№6 いなかのせいかつ
「まず、ずいぶんと子沢山だけど、やっぱり夜の生活は激しかったのかい?」
早速無花果さんがいつものジャブを放った。これの回答で、奥さんが正直に質問に答えるつもりがあるのかどうかを測るという寸法だ。
奥さんは一瞬ぎょっとして目をむいた。たしかに、普通のひとはこういう反応をするだろう。
それでも奥さんはなんとか答えようと顔を赤くしたり白くしたりしながら、
「……おらは、あんまり……そういう、えっちなことはしたくねがっだけど……主人が、その……そういうもん、描いてるせいか……ケダモノのようにおらを求めてきて……おらはされるがままに毎晩のように……この熟れた肉体さもてあそばれ……ああ、おらのからだは快楽に染め上げられ……」
……これ、意外と田舎女も乗り気だったんじゃないのか……?
つっかえながらも饒舌に夜のことを語る田舎女は、どうやらウソをつくつもりはないようだった。ジャブとしては上出来な出だしだ。
無花果さんは続けざまに、
「じゃあ、『本体』に漫画を描く以外の趣味はあったのかい? 酒とかタバコとかギャンブルとか?」
「……そったらもんはねえだ……うちは田舎だ、なあんもねえ……酒は飲めねえし、タバコもやらねえし、炭鉱夫の間で賭場があるこたぁあっただども……そういうのも一切やらねで、えっちな漫画ばっかりしこしこ描いてただよ……」
「ほほう! ストイックだねえ! 同じ『表現者』として好感が持てる! それで、生活はどんな感じなんだい? 貧しいとは知っているけど、本気で明日のご飯まで心配しなきゃいけないレベルなのかい?」
「……んだ……もうここへ来る旅費でほとんど貯金もすっからかんだ……そりゃあ、ご近所から施してもらうこたぁあるだけんども、それも長くは続かね……おらはええだ、けど、せめて子供たつだけでも、飢えて死ぬのは……」
「なるほど、田舎特有の助け合いにも長くはすがれないか。もらってばかりだと後ろ指をさされるからねえ。そういう奥さんは、パートとかには出てないのかい?」
「……おらは学もねえで……器量もよくねし……働き口もみつかんねえ……それに、なにせ子供たつの世話でいっぺえいっぺえだ、とてもとても、働けやしねえですだ……」
「専業主婦に徹していたと。なるほど、それもひとつの在り方だねえ。子供がこれだけいれば大変だろう。それにしても、炭鉱夫なんて危険な仕事だろう? 現に落盤事故に巻き込まれているのだし。それなりのお給料はもらっていたんじゃないのかい?」
「……田舎の炭鉱夫なんて、たかがしれてるだ……おらと同じように、学もなんもねえ歳いった男さ雇ってくれるの、炭鉱くらいしかねだよ……あぶねえ仕事だども、もらえるお金ははした金ですだよ……」
「ううむ、割に合わないねえ。それで稼いだお金も生活費に消えるだなんて、世知辛い世の中だね! いっそのこと、その炭鉱から金とか出てきたら儲けものなのに!」
「……その昔は、ときどきアイヌのひとたつが残した金塊さ見つかってたけんども……今はすっかり掘りつくされて、そんなもんは夢物語ですだよ……」
「奥さん、夢はでっかくだよ! アイヌの金塊? ロマンがあるじゃないか! ところで、『本体』はどういうジャンルのエロ漫画を描いていたんだい? こっそりと教えておくれよ!」
「……それは……おらには、わがんねえ世界で……ちらっと見たのは、おっぺえのでっけえ娘っ子さ、タコの足みてえなもんにねちょねちょ絡まれてて……」
「おおおおおおおおお!! 触手陵辱ものじゃないか!! 小生の大好物だよ!! そこにみさくら喘ぎが混じるとなおのこと良いね!! 卵とか産み付けられて孕まされてると最高だよ!! ああ、触手陵辱ものエロ漫画について語りだしたら止まらなくなるからこれくらいにしておこう! そのエロ漫画、商業化するつもりはあったんだろうかね? 出版社に原稿を持ち込むだとか、なにかの賞に応募するだとか」
「……やめてけれ……そったらもんで有名になっちまったら、おらたつ田舎で生きていけねえだ……あすこはいやらしい漫画なんかでお金稼いで、なんて、絶対にこそこそ言われるですだよ……だいたい、あんなへたっぴがよそさまに読まれることなんてねえだよ……漫画描くために使うお金あったら、明日食うおまんまのために使ってほしいだ……」
「ほほう、そんな素晴らしいものを世に出せないなんて、なんというもったいないことだろう! ネット環境もないんじゃあ、おおやけの場で披露する機会もなかっただろうに、残念だ! それじゃあ、最後にひとつだけ!」
無花果さんは『質問攻め』の最後に、『創作活動』について特別重要なことを尋ねる。今回もそのつもりのようだ。
人差し指を一本立て、無花果さんは『魔女』らしい笑みを田舎女に向けた。
「奥さんが『本体』にこころから求めていたものは、なんだい?」
急にそんなことを聞かれて、最初田舎女は戸惑っていた。それでも、なんとか言葉を費やそうと四苦八苦しているようすが見て取れた。
やがて口を開いたかと思うと、出てきたのはごく普通の答えだった。
「……おらたつは、家族だ……家族っつうもんは、支え合っていかなきゃなんね……縁さあって、愛し合って結婚さして、子供もたくさん授かって……もう、生きるも死ぬもいっしょの、うんめいきょうどうたいなんですだ……だからこそ、主人が死んだら、おらたつも死ななきゃなんねえだ……でも、おらたつは死にたくねえだ……だからこそ、家族のためならなんでもするだ……本当に、なんでも……」
「要するに、支え合って、一蓮托生死なばもろともで生きていきたかったと?」
「……たぶん、そういうことですだ……だとも、主人は死んじまって……おらたつは、どうすればいいだかわがんねだ……」
それで死体の『本体』を探しに来た、と。
筋は通っている。
みくるさんのときのように、ウソをついている様子もない。
だとしたら、やっぱりこれは至極単純な事故じゃないか。そこに疑いを差し挟むなんて、それこそ理不尽な難癖をつけるようなものだ。
だから、これは『探偵』として聞いてるんじゃなくて、『死体装飾家』として聞きたいことなんだ。
……とは、思うけど。
僕には、無花果さんの『質問攻め』が、なにか別のものを探っているように聞こえた。
まさか無花果さん、またとんでもなくぶっ飛んだ思考のトレースをしたのか?
「うん、小生、おおむね理解!」
笑顔で手を叩くと、無花果さんは完全にくつろぎモードに入ってしまった。相変わらず、なにをどう理解したのかはまったくわからないけど、聞きたいことは聞けたようだ。
今回は、死体のありかも完全にわかっている。なので、小鳥くんの出番もない。所長といっしょに事務所で留守番をしていてもらおう。
三笠木さんも、先日の『戦争』のことがあるから、ちから仕事なんて任せられない。それが『命令』ならば三笠木さんは這ってでも着いてくるだろうけど、危険もないし単純な肉体労働なら僕ひとりで充分だ。
ああ、今回も汚れてもいいような服を着ていこう。
毎回毎回、洗濯機を回す身にもなってくれと言いたいところだ。
きっと死体もぐちゃぐちゃの肉塊になっているだろうし、これはきちんとこころがまえもしておかなければならない。
こんな『パーツ』にショックを受けている場合ではないのだ。
どんなひどい状態の死体が出てくるのだろうかと、今から陰鬱な気分になりながら、僕はこっそりとため息をついてお茶をすするのだった。