№8 豪華海鮮食べ放題北海道ツアー
今回は死体のありかはわかっている。どう考えても崩落現場の土の下に埋まっているという事実は揺らがない。たとえ、無花果さんがどんな思考をトレースしたとしても。
なので、小鳥くんになにか調べてもらう必要はないし、僕ひとりで掘り起こすので三笠木さんの出番もない。他のメンバーは事務所で留守番をしてもらうことになる。
と、なると僕と無花果さんだけで死体を持って帰ってこないといけないわけだけど……
「よし! 今回は北海道へ出張だよ、まひろくん!」
……そうなるよな……やっぱり。
目をぎらぎらさせながらバンザイ三唱をする無花果さんを見て、僕はこっそりとため息をついた。対して無花果さんは至極うきうきと表情を明るくしている。
「ああ、でっけーどーの海の幸! やはり北国はこうでなきゃあ! 北海道、豪華海鮮食べ放題ツアーだよ! 札幌味噌ラーメンもだ! この際だから、北の大地を食い尽くすでござる!」
すっかり観光気分だけど、忘れてはいけない。これは死体を持ち帰るために、そして『創作活動』に必要なことなのだ。
「さあさあ、物見遊山といこうじゃないか! ついでに、現場検証もしてしまおう!」
いや、ついでと言われても、本題はそこなんだけどな……
ふと、僕は気づいた。
無花果さんは、わざわざ『現場検証』という言葉を使った。このひとのことだから、それがまったくの無意味だということはないだろう。
『現場検証』。つまり、なんらかの事件性がある、探すべきものがあるということだ。これは単純な事故ではなく、なにかしらの謎を残している。無花果さんは言外にそう言っていた。
一体どんな風に事態が転がっていくのかは、今のところまったく読めないでいる。
単に埋まった死体の『本体』を掘り起こして持って帰る。そして『作品』にして、田舎女に『本体』の『死』を納得してもらう。
……どうやら、今回もそれだけでは済まないようだ。
「さあ、まひろくん! ばびゅっと旅支度をしたまえ! 北海道とあっては一日二日ではとても回りきれないからね! 小生はおなかいっぱいになるまでは帰らないぞ!」
……やっぱり、僕も行かなきゃいけないのか。
そりゃあ、『記録者』としてはこの旅には同行したいものだけど、相手が無花果さんとあっては、なにが起こるかわからない。この前のトー横の件のように、僕にまで危害が及ぶ可能性だってある。
三笠木さんも留守番だし、そうなったら自力でなんとかするしかない。
……不安だ。
無花果さんとのふたり旅は、とてつもなく不安だった。
しかし、この前の旅できっちりとケジメをつけたので、また同じ部屋に押し込められて逆レイプ未遂をされるようなことはないだろう。さすがの無花果さんだって、その点はわきまえているはずだ。
そう考えると、逆にいい機会なのかもしれない。
考えてみると、北海道なんて行ったことがない。採れたての海鮮丼はさぞかしおいしいのだろう。お土産の甘味だって山ほどある。とんこつラーメンだけじゃなく、味噌ラーメンも僕の好物だ。
絶景スポットだってたくさんあるに違いない。もれなくはしゃぎ回る無花果さんがフレームに入るけど、ぜひともカメラに収めてみたい。
……そうだ、ちょっとした旅行だと思えばいい。
なにも危ないことは起こらない。面倒なことが起こる余地なんて、どこにもないじゃないか。
そうやって自分を納得させていると、無花果さんはすかさず三笠木さんに向かって、
「おいポンコツ! 新幹線と宿とレンタカーの手配をしろ!」
「了解しました」
「あんまり危ないことはしちゃダメだよー、いちじくちゃーん。とりあえず、想定の二割くらいのちから加減で動くんだよー」
「……無理しないでね、まひろ」
事務所のメンバーは、すでに三者三様に見送りにかかっている。
「……どうか、おねげえしますだ……」
「任せたまえよ。君はここでのんべんだらりと待っているがいい」
ぺこぺこと頭を下げる田舎女に向かって、無花果さんは尊大に宣言した。
……そういえば。
無花果さんは、一度も『死体を持ち帰る』とは言わなかった。あくまでも『本体』を探し出すとだけ言っていた。
加えて、『現場検証』という言葉……そんなことは滅多にしない無花果さんが、珍しい。
しかし、どちらにせよ、死体の『本体』が眠っているのは、北海道の田舎の鉱山の山深くだ。どういう格好で行けばいいのかわからないけど、秋口のこの季節、北海道はすでに寒くなっているだろう。鉱山となれば、それなりの装備が必要になるし。
一旦家に帰ってダウンジャケットでも持ってこようか。適当に旅支度を済ませて……
「なにを浮かない顔をしているんだい、まひろくん! 北海道だよ!? そりゃあもう、おいしいものがてんこ盛りだよ!? そんなにシケたツラを引っさげて行くところではないのだよ!」
「……そんな顔、してましたか」
「ああ、しょぼくれた顔をしていたさ! なんの心配も要らないよ! 小生たちは北海道旅行ついでに『本体』を探しに行くだけなのだから!」
……まただ。
『死体を持ち帰る』と言わなかった。
探す、だなんて、まるで普通の探偵のようなことを言っている。しかし、ここは『死体専門』のイカれた探偵事務所のはずだ。生きているニンゲンを探すところではない。
……まさか。
……いや、ありえない。
僕は自分の中にわいてきた予感をあっさりと一蹴した。
こんなわかりやすい事故に、こんなわかりやすい死体。
そこに推理が入り込む余地なんてない。
無花果さんがなにを考えているのかはわからないけど、今回は『探偵』としての出番はない。
……そのはずだ。
「さあ行くぞ! やれ行くぞ! 我々は本日このときをもって、北海道遠征へと出発するぞよ!」
「今から、ですか」
「当然だよ! 善も悪も急げば急ぐほど良いのだよ! ああ、待っててね、小生の海鮮丼ちゃんたち!」
るるる、と鼻歌を歌いながら、無花果さんは早速お出かけ用のくまさんポシェットになにやら詰め込み始めた。このひとの旅支度なんてものはいつだってこれだけだ。ほとんど身ひとつで乗り込んでいる。
僕はさすがにそうもいかないから、一旦帰って防寒具やらの準備をしなければならない。そんなに待っていられるほど、無花果さんの気は長くない。手早く済ませよう。
「新幹線、ホテル、レンタカーの手配が整いました」
「やればできるじゃねえかメガネマシン! ってなわけで、小生たちはちょっくら北海道へとシケこんで来るよ!」
「はーい、気を付けてねー」
「……いってらっしゃい、まひろ、いちじく」
……どうせなら、事務所のメンバーにもお土産を買ってこよう。
せっかくの北海道だ、この際だから楽しもう。その先になにが待ち構えていようとも、とりあえずは旅行を満喫しよう。というより、無花果さんのリードをきちんと握っていよう。
でないと、なにをしでかすかわからないから。
うっかり食べすぎでお腹を壊してもらっては困るし、僕がついていないとロクに路面電車にも乗れないはずだ。そもそも、ひとりで新幹線に乗れるのだろうか、このひとは。
僕は『相棒』であると同時に、無花果さんの監督責任を委ねられている。
僕がやらずして、だれがやる。
……もうどうにでもなれ。
半ばヤケクソになって、僕はもう気分を旅行モードに切り替えた。そうと決まれば、フィルムもたくさん用意しなければならない。機材一式もいっしょに持っていくとなると、けっこうな荷物になりそうだ。
ひとまず、下宿に戻って態勢を整えてから出発だ。
そして、僕は上着とカバンを手に取って挨拶をすると、簡単な荷物をまとめに自宅アパートへと戻っていくのだった。