№9 『探偵』、誕生
「……『どうして』とか、『どこに』とかは、まだよくわかんないけど……『どうやって』かは、ちょっとだけ想像できた」
あぐらを組んでいた脚をほどいて、再びベッドのフチでぶらぶらさせながら、いちじくちゃんがぽつりとこぼした。
「……今ので、わかったことがあるのかね?」
小生は思わず目をむいて問いかける。
すると、いちじくちゃんは小さくうなずいて、けどはっきりとした声で返答した。
「うん。たぶん、これで合ってると思う」
……まさか、あれだけの断片的な情報で、どうやって海斗先輩の死体をこのマンションから運び出したか、その方法がわかってしまうとは。
もしかしたら、それはただの女児の妄想なのかもしれない。
もしかしたら、まるで見当違いの思い込みかもしれない。
けど、これはたしかに『推理』だ。
情報を集積させて、繋ぎ合わせ、足りないところを推測して、補完して、結論にたどりつく。
いちじくちゃんは、かのシャーロック・ホームズと同じような『探偵』の顔をしていた。
どんなに幼くても、『探偵』は『探偵』だ。
さしずめ、小生は間抜けなワトソンくんといったところか。
助手としてできることといえば、ひとつきりだ。
「……『どうやって』かを、わかりやすく説明してくれるかい?」
『種明かし』をせがむと、いちじくちゃんは途端に眉根を寄せて、
「……やだ」
「なにゆえ?」
また尋ねると、いちじくちゃんはもじもじしながら答えてくれた。
「……なんか、えらそうに説明するの、恥ずかしい。ちょっとだけイヤ」
「ちょっとだけなら問題ないよ。さあ、小生にもわかるように説明してくれたまえ」
言っておいてなんだけど、『先っちょだけだから』と同じような声色になってしまった。小生はロリコンではないので、女児相手にそんな卑猥な発言はしない。念のため、自分に言い訳をしておく。
いちじくちゃんは大分不機嫌そうにしかめっ面をしてから、渋々口を開いた。
「……仕方ないから、説明する」
「よろしく頼むよ」
ウソがバレて観念したようなため息をついて、いちじくちゃんは間抜けな小生のためにいちから説明を始めてくれる。
「……まず、ママはパパの死体をばらばらにはしてない。そんなことできないから」
「それが前提だったね」
「だから、別の方法を考えてみた。もしかしたら、大きい段ボールに入れて運んだのかもしれない。けど、うちに大きい段ボールなんてない。だって、そんな大きな家具とか家電とか、最近買ってないから」
「……なるほどね」
「他には、スーツケースとかに入れたのかもしれないと思った。ちょっときつきつだけど、ママにだって関節を外すことくらいはできると思った。けど、やっぱりうちにはそんな大きいスーツケースなんてない。旅行なんて行かないから、小さいカバンしかない」
「ああ、そういう……」
「他の方法も考えてみたけど、どれも難しそうだった。パパは大人の男のひとで、ママは女のひと。ひとをひとり運ぶのって、ちからもいるし目立つし大変だと思った。特に、お昼の間に運ぶのはちょっと無理」
「けれども、現にパパの死体はこのマンションからなくなってしまっているわけで……」
「だから、考え方を変えてみた」
「どんな風に?」
いちじくちゃんは一瞬だけ悩むように空をにらんだあとで、ガラス板を踏んで歩き出すような視線を小生に向けた。
そして、口を開く。
「……ママがパパを殺したのは、もしかしたらお昼間じゃないかもしれない。私が帰ってくるもっと前、夜から朝の間に殺してたなら、時間をかけて目立たずに死体を運べるから」
……参った。
その発想はまったくなかった。
小生と来たら、いちじくちゃんが学校に行ってから帰ってくるまでの間、昼の時間帯に殺害されたものだとばかり思い込んでいた。
大胆な発想の転換だ。強い勇気が必要なくらい。
けど、いちじくちゃんは見事にブレイクスルーを果たして見せた。
勇気を持って思考を飛躍させ、次の推理のステージへと大きくステップアップさせたのだ。
……でも、それはいちじくちゃんにとって、とてもつらい推理だったに違いない。
なにせ、『夜から朝の間に殺された』ということは、『いちじくちゃんが起きてきたときにはすでに死体になっていた』ということで、もっと言うと、『いちじくちゃんはパパを殺したあとのママと最後に朝食をとって会話をしていってきますを言った』ということだから。
決定的な殺人者となった母親と、なにも知らずにいつも通り言葉を交わした。
これから自殺するとも知らずに、二度と『おかえり』と言ってもらえない『いってきます』を告げた。
……なんて残酷な真実だろう。
こんなの、いちじくちゃんには過酷すぎる。
小学校四年生の女児が背負うには、あまりにも重たすぎる事実だ。
……いや、よしておこう。
他ならぬいちじくちゃんが、その推理を選び取ったのだ。当事者ではない小生が勝手にあわれに思うだなんて、おこがましいにも程がある。
しっかりとその言葉を受け止めると、小生は深くうなずき返した。
「わかったよ。その方向で考えてみよう」
「うん。なんでそう思ったかのか、説明する。ママ、今朝のりんごはうさぎにしてくれなかった。それに、どれも切らなくていい食べ物ばっかり。たぶん、包丁がなかったから。パパを刺して、血まみれのまま寝室に転がってたから」
「……続けて」
「あと、今朝はお洗濯物たたまなくていいって言ってた。これも、たぶん昨日の夜から朝になるまでに汚れたものがあったから。洗濯機、回せなかったから、お洗濯物が出なかった。血のついた服が洗濯機の中に入ってたから。それも、夜の間に」
「……いちじくちゃんの結論を聞かせてくれるかい?」
「うん。昼間に運び出せないから、夜だって思いついた。包丁がなかったこと、夜の間にお洗濯できなかったこと。いつもと違うところも、これならちゃんと説明できる。ママは、私が寝てる夜の間にパパを殺して、死体をどこかへ運んで、着替えて、それからやっと私が起きてきた……『どうやって』の結論は、これ」
……重ねて、参った。
こんなにも理路整然とした推理は、大人でもできたものじゃない。
10歳の女の子が、というのもあるけど、驚いたのはそこじゃない。
いちじくちゃんは、父親が殺害されて、その殺害者は母親で、その母親は自殺をして、その第一発見者という地獄のような状況に置かれている。
それでもなお、いちじくちゃんは考えた。
自分のことなんて、一切考慮に入れずに。
たとえ真実が深くいちじくちゃんを傷つけたとしても、それが本当に起こったことならば、明らかにしなければならないと。
……まさに、『探偵』のかがみみたいな子だな。
『モンスター』でもなければ、こんな事実、受け入れられなかっただろう。
不幸にも、というか、さいわいにも、というか、いちじくちゃんは『モンスター』だ。
地獄に住まうのがふさわしい、バケモノ。
だったら、この状況はいちじくちゃんの独壇場だ。
小さな『モンスター』は、こうして初めて『探偵』として目覚めた。
母親の思考をトレースして、行動から推測して、真相の一端を明らかにした。
小生は今、『探偵』・春原無花果の誕生を目の当たりにしたのだ。
……けど、絶対に光栄だなんて思えない。
こんなにかなしい出生なんて、本当はあってはならないのだ。
でも、現実は容赦なく女児をひとりの『探偵』に仕立てあげてしまった。
……ああ、クソくらえだ。
ファックオフ、『呪わしい』運命。
胸中で、教授を殺した神様に、ずっと『呪い』続けている神様に中指を立てて、小生はただただ吐き気をこらえるのに必死になるのだった。




