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№7 『怪物の種』

 そんなわけで、小生たちは再びいちじくちゃんの子供部屋に戻って、この事件が抱える謎を紐解いていくことにした。


 小生は勉強机の背の低い椅子に、いちじくちゃんはベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせながら、消えた死体について考えを巡らせる。


「……さて、パパの死体が見つからないわけなんだけれども」


 顎の下で手を組んだ小生がつぶやくと、いちじくちゃんがうなずいて、


「……うん、どこにいったかわからないね」


「これはちょっと、よく考えてみないといけないね」


「……わかった、よく考えてみる」


 それにしてもこの子、やたらに聞き分けがいいというか、素直すぎやしないか?


 これがいちじくちゃんの処世術だとしたら、今まで一体どうやって生きてきたのだろう。まだまだ生きてきて十年ちょうどだといえど、この『モンスター』はこれまで、どんな風に生活してきたのか。


 ……いや、今考えるべきはそこじゃない。


 まずは、海斗先輩の死体の行方だ。


 考えを整理しよう。


 まず、奥さんは海斗先輩を殺害して自殺した。これはおそらく、なんの偽装工作もない単純な事実として受け止めていいだろう。


 殺害現場は寝室、これも偽装の気配はない。いちじくちゃんが指摘してくれた痕跡から、その可能性は低いと判断できる。


 奥さんは、寝室で眠っている海斗先輩の首を包丁で貫いて殺した。それなら、ちからのない女性だってできることだ。


 返り血を浴びた服を片付けて、着替えてから遺書を残し、みずからいのちを断った。そして、それを帰ってきたいちじくちゃんが発見して、小生に電話がかかってきた。


 ここまでに矛盾はない。慎重に思考を進めていった結果だ。あらゆる可能性を考え、それをひとつひとつ潰して、残ったものを真実だと仮定して、なおも慎重に考えていく。


 しかし、肝心の死体がどこにもない。これまでの考えでいくと、奥さんは血まみれの死体を担いだ状態でそれを遺棄しなければならない。昼ひなか、ひと目のある住宅街でだ。マンション内に死体がないということは、そういうことだった。


 そんなことが可能なのか?


 だれにも見つからずに、死体をどこかへ捨てることはできるのか?


 ……できない、と考える方が自然だ。


 そんなもの、どうやったって目立つ。ひとに見つかれば、即座に警察沙汰だ。いちじくちゃんが帰ってくる前に大騒ぎになっているだろう。


 現実では、そんなことは起こっていない。だれにも見つからず、いちじくちゃんが第一発見者となった。


 だったら、どうやって自殺する前に、先輩の死体を外に捨てた?


 なにか、ひと目につかないように死体に手を加えたのだろうか?


 ひと目につかないように……


 ……ふと、小生の中にとても深い闇が生じた。


 その闇は、ニンゲンの倫理的には忌避すべき、最悪の推理だ。


 こんな現実があってはならない。


 しかし、小生にはこれ以外の推論が思いつかない。


 どんなにひどい推測であっても、可能性としては充分にありえることだ。それも、高確率で。


 ……奥さんは、海斗先輩の死体を、ばらばらのパーツにしてしまったのかもしれない。


 ダンボール箱にでも詰めてしまえば、まさかニンゲンの死体が入っているなんてだれも思わないだろう。抱えて歩いたって、車の助手席に乗せていたって、ひと目につかずにどこへでも捨てに行くことができる。


 この矛盾を崩す、たったひとつの方法だ。


 ……ただ、そのためには、奥さんが海斗先輩の死体を切り刻むという過程が必要だった。


 ばらばらにした現場は寝室だろう。浴室に血の痕跡がなかった以上、別の場所で解体して掃除をしたということはありえない。寝室なら、殺害時の出血にさらなる血が加わったところでわかりはしない。


 奥さんは、包丁で海斗先輩の死体をバラしたのだろう。刃先で関節部分をこじり開けて、筋を切断する。やいばはすぐに脂でくもって、もう刃なんてないも同然だ。もちろん、骨を切断するには物足りない。だから、関節を外す。


 黄色い皮下脂肪が露出して、そこからぷつぷつと血のしずくが盛り上がってくる。死んで間もないので、まだ血は生ぬるい。ぬめる柄を何度も握り直して、全体重をかけて、切断する。


 切断する。


 切断する。


 切断する。


 どれくらいの時間がかかったのかはわからないけど、これで死体はただのパーツの集合体となった。これなら、どこへなりと捨てに行くことができる。


 ……ただし、それはもう『死体』ですらない。


 単なる肉塊、処分すべき生ゴミでしかない。


 どんな尊厳も、物理的に木っ端微塵にするようなおこないだ。


 とてもじゃないけど、仮にも夫婦だった相手にすることではない。そもそも、少しでもいのちに理解のあるニンゲンがしていいことではない。


 それはもはや、殺人鬼にも劣る鬼畜の所業だ。


 小生は、奥さんがそんなニンゲンだったと、海斗先輩がそんなニンゲンに好意を抱いていたと、思いたくない。


 思いたくない、けど……


 あらゆる可能性を考慮して、もっとも可能性が高いのがこのやり方なのだ。他の手段は思いつかない。どれだけ頭をひねったって、無慈悲な推理は覆らない。


 なにが一番イヤかといえば、なによりもいちじくちゃんにその真実を伝えなければならないことだ。


 『あなたのママは外道畜生でしたよ』と告げるに等しいことなのだ。


 目の前で首をくくった母親がそんな鬼畜だったなんて、死体蹴りもいいところだ。


 ……しかし、小生は大人として伝えなければならない。


 どれだけ過酷だったとしても、それが真実ならば。


 また逃げるのか?


 ……いや、海斗先輩に申し訳が立たないだろう。


 腹を括った小生は、いちじくちゃんの顔を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「……いちじくちゃん。君のママは、」


「ちがう」


 言いかけたところで、いちじくちゃんは言葉を遮って断言した。まるで、小生の思考をすっかりトレースしてしまったようなタイミングで。


 呆気にとられているうちに、いちじくちゃんは小生の目を見つめながら続けた。


「そうじゃない。私が知らないだけかもしれないけど、違うと思う。ママにはそんなこと、できない。だって、ママは『ふつう』だったもん。私と違って」


「……い、ちじく、ちゃ……」


「あのね、怪物になるのにだって、才能がいるんだよ。頭がおかしいひとは、そういう種が頭の中にあったの。生まれたときから。ママにはそんなの、なかった。私みたいに、ずっとずっと、『怪物の種』といっしょに育ってきたニンゲンとは違って」


 どこまでも、冷静だった。


 どこまでも、理路整然としていた。


 どこまでも、説得力があった。


 とても10歳の女の子の言葉とは思えない。大人にだって、こんなことは言えないだろう。


 やっぱり、この子は異質なのだ。


 ……小生たちと同じ、『呪い』の子供だ。


 ダテに海斗先輩の血を継承しているわけではない。


 その『モンスター』が、『普通』だったと言っている奥さんは、きっと狂いきれないニンゲンだったに違いない。


 だから、そもそも死体をばらばらにするなんてこと、土台思いつくはずがないのだ。


 むしろ、そんな推理に至ってしまった小生の方が、よっぽど『モンスター』だった。


 唖然としている小生に向かって、いちじくちゃんは小さな頭を下げて、


「……だから、もう少し考えよう。別の答えがあると思う。『ふつう』のママなりに、できること」


 ……この口ぶりだと、別に母親をかばったというわけでもなさそうだ。単純に、ニンゲンにそんなことができるはずがないと判断している。


 実の娘であり、『モンスター』であるいちじくちゃんが言っているのだから、この推理は思い切って捨ててみよう。


「……わかったよ。もう少し考えてみよう。今度は、いっしょにね」


 頭をなでると、いちじくちゃんはまた不満げな顔をする。そうしている間だけは、ただの子供みたいだ。


 ……振り出しに戻る、か。


 別の可能性を検討するにしたって、そう簡単には思いつかない。


 なにか、他のやり方でアプローチしなければ。


 それには、いちじくちゃんの協力が必要だ。


 静かになった子供部屋で、小生はどう声をかけたものか、しばらくの間口ごもるのだった。

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― 新着の感想 ―
もうこうなってくるとDNAなんだろうね。 母親じゃないとすると父親か。 因みにこの謎は全く解けていません。
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