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Grave Dancers ! ~死体装飾家の修辞学~  作者: エノウエアカシ
第5章 Dance with Hound Dog
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№15 学友

「はー、食った食った。ごっそさん」


 全員が食べ終えたとんこつラーメンの空の器を集めていると、八坂さんが満足げにそう言った。そして勢いよく立ち上がると、


「おっしゃ、せんぱ……安土! このまま飲みに行くで!」


 ……あれ、今『先輩』って言いかけた……?


 所長は苦笑いしながら、


「まったくもうー、下戸のふたりでどこへ飲みに行くってのさー?」


「うっさいわ、ええねん! 今夜は酔いたいんや! つべこべ言っとらんとはよ行くぞ!」


「仕方ないなー。かわいい後輩のお願いとあっては断れないねー。これはかわいいハラスメントだよー、かわハラー」


「かわいないわアホンダラ!」


「そういうわけだから、ちょっと行ってくるねー。視聴者のみなさまには引き続き飲んだくれ配信するよー。お楽しみにー」


「飲んどる間くらいはそのしょーもない配信切れや!」


「あははー、それはできないって知ってるくせにー」


「うっさいわボケェ! しょーもない男やでまったく!」


「じゃあ、いってきまーす」


 そうやって手を振って、結局配信は続けたまま、所長は事務所を出ていった。


「お前ら! 今度死体ちょろまかしたら全員逮捕やからな! 覚えとれアホンダラ!」


 所長に続いて、喚き散らした八坂さんが事務所をあとにする。


 ……あとには、三笠木さんがかたかたとキーボードを叩く音だけが残された。


 ……嵐が去った……


 ほっと一息ついてから、まだ撮った写真を現像していないことをやっと思い出す。危ないところだった。


 フィルムを抱えて暗室に向かうと、しばらくの間無音の空間で写真と向き合う。


 ほどなくして出来上がった写真の山を持って事務所に戻ると、早速無花果さんが待ち構えていた。


「今回の君の『作品』の完成だね! どれどれ……」


 写真を一枚手に取ると、じいっと見入る。


 それからぱっと顔色を明るくして顔をあげ、


「いいじゃないか! 今回も花丸だ!」


「ありがとうございます」


「君の理解力にはつくづく舌を巻くね! 誇っていい、こんな写真は君にしか撮れない!」


 ……そこまで褒められると、どうもむずがゆい。


 ごまかすようにして、僕は無花果さんに全然別のことを問いかけてみた。


「……やっぱり、これからしばらく休みますか?」


 どうしても心配で眉根が寄ってしまう。


 無花果さんは真顔で思案して、


「……うーん……そうだね、君にだけは打ち明けるよ」


 急に真剣な顔になった無花果さんは、僕の耳元にくちびるを寄せてきた。


 もしかして、僕が知りたかったことをついに教えてくれるのか……?


 どきどきしながら続きの言葉を待っていると、無花果さんはふっと耳に息を吹きかけてきた。


「……実は小生、今日おぱんつ履いてないんだよ……」


 ……期待した僕がクソバカだった。


 心底どうでもいい秘密を明かされて、僕はつい無花果さんに冷たい視線を向けてしまった。


「……誰得の情報なんですか、それ……」


「ぎゃはは! チェリーボーイにはちょっと刺激が強すぎたかな?」


「……そういうことじゃないですよ、まったく……」


 深々とため息をついている僕に、無花果さんは今度こそ問いかけの答えをくれた。


「うん、しばらく休むことにするよ。疲れたからね」


 ……さっきのは、心配させまいとする気遣いだったんだろうか。


 自殺者の思考のトレースなんて心身に負荷のかかることをしたのだ、無花果さんはまた一週間ほど事務所からいなくなるだろう。無花果さんには休息が必要なのだ。


 けど、不思議と今回は不安には思わなかった。


 また戻ってくると、もう知っているからだ。


 なにも心配することはない。


「……そういえば」


 僕はあえて話題を変えた。


「あのふたり、大学時代の先輩後輩だって言ってましたけど、なんでいまだに仲良いんですかね?」


 素朴な疑問だった。こんな水と油な関係なのに、どうしてあんな風に仲良くしていられるのだろうか?


 尋ねられた無花果さんもその点は判然としないらしく、うーんとうなって、


「まあ、アタおかの集まりだよね、京大物理学研究室なんて。なんか量子力学とかいうこまっしゃくれたことやってたらしいよ!」


「『監視』してる、とか言ってましたけど……」


「ああ、それね! ふふふ、『監視』なんて言い張ってるけど、あいつ所長と超仲良しなんだよね、サングラスで隠してるけどバレバレだっつの! うふふー、もしかして付き合ってたりしてぇ?」


 無花果さんが浮かべるのは非常にゲスい笑みだ。下衆の勘繰りとはこういうことを言うのだと、辞書に書いてありそうな表情だった。


「なんか、うちのパパと三人でそろって三バカトリオやってたらしいよ!」


「へえ、無花果さんのお父さんと」


「うん、そうだよ!」


 そう答えて、無花果さんはうれしそうに笑った。


 ……けど、この間お父さんの話題になりそうだったとき、空気が凍りついてたような……?


 ……少しは、こころを開いてくれたということでいいんだろうか?


 けど、これ以上はまだ踏み込めない。いくらこころを許してくれていたって、僕はまだまだ『部外者』なのだから。


 僕は残りの写真にも花丸をもらうと、奥さんに送る分と保存しておく分をわけてキャビネットにしまい、そのまま帰り支度をして事務所を辞した。


 帰り道、夏が迫ってきてぬるんだ風に吹かれながら考える。


 ……きっと、世界が選ぶのは『神様』の方だろう。


 ニンゲンが生き物である以上、相対的に見て八坂さんの方が『普通』なのだ。


 異常なのは、僕たちの方。それは重々承知している。


 ……それでも。


 たとえいびつでも、『モンスター』たちが生きていくためにはこれしか道がないのだ。


 不幸にも『いのちのつなぎ方』を知ってしまった『モンスター』たちは、その呪縛から逃れられずに踊り続けることしかできない。


 ……だったら、僕たちは墓の上で踊りつ漬けよう。


 それが、『モンスター』なりの『正義』だ。


 どこかに『普通』の『正義』があるのなら、『モンスター』の『正義』だってあっていいじゃないか。


 この世界に生存を許されたということは、そういうことだ。僕たちは、まだ生きていていい。


 それぞれが歩いてきた別々の道が、今交差している。


 魔女の『庭』は、そういう場所だ。


 全然違う『モンスター』たちが、偶然という奇跡で邂逅し、共に踊るステージ。


 舞台は整った。


 なら、あとは踊るだけだ。


 それぞれの役を演じ、歌い狂い踊り狂い、夜は深く深く更けていく。


 ……それがいつまで続くかはわからない。


 いつかは幕が降りるときが来るだろう。


 アンコールはなしだ。踊り尽くしたら、それで終わり。


 けど、だからこそ僕たちは最後まで必死の思いで踊り続けるだろう。


 いつか来るパラダイス・ロストまで、まるで神話のような物語を紡ぎ続けていく。


 そして僕は、踊り子でありながらも、その一部始終を見届ける観客でもあるのだ。


 踊れ、踊れ、『Grave Dancers』。


 その全部を、僕が見ているから。


 安心して踊り切るといい。


 ……などと言っている僕もまた、踊り子なんだけど。


 ひとごとじゃないぞ、日下部まひろ。


 舞台に上ったり、観客席に下りたり。ずいぶんとせわしないことだ。


「……だからこそ、見応えがあるんだけどね」


 歌うようにつぶやいて、ふっと笑う。春風に溶けてしまいそうな、滲み出すような笑顔だった。


 ……これからも、たくさんの写真を撮ろう。


 頭とカメラに刻み込んでいこう。


 さあ、次はどんな事件が、『作品』がフィルムに焼き付くのだろうか?


 ひやひや半分、わくわく半分の気持ちで、僕は夜道を歩きながら、首から下げたカメラを指先でそっと撫でるのだった。

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― 新着の感想 ―
八坂さん可愛いですねw所長とのCPアリだと思います^^ ハラキリ、十字腹ではなく一文字腹の方だったんですね。私はてっきり十字の方が正式な切腹だと思ってたので思わず調べなおしました。 そしてちょこちょこ…
第5章も面白かったです!!! 八坂さんすごく好きです。安定感ありますね、好きです!! ご主人、どうして子供達が林間学校で利用するキャンプ場を選んだんだろうと思いながら読んでいたのですが、最後に大好きな…
踊りながらそれぞれの方法で死を弔う「Grave Dancers」 死と離れて死者を弔わない人よりは余程「生きている人」である。 そう思うのは僕だけだろうか。
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