№10 留守番組へのお土産
その土地でしか味わえない新鮮な海の幸を楽しんだ僕たちは、すっかりおなかいっぱいになっていた。もうこれ上は入らない。
おいしいものでおなかが満たされるというのは、こんなにもしあわせなことなのか。変な脳内麻薬が分泌されているような気がしてならない。
無花果さんも同様らしく、うっとりと目を細めながら腹をさすり、
「いやあ、おいしかった! いやはや、さすがは北海道だね! 腹がこなれてきたら、次はじゃがバターを食べようじゃないか!」
「……まだ食べる気ですか」
「当然! 北海道に来て海鮮丼とじゃがバターと味噌ラーメンを食べないなんて、現地の方々に失礼だろう!」
なにがどう失礼なのかはわからなかったけど、たしかにその辺は僕もおさえておきたい。
しかし、なにぶんもうおなかはいっぱいだ。消化するまで少しその辺をぶらつこう。
観光客丸出しで僕たちはあちこちのお土産屋さんを見て回った。鮭をくわえた木彫りの熊は実在していた。加えて、観光地定番の木刀やら、ご当地キティちゃんやら、変なTシャツやら。
無花果さんはそれらがいとおしくてたまらないらしく、終始テンションは上がりっぱなしだった。木刀に『洞爺湖』と入れてもらおうとしたときはさすがに止めた。
こうして僕が付き添っていないと、本当になにをしでかすかわからないのがこのひとのおそろしいところだ。
わけのわからないペナントを棚に戻して、無花果さんは瓶詰めのウニやイクラを探した。自宅で食べるにしても腐らせる未来しか見えないんだけど……
試食を何度かして、結局一番おいしかった店のウニ、イクラ、カニをいくつも買った。大人買いを通り越して大名買いだった。僕は自宅では食べないだろうから見ているだけだ。
「クール便で送ってくれたまえ!」
そう言うと、店員はかしこまりましたと元払いの伝票を渡してくれた。
それにすらすらと記載されているのは、所長の名前と三笠木さんの名前、あとは事務所へ直接送る分だ。
「……もしかして、それお土産なんですか?」
意外な事実に目を丸くして尋ねると、伝票を書き終えた無花果さんは、ふふんと鼻を鳴らして、
「その通りさ! 留守番組にも、この感動をちょっとくらいは分けてやろうと思ってね! 慈悲のこころだよ!」
「珍しいですね、みんなにマトモなお土産買うなんて。てっきりまた変なTシャツとかを送り付けるのかと思ってました」
「まひろくんは、一体小生をなんだと思ってるんだい!?」
「恩をネタで返すタイプですかね」
「くきいいいいいいい!! 小生だってね!! 至極真っ当なお土産を買ってやろうというこころがけはあるのだよ!!」
それが珍しいから声をかけたわけだけど。
本人に自覚があるのかないのか、無花果さんは一旦勢いを落ち着かせて、
「ほら、一応普段から世話になっているというテイじゃないか! たまには殊勝なことをしたってバチは当たらないだろう!」
「天変地異の心配はした方が良さそうですけどね」
「君ってやつァ、本当につまらない男だね! これしきのことで天変地異など起こるはずもなく! もし起こったら、小生ぱんいちでその辺歩いてやんよ!」
「それはやめてください普通に痴女ですから」
「冗談だよ! まったくもう!」
ぷりぷりしている無花果さんの横顔も、一枚撮っておいた。これも旅の楽しみのひとつだ。
ひとしきりお土産屋さんを見て回ると、僕たちは観光スポットをめぐり始めた。
とはいえ、北海道は広い。順次電車で移動しながらだ。
函館、小樽、札幌。
朝からみっちり過密スケジュールを組んで、僕たちはあちこち移動した。
時計台を見てはたしかにガッカリスポットだなと思い、小樽ではスイーツをまたお土産に買い、途中じゃがバターと寿司を食べて、札幌の宿にたどり着いたらもう日が暮れている。今朝は早くから朝市だったので、もうくたくただ。
一旦ホテルにチェックインしてから、僕たちは〆に札幌味噌ラーメンを食べに行くことにした。
行列が出来ていない程度のちょっとした有名店ののれんをくぐると、さっそく味噌とバターとコーンのにおいがした。いらっしゃい、と威勢のいい声が湯気の向こうから聞こえる。
カウンター席についた僕たちは店主に撮影許可をもらってから、何枚か写真を撮った。
「ふふふ、小生とんこつラーメンが一等好きだからねえ、見せてもらおうじゃないか、味噌ラーメンとやらの実力を!」
「なにシャアみたいなこと言ってるんですか」
「とんこつラーメン派を代表しての、これは敵情視察だよ!」
そんな大袈裟なものではないくせに、無花果さんは、ふんすふんすと鼻息を荒くしている。
やがて運ばれてきた味噌ラーメンは、立派なチャーシューと半熟味付き卵、メンマにネギにモヤシにキャベツ、バターにコーンが乗った、北の国の欲張りぜいたく盛りだ。
「おおおおおおお! これはちょっと魅力的すぎて、小生浮気しちゃうなあ!?」
写真を撮っていると、無花果さんはまた現金なことを言い出す。北海道に来てからというもの、誘惑に負けっぱなしだな、このひと。
「さあさあさあ、行こうぜ、ピリオドの向こうへ!」
「はいはい。それじゃあ、手を合わせて」
「いただきます!!」
一体どこにそんな腹の余地を残していたのだろうか、それともラーメンという食べ物に対する飽くなき愛情ゆえだろうか、無花果さんはものすごい勢いで味噌ラーメンをかっこみ始めた。
僕もずるずると麺をすする。黄色の縮れ麺に味噌のスープが絡んで、そこにバターとコーンのうまみが乗り、おいしさが爆増していた。
「うんまっ! うんまっっ!! これはねえ、もう現地妻に採用決定だよ! 北海道にいるそのつかの間だけは、小生とんこつラーメンのことは忘れて、味噌ラーメンに夢中になるよ!」
どうやら大層なお気に入りらしい。目をぎらぎらさせながらスープを飲み、味変にニンニクやコショウ、七味などを足しては嘆息する無花果さん。
ときおりラーメンを食べる手を止めながら、僕はその様子をカメラに収めた。味噌ラーメンで頬を膨らませた無花果さんが、本日のベストショットだ。
……それにしても、おいしいな。
きっと、ひとりで来ていたら写真のことなんか忘れていたに違いない。それくらい、北海道の味噌ラーメンというものは魅惑的な魔物だった。
これにはさすがの『モンスター』もイチコロだ。
僕たちはきっちりスープまで飲み干し、ほぼ同時にごちそうさまをした。
「っはああああああ!! 小生は大変満足でござるよ!!」
ぽんぽんと腹を叩きながら、無花果さんは爪楊枝をくわえて満足げに笑った。
それも撮影しておいて、僕も食後のお冷を飲む。
「ですね。今日はたくさん食べましたから」
「あーもう、小生定期的に北海道通おうかな!? なんとかしてあの人工無能から経費で旅費せしめられないかな!?」
「あんまり無茶言っちゃいけませんよ」
あの三笠木さんが経費で落とすわけがない。そもそもお金は山ほど持っているんだから、自費で来ればいいのに。
とはいえ、僕もまた来たいなと思えるくらいには、この土地を気に入っていた。
それはたぶん、観光として来るからであって、定住するには難しい場所だということもわかっている。
……こんな土地に、あの田舎女と死体の『本体』は住んでいたのか。
いや、こんな華やかなところじゃない。
明日向かう鉱山は、こんな豊かな土地ではないだろう。それだけは覚悟しておかなければならない。
僕たちは、決して観光をしにここへ来たわけではないのだから。死体の『本体』とのご対面が、明日に迫っている。
とりあえず、今日は早めに寝よう。
ラーメン店を後にした僕たちは、ホテルに戻ってそれぞれの部屋で眠ることにした。
……結局、無花果さんがなにを考えているかはわからないままだったな。
ベッドの上でそんなことを考えながら、僕はいつの間にか降り出した雨音を聞きながら、満腹の中でしばし安らかな眠りにつくのだった。