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№14 素材としての『パーツ』

 ともかく、だ。


 『本体』は、突然降って湧いた落盤事故を利用して、まんまと逃げおおせた。


 こんな奇跡みたいな話、出来すぎているような気がするけど、無花果さんの推理を支える証拠がいくつもある以上、きっとそれは正しい。


 ……まあ、いいか。


 なにせ、今回は死人がいないのだから、大団円じゃないか。ひとが死なないに越したことはない。


 越したことは、ないけど……


「……結局、今回は素材にできる死体はありませんでしたね」


 そこに尽きた。無花果さんは『探偵』であると同時に『死体装飾家』なのだ。その素材がないとなると、『作品』は作れない。


 つまり、今回は『探偵』として働いただけで、『死体装飾家』としての収穫はゼロだったというわけだ。


 へくちっ、ともう一度くしゃみをしながら、ぱんいちのままの僕は無花果さんに問いかける。


「どうしましょう? きっとまだ近くにはいるでしょうから、生きている『本体』を探しますか? それとも、警察に失踪届を出しますか?」


 これだけの証拠があれば、警察だって『死亡事故』ではなく『失踪事件』として取り扱ってくれるだろう。八坂さん辺りに相談すれば、いいようにしてくれると思うし。


 近くにいるのなら、あの田舎女のためにも探してやるのがいいと思うのだけど、当然ながらどこに行ったのかは見当がつかない。それとも、無花果さんはそこまで読めているのだろうか?


 返事を待っている間、しばしの沈黙があった。


 無花果さんはきょとんとした顔をしている。釣られて、僕まで間抜け面を晒すことになった。


「またも、さっきから君はなにを言っているんだい?」


「え、だって……死体はなかったじゃないですか、どこにも。生きてるんですよ、『本体』」


「そりゃあ、生きてるね、確実に! きっと今ごろもっと遠くへ逃げようとしているんじゃないかな!」


「ほら、やっぱり死体はどこにも……」


「あるじゃないか、死体!」


「…………?」


 ますますわけがわからなくなって首をかしげていると、無花果さんは幼子を教え諭すように僕に告げた。


「ちゃあんと、死んでるだろう。死体もあるじゃないか」


「だ、だって、『本体』は、生きて……」


 ……まさか。


 この旅で何度目かの『まさか』に思い至ると、それを読み取った無花果さんがにんまりと笑った。


「そう、あの『パーツ』さ! 充分に『作品』の素材たりえる死体だよ、あれは!」


 ……あのちぎれた右腕だけを装飾して、『作品』にする……だって?


 いくら無花果さんでも無理があるだろう。


 不可能だ。バカげている。


 だいたい、そんなことをして、一体なんの意味があるというんだろう?


 生きているのに、死んでいるものとして『装飾』するだなんて、本末転倒じゃないか。こればかりは、無花果さんも固執しすぎているんじゃないか?


 ……いや、違う。


 お前は『春原無花果』の『相棒』だろう、日下部まひろ。


 思考停止に陥るな。


 発想を飛躍させろ。


 大丈夫だ。無花果さんにはこれまでの『実績』がある。


 あるときは、生者を『作品』にした。


 あるときは、素材となる死体がない状態で『作品』を完成させた。


 『死体装飾家』・春原無花果は、どこまでも行ける。


 からだの切れ端だからといって、立ち止まるようなことはない。


 だったら、僕もその行く末を見届けるべきだ。


 『庭』の『記録者』として、『相棒』として。


 どんな『作品』になるのかは、今のところ予想もできないけど。


 無花果さんは僕の決意を見て取ったらしい。


 肩をすくめて苦笑いをして、


「望んで蒸発したんだ、『本体』のことは探さないでおこう。きっとその方が丸く収まる。まあ、あの奥さんにしてみれば、とんでもないことなんだろうけど」


 そりゃあそうだ。


 死んだものとばかり思っていた夫が、実はどこかで生きていただなんて、青天の霹靂もいいところだろう。


 けど、無花果さんの言うことにも一理あった。


 わざわざなにもかもを捨ててまで逃げ出したのだ、『本体』は田舎女とはもう二度と会うつもりがないはず。


 それを無理やり見つけ出して突きつけるなんて、無粋が過ぎるというものだ。


 ここは下手につつかず、そっとしておこう。


 無花果さんが、ネコ科の大型肉食獣のように伸びをする。


「さあて、と! まずはどうやってレンタカーのある場所まで戻るかを考えないとね! このままでは小生、今度こそまひろくんの最後の一葉をひっぺがしてやりたくなってしまう!」


「それだけはやめてください、くれぐれも」


「まったく、冗談の通じない男だね君も! 安心したまえ、バカは風邪を引かないと古来からの言い伝えで……」


「風邪を引いたことがある実績があるってことは、僕はバカじゃないってことになりますよね?」


「ぎゃはは! そうだった! そんなかしこいまひろくんのお脳みそが熱で茹立ってしまわないように、とっとと帰ってしまおう! よろこびたまえ、今回は死体を運ぶ重労働もなしだ!」


「……それは、とてもうれしいですね……」


 こころなしか、棒読みで答えてしまう。


 とりあえずは、レンタカーを置いてあるところまで戻ろう。それから車である程度の人里まで出て、僕が着る服を調達して、所長たちに事情を連絡をしてから、新幹線に乗って帰路に着く。


 ……やることは盛りだくさんだ。


 死体がある分わかりやすかったこれまでの結末とは、また違った忙しさがあった。


 へくちっ、とくしゃみをして、眼下に広がる断崖絶壁を見下ろす。それから、穴の空いたそびえ立つ岩肌も。


「……これ、降りられないし登れないですよね……」


「君、ボルダリングの経験でもあるのかい?」


「どんなアスリートでも、さすがにこれは厳しいですよ」


「ぎゃはは! だろうねえ! とりあえずは、岩肌を伝っていこう! ほら、そこにロープが張ってあるだろう!」


 無花果さんが指さした方向には、道とも呼べないような出っ張りと、ひょこひょこ風に揺られている頼りないトラロープがあった。


 ……これをいのち綱にしろと……?


 僕が高所恐怖症であることは、二度目の死体探しのときにわかっているはずだ。


 なのに、無茶を言う。


「さあ、行くぞ!」


 そう言って、無花果さんは無慈悲にも先に行ってしまった。


 ……やるしかない、か。


 覚悟を決めて、僕はぱんいちのまま出っ張り部分につま先を引っ掛け、必死にトラロープにすがりながら岸壁を伝い歩きした。


 ものすごく膝が笑っていたけど、そうして僕たちは岩山を半周して元の採掘場まで帰ってくると、レンタカーまでたどりついた。


 運転席に座ったところで緊張が解け、どっと疲れが降ってくる。考えてみれば、二次遭難にあって無花果さんが発作を起こしてアイヌの隠し通路から脱出して『種明かし』をしてもらってロッククライミングをする、だなんて、いくらなんでもイベントが盛りだくさんすぎた。


 ……まずは、服を着たい。


 そのためには、文明のある街まで戻らなければならない。


「まひろくーん! 小生、今ノーブラだよ!」


「おっぱいとは、ブラジャーという高貴な鎧に守られていないと形を保てないくらいはかない存在です。それをアピールするなんて……」


「あー、まためんどくさい話をしようとしてるね?」


「無花果さんがお説教をされるようなことを言うからです」


「こわいねえ、おっぱい原理主義過激派ってやつァ!」


 ぎゃはは、と笑う無花果さんを乗せて、僕はレンタカーのハンドルを切った。


 死体なんてどこにもないんだから、ここにはもう用はない。


 それよりも、早く帰って『作品』が見たい。


 今回は、どんな『作品』になるのだろうか?


 内心のわくわくを悟られまいと、僕はうるさい無花果さんに適当な返事をしながら、安全運転で人里を目指すのだった。

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