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№13 生存を確認

「……ああ、わかったよ、わかっているよ! だから、そんな目で小生を見つめないでおくれよ!」


 無花果さんは基本的に『探偵っぽい』ことを好まない。こういう『種明かし』だって、いつも渋々やっている。


 軽くため息をついた無花果さんは、やっと最初から説明してくれた。


「まず、小生が『本体』は生きていると確信したのは、『パーツ』を目にしたときだ」


「あのときから?」


「そうだよ、あんなもの、プロの鑑識かなにかが見ればすぐにわかる! まず、落盤事故で生き埋めになってちぎれたにしては、あの『パーツ』は不自然にきれいだった。骨も折れていないし、大きな裂傷もない。きれいすぎたんだよ」


「でも、それだけじゃ……」


「ああまた、そうやって君はすぐに結論を急ぐ! いいかい、小生が生存を確信したのは、なにもそれだけが根拠じゃない。まひろくん、『生活反応』って知ってるかい?」


「……せいかつはんのう……?」


「その様子じゃご存知ないようだ! 説明しよう! 『生活反応』とは、生物の心臓が動いている間に受けた傷を修復しようと、血が集まって赤く腫れている傷口の様子を指すのだ! 要するに、生きている間に負った傷には、必ずその『生活反応』が出る。死んだ後についた傷については、それが出ない」


「……つまり、あの『パーツ』には『生活反応』があった、と?」


「まさしくその通りさ! 断面にばっちりあったね、『生活反応』! だからこそ、あの右腕は生きながらにしてちぎり取られたものだと、小生は確信したのだよ!」


「と、なると……」


「今度は『なぜ』か、だ。これは至極わかりやすいぞう! まひろくん、自分が『本体』の立場だったらどうする?」


「…………逃げますね」


「そうだろう、そうだろう! 生活は困窮し、生きていくための過酷な肉体労働の日々! 唯一のこころの拠り所のエロ漫画だって、奥さんにはかなりきつくやめろと言われた。『表現』を、『排泄物』を捨てろ、とね! ぎゃはは、まさしく、クソの役にも立たないからだ!」


「……役に立たないからって、それだけで『表現者』であることをやめるのは……」


「いやいや、考えてもみたまえよ。周りには同士もいない、インターネットなんて別の国の話みたいなものだから、それはそれは孤独を感じていただろうさ! 漫画家なんて、今でこそ褒めそやされているけれど、こんな田舎町じゃ穀潰し扱いされてもおかしくはない!」


「そこまで言いますか」


「君ってば、田舎の閉鎖社会を知らないのかい? テレビもねえ!ラジオもねえ!の世界だよ? ちょっとした異世界だよ? エロ漫画なんて描いてることを知られたら、たちまち村八分だ! そりゃあ生きたここちがしなかっただろうさ! 『表現』がバレたら社会的に死んじゃうんだからね!」


「それはわかりましたけど、なにも家族を残してまで……」


「そうだね、いわゆる『支え合い』ごっこの家族だ! 君も聞いただろう! 子供ばかりこさえて一日中追い回されてパートもしない奥さん、重労働から帰ってきても気が休まることがない! そんな中でこっそりと夜中に起き出して孤独にエロ漫画を描くなんて、小生だったら下手をすれば発狂しかねないよ!」


「無花果さんは年中発狂してるじゃないですか」


「それはそれとして! さぞかし息が詰まっただろうねえ、『本体』は。他に趣味らしい趣味もなく、バカ真面目に働いて、なんの娯楽もない田舎町でくすぶることしかできない。生活は先細りの一方で、それこそ『本体』がいなくなれば一気に破綻する」


「それがわかっていて……?」


「わかっていても、逃げ出したかったんだろうさ。文字通り、なにもかも捨てて。けど、なかなかきっかけがつかめなかった。そこへ来て、あの落盤事故だ。おそらくは、小生たちと同じように生きたまま閉じ込められたのだろう。そのときは、まだ腕もくっついていた」


「無花果さんは、隠し通路があるってはっきりわかってたんですよね。どうしてですか?」


「まあまあ、聞きたまえよ。この辺りではアイヌの金塊が出てきたこともあるらしい。つまりは、アイヌ族の隠し砦だよ。隠し通路くらいあってもおかしくはない。たまたまか、もしくは前からそれを見つけていた『本体』は、そこからひと知れず地上へと抜け出したのさ!」


「それじゃあ、あの『パーツ』は……?」


「自分で、その辺の岩か何かを利用して引きちぎったんだろうね。単に落盤事故で死体が見つからないんじゃ、もしかしたら失踪を言い当てられるかもしれない。死体の『パーツ』くらいは残っていないと生存がバレる。だから、決死の思いでみずからの手でブチ切ったんだよ」


「そ、それじゃあ……」


「ああ、そうさ。『本体』はきっと、まだこの空の下で悠々と生きている。実は死んでいなかったんだよ。蒸発しただけだ。今ごろ、どこか別の土地でひっそりと第二の人生を送っているんだろう。ぎゃはは、なにせ『本体』が生きてるんだ、その死体なんて、いくら土を掘っても出てこないわけだよ! まったく、骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだ!」


 ……『種明かし』は、それで終わりのようだった。無花果さんはひと仕事終えたような顔をしている。


 まさか。


 探していた『本体』が死んでいなかっただなんて。


 今もどこかで生きていて、『パーツ』は『パーツ』でしかなかっただなんて。


 一体、無花果さん以外のだれが予想できただろう?


 今回は、ちぎれた右腕という『死』を連想させるような証拠があった。ほとんど決定打とも言える証拠が。


 それなのに、無花果さんはその大前提からひっくり返してしまった。だから、死体を探しに来た依頼人がいるのに、『生きている』と確信したのだ。


 ……つくづく、既成概念にとらわれないひとだな……


 僕はあの『パーツ』を突きつけられたショックで、てっきりもう『本体』も死んでいるものと思い込んでいた。


 しかし、無花果さんはその思い込みをゴミ箱にダンクシュートして捨ててしまった。


 発想の飛躍とは、それくらい思い切ったことをしないと不可能なのだ。


 『パーツ』がいきなり目の前に現れた衝撃で、僕はつい考えることをやめてしまっていた。思考停止していたのだ。


 無花果さんはといえば、その衝撃を軽々と乗り越えて思考をトレースし、推理して、この結論に至った。


 ……今まで、『死体装飾家』としての無花果さんばかり追いかけていたけど、『探偵』としての無花果さんも充分に異彩を放っている。常人では理解しえない論理の果てに、思いもかけない結論にたどり着いた。


 やっぱり、春原無花果は『探偵』であり、『死体装飾家』なのだ。これらを両立させている稀有な存在が、無花果さんというニンゲンだった。


 説明してもらって、僕にもおおよその顛末がわかった。


 孤独なひとりの『表現者』が、なにもかもを捨てて逃げ出した。話はとてもシンプルだ。


 しかし、崩落事故や『パーツ』という強烈なノイズが入ることによって、事態はややこしくなってしまった。


 『死んでいる』と思われたものが、『生きていた』。


 すべては、『本体』の思惑通りに進んでいたのだ。


 ……これを聞いたら、あの田舎女はどう反応するだろうか。泣くのか、よろこぶのか。いずれにせよ、朗報だ。


 なんにせよ、『本体』はまだ生きていることがわかったのだから。


 今度こそ、正式に警察に失踪届を出して探してもらえる。


 ……その後のことは、当事者同士で決めるしかないけど。


 ともかく、今回はだれも死んでいない。


 思いがけないハッピーエンドだ。


 生き埋めになって死にかけたけど、良い知らせを持って帰れると思って、僕はほっと一息つくのだった。

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