きもしないだろう。
自分の部屋の前で、コートのポケットから取り出した玄関の鍵を使って開けたドアから、自宅に足を踏み入れた。
「アズキ。帰ったよ」
無駄かもしれないと思いながら、一応、声を掛けてみる。
彼女は、ソファの上に陣取っていて、長い尻尾を少しだけ動かした。
買って来た猫じゃらしをエコバックから取り出して、アズキの前で揺らしてみる。
アズキは猫じゃらしを一瞥して、退屈そうに目を逸らした。
「おもちゃより、おやつの方が良かったかな」
二年前、仕事で疲れて家に帰って来ると、玄関前に野良猫が眠っていた。
灰色の毛並みと、青い瞳が印象的な、すっきりした顔の猫に、どうして話し掛けたのか、自分でも分からない。
「君は寝たい時に寝れていいな。おれも猫になりたいよ…って、言ったんだっけ?」
アズキは返事をしない。目を閉じて、眠る準備に入っている。
おれが帰って来ると、家の前に毎日、居るアズキに情が移って、家族になって貰ったのは、初対面から二週間後だった。
アズキを見ていると、ブラックな会社で真面目に働いている自分が馬鹿みたいに思えて、一年前に転職した。
結果的には、仕事を変えて良かった。家で出来る仕事なら、アズキと一緒に居れる時間も長くなる。おれは、それが幸せだった。
目を閉じているアズキを見ながら、コートを脱いだ。
パソコンの電源を入れて、脱いだコートをハンガーに掛ける。
キッチンでコーヒーを入れた後、仕事机に戻って来ると、パソコンの前に来たアズキが、前足を折りたたむようにして、座っていた。
おれが仕事をしようと思うと、アズキはパソコンの前に来る。
きっと、仕事なんかせずに、自分に構えと言っているのだろう。
「ごめんな。先に仕事を済ませたいんだ」
アズキをパソコンの前から、床に下ろす。
椅子に座り、先ほど、中断した印刷作業の続きを始めると、アズキが膝の上に乗って来た。
いつもの事だと思いながら、アズキの頭を撫でた。
彼女は、ごろごろと喉を鳴らし、そのまま目を閉じて、寝息を立て始める。
きっと前の職場に、あのまま居たら、おれは追い詰められて死んでいた。
救ってくれたのは、アズキの存在だった。
「明日には仕事が終わるから、今度は、おやつを買って来るよ」
話し掛けても、言葉を返してくれる訳じゃないけど、アズキが居てくれるだけで、生きている事は楽しい。
気のせいかもしれないけど、少しだけアズキが耳を動かしたように見えた。まるで、おれの話を理解しているかのようだ。
「ありがとうな。おれの家族になってくれて」
おれは微笑んで、アズキに手を触れた。
アズキの温かさを膝の上に感じながら、この幸せな時間が、出来るだけ長く続く事を願った。
おれの日常に光をくれる存在である彼女と居られる幸福を、かみしめながら。
ほのぼのと見えたでしょうか。
読んで頂けた事、本当に本当に嬉しいです。
ありがとうございました。