ヤマタノオロチ? ヤマダノオロチ?
突然ですが、【ヤマタノオロチ】というモノをご存じでしょうか?
ヤマタノオロチとは───、えっと、なんだっけ?
とにかくまぁ、なんか恐ろしいモノです。そんな恐ろしいモノが、実はワタシの高校にも───、あっ、そうだ! 頭が八つもある巨大な蛇のことです! ヤマタノオロチというのは大蛇なのです! ・・・たぶん、そういう感じです。
・・・さて、改めまして。そんなヤマタノオロチが、実はワタシの高校にもいるのです。いるらしいのです。その話が漏れ聞こえてきたのは、昨日の昼休みのことでした・・・。
とはいえ、この高校にいるヤマタノオロチは蛇ではありません。なんと人間なのです。山田という男子生徒なのです。あろうことか山田くんは八股をしていたそうです。だから昨日から、ヤマタノオロチと呼ばれています。いや、ヤマダノオロチと呼んでいる生徒もいます。それはまぁ、どっちでも良いです。
いえ、良くはありません。ハッキリとさせておきましょう。八股をしていたから、ヤマタノオロチ。そして山田くんのオチン───、いえ、山田くんのオロチは大層大きいらしいので、ヤマダノオロチ。そういう風に呼ばれています。つまり、山田くん自身はヤマタノオロチと呼ばれ、山田くんの【アレ】はヤマダノオロチと呼ばれているのです。
そんなヤマタノオロチこと山田くんは八股をしていた最低な男子です。毎日違う女子とデートをしたとしても、八日も掛かります。日替わり定食のローテーションを上回ってしまいます。いえ、バリエーションを上回ってしまいます。そんな状態で、よくもまぁ八股なんてできるなぁと感心するほどです。
ところでヤマタノオロチと付き合っていた八人の女子たちは、はたして満足していたのでしょうか。八股ともなると一週間に一度しか会うことができません。それどころか会えない週も生まれます。一週間は七日しかないのですから。
しかし流石はヤマタノオロチ。彼は毎日二人の女子とデートをしていたのです。とはいえ勿論、同時にではありません。一人目とのデートをさっさと切り上げて、二人目とデートをしていたのです。しかしながら二人目とのデートが長引いたかというと、そんなことはありません。そちらもさっさと切り上げていたからです。
そんなデートのどこが良いのか。女子は不満を溜めていたんじゃないのか。そう思いますよね? しかし、そんな心配は無用のモノです。女子たちは満足していたのですから。なにしろヤマタノ───、いえ、ヤマダノオロチはとても巨大だからです。流石に八つには分かれていないようですが・・・。
まぁともかく、ヤマダノオロチは大層立派なモノらしく、相手をした女子は皆、ヒィヒィ言っていたそうです。そんなことだから、ヤマタノオロチと付き合っていた八人の女子たちは全員が満足していたのです。
とはいえ彼女たちは、八股を掛けられていたという事実には満足しませんでした。不満タラタラでした。よって、修羅場になりました。そう、十分ほど前からワタシの目の前で・・・。
おっと、勘違いをしないで下さいね。ワタシは八人の女子には入っていません。ヤマタノオロチと付き合ったことはありませんし、ヤマダノオロチを味わったこともありません。それどころか、見たこともありません。では、どういうことかというと・・・。
現在、ヤマタノオロチこと山田くんは八人もの女子に取り囲まれています。八股を掛けていた女子たちに校舎裏で取り囲まれています。そんな光景を、ワタシは三階にある部室から見下ろしています。たった五人の部員しか所属していない文芸部の部室から見下ろしています。しかも今日、そのうちの二人は部室に顔を出さず、更に一人は一瞬だけ顔を出して即座に帰宅しました。よって現在、部室にはワタシを含む二名の部員しかいません。痴話喧嘩をしているヤマタノオロチたちに人数で負けています。これは部活動として成り立っているのでしょうか。
まぁともかく、ヤマタノオロチと八人の女子はワタシの眼下で揉めているのです。ヤマタノオロチは揉みまくったであろう女子たちと揉めているのです。ヤマダノオロチで突きまくった女子たちに、突かれているのです。その全員が、この高校の生徒です。
それは、ワタシの眼下にいる九人全員がこの高校の制服を着ているので分かります。よくもまぁ、こんな狭い範囲内で八股をしていたものです。ヤマタノオロチには、やはり感心してしまいます。
そんなヤマタノオロチは修羅場が開幕した当初、揉めていて、突かれていました。しかし今は少し違います。
「山田くん! アタシを選ぶでしょ?」
「いいえ! ワタシよね?」
「違うわよ! 私を選ぶに決まってるわ! そうでしょ、山田くん?」
三人の女子がヤマタノオロチに食い下がっています。いえ、喰われたくて盛っているのでしょうか。八股を掛けられていたにも拘わらず、別れるどころか、ヤマタノオロチから捨てられまいと必死です。
ヤマタノ───、いえ、ヤマダノオロチはそんなにもスゴいのでしょうか。毒でも持っているのでしょうか。中毒性があるのでしょうか。
「山田ぁ! この女どもをとっとと散らせよ! 目障りで仕方ねぇ!」
おやおや、なんという乱暴な口調。ワタシは修羅場を真上から見下ろすような形で見ているので、ヤマタノオロチとその仲間たちの顔は見えません。しかし頭は見えます。つい今しがた怒鳴った女子の頭は明るい紫です。つまり、髪色が紫なのです。
そんな色の髪をしている生徒はこの高校には一人しかいません。二年五組の、あの人でしょう。声と口調からも間違いありません。彼女は二年生でありながら、女子でありながら、この高校の番長として君臨しているスゴく有名な女子です。
「そ、そう言われても・・・」
女番長からの要請を拒否したヤマタノオロチ。どうやら実力行使はしないようです。女子を力ずくで排除しようとはしないようです。ヤマタノオロチは八股をしていたとはいえ、流石に女子に暴力を振るうことはないようです。しかし、変ですね。そんなに目障りなのなら、女番長が自ら動けば良いものを・・・。
あ、なるほど。女番長はヤマタノオロチの前では、あまり粗暴なことをしたくはないのでしょう。女番長もそういうところは女子なんですね。なんと可愛らしい・・・。
というか、女番長はヤマダノオロチを前にしたときは、どういう振る舞いをしているのでしょうか。やはり、ヒィヒィ言っているのでしょうか。それとも、ヒィヒィ言わせているのでしょうか。
「お待ちなさい。あまり手荒なことは感心致しませんわ」
あらあら、なんとも丁寧な言葉遣い。今の話し方は、これまた、この高校の有名人───三年一組の、あの人でしょう。彼女は超有名企業の社長令嬢です。お嬢様なのです。
「───ということで、ここに五千万円あります。これを【手切れ金】として、皆様でお分けになって下さい。そして二度と、山田くんの前には現れないで下さいませ」
手にしていたアタッシュケースを地面に置き、開いたお嬢様。その中には札束が詰まっているようです。ワタシがいる三階からでも、なんとなく、そう見えます。それにしても五千万円を用意するとは・・・。
ヤマタノ───、いえ、ヤマダノオロチを独占したいのなら、【手切れ金】は七人に渡さなければいけません。それなのに五千万円では割り切ることができません。お嬢様は割り算が苦手なのでしょうか。もう高校三年生なのに・・・。
というか、ヤマダノオロチを大金で買い取ろうとは、そんなに手放したくないのでしょうか。やはり中毒性があるのでしょうか。
「そんな! おカネでなんとかしようだなんて! そんなの良くないよ!」
おやおや、なんとも甘く可愛らしい声。その声にも聞き覚えがあります。三度、有名人の登場となりました。彼女は一年七組の、あの人です。去年、某アイドルグループに加入し、芸能界に華々しくデビューした、新星のアイドルです。即ち、真正の有名人です。彼女の知名度はこの校内に留まらず、日本中に広がっています。先の二人とは異なり、本物の超有名人です。
「だから・・・、ここはジャンケンで決めようよ!」
なんともアイドルらしい、頭がお花畑な提案───などと侮ってはいけません。彼女は某アイドルグループのジャンケン大会で、去年は二位になったのです。つまり、ジャンケンの実力者なのです。あざとくも自分の得意分野で勝負しようとは、やはりアイドルは恐ろしいですね。しかも彼女は既にそれなりの大金を手に入れている筈です。だから正直なところ、お嬢様からの一人一千万円にも満たない【手切れ金】など必要ないのでしょう。
しかしながら、これは完全なスキャンダルです。なぜなら某アイドルグループには恋愛禁止の決まりがあるからです。このネタを週刊誌に売り込めば、そこそこのお小遣いになりそうです。全国区の知名度が致命的になりましたね、グヘヘへへッ・・・。
「なにを言ってるの! そもそもアナタはアイドルでしょ! こんなことをしてていいの!?」
あらあら、折角のスキャンダルのネタを横取りされてしまうかもしれません。それにしても、今の声にも聞き覚えがあります。はて、誰でしたかね?
「だから、アナタは山田くんと別れなさい!」
再び発せられた声により、ワタシは思い出しました。つい今しがた喋ったのは、この高校の女性体育教師です。しかしどういう訳か、彼女は制服姿です。コスプレをしているのでしょうか。気持ちが悪いです・・・。
というか、その女性体育教師は既に三十歳になっています。そしてヤマタノオロチはワタシと同じ高校一年生です。となると、二人の年の差は一回りを超えてしまっています。いや、ヤマタノオロチが誕生日を迎えてなければ、ダブルスコアです。それなのに彼女は八股の一員になっています。やはり気持ちが悪いです・・・。
更にいえば、その女性体育教師は完全な成人で、ヤマタノオロチは未成年です。よって、犯罪です。しかも直接的な教師と生徒という立場です。完全にアウトです。もう気持ちが悪すぎて吐きそうです・・・。
「そうよ! アイドルが男女交際だなんて、なにを考えてるの!」
おやおや? この声は誰でしょうか? 聞き覚えがありません。それにしても随分と大人びた声をしているような気がします。しかしその女子も、やはり制服姿です。となると、この高校の生徒でしょう。彼女の顔をなんとかして見ようと、ワタシは左右に動きます。そうやって、彼女の顔を拝めるように角度を調整します。すると見えました。しかし見覚えがありません。
というか、なんだか随分と老けているように見えます。先程の女性体育教師は三十歳ですが、それよりも明らかに年上に見えます。四十代半ば、といった感じです。なんなら幹事にさえ見えます。お堅いオバサンに見えます。まさかとは思いますが、部外者なのでしょうか。どこぞのOLなのでしょうか。しかし、どうしてそんな人物がこの高校の制服を着ているのでしょう・・・?
そこでワタシは閃きました。ピンッ、と来ました。娘の制服なのでは───と。彼女が四十代半ばなら、二十歳の娘がいても可笑しくはありません。となると彼女は、この高校の卒業生の親御さんという可能性があります。まさか見ず知らずの先輩の母親の顔をこんな場所で、こんな状況で見ることになるとは、なんとも驚きです。
というか、ヤマタノオロチに驚きです。彼の守備範囲の広さに驚きです。高校生から四十代半ばまでイケるとは驚きです。更には、そのバリエーションに驚きです。
ワタシの眼下には今、女番長、お嬢様、人気アイドル、体育教師、卒業生の母親がいるのです。そう考えると、その他の三人は個性が無さすぎます。もはやモブです。しかし、ワタシのその考えは間違っていました・・・。
なんとも上手い具合に、他の三人の顔が見えたのです。そうしてワタシは自分の間違いに気づきました。その三人の中の一人は、なんと生徒会長です。校内随一の真面目さを誇る三年生です。しかも、メガネを掛けています。メガネっ娘です。
そして残りの二人は、去年バドミントンのダブルスで一年生ながらも全国優勝を成し遂げた、双子の姉妹です。その評価は高く、将来のオリンピック選手候補です。いえ、メダル候補です。
女番長、お嬢様、人気アイドル、体育教師、卒業生の母親、メガネっ娘の生徒会長、メダル候補の双子───となると、キャラが濃いです。胸焼けを起こしそうです。やはり吐きそうです・・・。
ヤマタノオロチは普通の女性では納得できないのでしょうか。特殊キャラにしか萌えないのでしょうか。それとも特殊キャラをコンプリートすると、なにか特典でも貰えるのでしょうか。
「さっきから、なにしてるの?」
背後から聞こえた声に、ワタシは振り返ります。そうして正対したのは、文芸部随一の真面目ちゃんである小野 美琴ちゃん。彼女は、ワタシを含む他の文芸部員と異なり、部室では読書や小説の執筆に勤しんでいます。とはいえ週に二回ほどは早めに帰宅します。なんでも、【大切な用事】があるらしいのです。おウチのお手伝いでもしているのでしょうか。本当に真面目ちゃんですね。生徒会長ほどではないでしょうが・・・。
いえ、生徒会長は八股の一員なので美琴ちゃんの方が真面目かもしれません。いえいえ、八股の原因はヤマタノオロチにあるので、やはり生徒会長は真面目なのでしょう。いえいえいえ、違いました。たった今、気付きました。
『違うわよ! 私を選ぶに決まってるわ! そうでしょ、山田くん?』と発言したのは、生徒会長だったと思います。彼女は八股男と関係を続けたがっているのです。ヤマダノオロチの虜なのです。
となると、やはり美琴ちゃんの方が真面目だと思います。彼女はいつも真面目に文芸部の活動に取り組んでいます。今日はイヤホンで曲を聞きながら執筆活動に集中していました。だから修羅場の声は聞こえていなかったようです。そんな美琴ちゃんに、眼下で繰り広げられている修羅場について、ワタシは報告をしました。すると・・・。
「えっ!? は、八股・・・?」
どうやら真面目ちゃんである美琴ちゃんには刺激が強すぎたようです。彼女は顔面蒼白です。ヤマタノオロチのあるまじき所業に狼狽えています。更には、部室から飛び出していってしまいました。トイレで吐くのでしょうか。あまりのおぞましさに・・・。
ともあれ、部室で一人きりとなったワタシは再び修羅場を見学します。文字どおり、高みの見物をします。眼下ではヤマタノオロチとその仲間たちが、未だにワチャワチャと揉めています。すると程なくして、一人の女子が新たに現れました。何者でしょうか。やはり顔は見えません。
「どういうことなの、山田くん!? 八股って、ホントなの!?」
新たに現れた女子が叫びました。その声には聞き覚えがあります。なんと、美琴ちゃんです。
「この人たちとも、付き合ってるの!?」
なんとも悲痛な叫び声を上げた美琴ちゃん。どうやらワタシは余計なことを教えてしまったようです・・・。
いえいえ、違います。これは良い機会なのです。美琴ちゃんをヤマタノオロチから救う機会なのです。
・・・あれ? 美琴ちゃんが加わったとなると・・・、九股? おやおや、九股ではヤマタノオロチではありません。さしずめ、【クマタノオロチ】でしょうか。これは、くまったなぁ・・・。いえ、困ったなぁ・・・。
そんなことを考えていると、眼下の光景が一変しました。なんとなんと、美琴ちゃんが八人もの女子を叩きのめしたのです。その中には、当然ながら女番長もいます。美琴ちゃんのあまりの強さに、ワタシは驚愕しました。
そういえば美琴ちゃんは、中学の頃は空手部に所属していたらしく、全国優勝をしたこともあるとのことでした。以前そんな話を彼女から聞きました。だから女番長にも勝てたのでしょう。恐るべき強さです。
「行こっ、山田くん! 今から、愛の逃避行よ!」
そう言った美琴ちゃんの左手は、ヤマタノオロチ改め、クマタノオロチの腕を力強く掴んでいます。そして美琴ちゃんの右手には、アタッシュケースが持たれています。そう、お嬢様が用意していた五千万円が入ったアタッシュケースです。そうして二人はどこかへと走り去って行きました。
その翌日から、美琴ちゃんは学校に来なくなりました。そして、クマタノ───。う~ん、なんだかクマタノオロチというのはシックリきません。やはりヤマタノオロチにしておきましょう。なにしろ山田くんなのですから。
まぁとにかく、美琴ちゃんがヤマタノオロチと愛の逃避行を開始してから、二週間ほど経ちました。その間には色々なことがありました。それは後日、お話ししましょう。
さて、美琴ちゃんが学校に来なくなったため、ワタシは随分と悲しみました。彼女がいなくなったのはスゴく悲しいです。だって美琴ちゃんが、いなくなってしまったら・・・。
この【須佐高校】には、部の存続を決める規則の中に【最低五人の部員がいること】という項目があります。その規則を今の文芸部は達成できていません。美琴ちゃんがいなくなったため、文芸部の部員は現在四人になったからです。
そしてその規則を達成できないと、部費が支給されません。せっかく良い暇潰しの場所を見つけたのに・・・。文芸部の部室で漫画を見たり、ゲームをしたり。そして、部費で買い込んだお菓子を食べたり・・・。
だからワタシは悲しいのです。───え? 【友達がいなくなったことは悲しくないのか?】って? いえいえ、美琴ちゃんはワタシの友達ではありませんよ? 単なる部活の同僚ですけど? 単なる【数合わせ】ですけど?
とにもかくにも、こうして【須佐の小野 美琴】は、見事にヤマタノオロチを退治したのでした。
いえ、違いますね。たぶん今頃・・・、美琴ちゃんはヤマダノオロチと対峙して、ヒィヒィ言わされているのでしょう。色々な体位で対峙して、ヒィヒィ言っちゃっているのでしょう。そうして、イっちゃっているのでしょう。
さてさて、今日も部員の勧誘に励まなければ・・・。そうしないと部費が貰えませんからね。タダでお菓子を食べれませんからね。