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№1 贈り物

「春原さん、あなたにこれを贈ります」


 いつものように事務所の掃き掃除をしていると、ふいにデスクから立ち上がった三笠木さんが無花果さんになにかの小箱を手渡した。


 無花果さんは最初、慣れていない野良猫のように警戒心むき出しでそれを見つめ、


「なんだなんだ!? 小包爆弾か!?」


「いいえ、そうではありません。あなたは早急にこれを開封すべきです」


 それでも無花果さんは警戒を解かず、ちょんちょんと小箱をつついたり、遠目から観察してみたり、なかなか受け取ろうとはしなかった。


 それでも三笠木さんが引っ込めないので、仕方なしに小箱を手に取る。


 おそるおそる箱を開くと、中に入っていたのは、意外なことにネックレスだった。銀色に輝く星をかたどったペンダントヘッドがかわいらしいアクセサリーだ。


 無花果さんは急に顔色を明るくしてネックレスをつまみ上げると、


「おお、とうとう小生に献上品を贈るようになったのか! うんうん、やっと上下関係というものが理解できたようでなにより! ポンコツAIにしては上出来じゃないか!」


 うれしそうにしている辺り、やっぱり無花果さんも女子だ。


 しかし、三笠木さんは首を横に振った。


「いいえ、そうではありません。それは護身具です」


「……は?」


「いざというときにこの装飾品の先端を引き抜くと、これはフラッシュバンになります。殺傷能力はありませんが、十分に敵の意表を突くことが可能です。くれぐれも、いざというときだけ引き抜いてください。そうしなければ危険です」


「…………つまり、これは献上品、っつうか『誘拐対策』ってわけか…………?」


「その通りです」


 三笠木さんのその言葉を聞くと、無花果さんは黙ってネックレスの先端を引き抜き、思いっきり三笠木さんに投げつけた。


 ぱあん!と破裂音がしてまばゆい光が放たれ、たしかにそのアクセサリーがフラッシュバンであることが証明された訳だが、おそらく使い捨てなのだろう、もう使用できなくなってしまう。


「バーーーーーーーーーーーーーカ!!」


 とっさに目を閉じていた三笠木さんに向かってそう吐き捨てると、無花果さんはそっぽを向いて口をつぐんでしまった。


 ……僕は、思わず両手で顔を覆いたくなった。


 ああ、三笠木さん。


 これがあなたなりの精一杯の『贈り物』であることはわかります。


 たぶん、僕だけには。


 ……案の定、無花果さんは全然気づいていない。


 プレゼント攻撃が完全に失敗したことを、僕だけが知っている。


「え、え、なにごとー?」


 配信をしていた所長が目を白黒させながらこっちを見ている。


「……うるさい音がした……」


 『巣』からも、宇宙服を着た小鳥くんがなんとなくウンザリした顔で出てくる。


 プレゼントひとつで大騒ぎだ。


 本当に、この『最終兵器』と『魔女』の『恋』、うまくいくのか……?


 急に不安になってきた僕に小鳥くんが寄ってくる。くいくいと袖を引く小鳥くんに、三笠木さんが無花果さんに贈り物をしたとひそひそ教えると、


「……くにはるは、いちじくに好意を持ってる……?」


 さすがの小鳥くんでも気づくか。むしろ、気づかない無花果さんの方がどうかしているのだ。


「そうですね。けど、当人たちには言っちゃダメですよ?」


「……どうして?」


「こういうことは、外野がいちいち口出ししちゃいけないんです」


「……そういうものなの……けど、なんだかとても、もどかしい……とても、非合理的……」


「三笠木さんみたいなこと言いますね」


 そう、これは第三者がとやかく言うべき問題ではないのだ。そりゃあ、僕だって応援するとは言った。けど、無花果さんに伝書鳩のように三笠木さんの好意を伝えるのは違う。


 童貞の僕にでもわかる、恋愛の機微だ。


 無花果さんも、決して三笠木さんのことを嫌っているわけではない。口喧嘩にちょうどいいから悪態をついているだけであって、本心では憎からず思っている。


 でなければ、『調律』なんて行為が成立しようがないのだ。


 しかし、真っ向から告白されるとなると話は別だ。


 きっと、天邪鬼の無花果さんのことだから、素直な反応は返せないだろう。そして、三笠木さんは愚直さゆえにそれをド直球で受け取ってしまい、『恋』は成就しない。


 そうならないためにも、この件は慎重に進めていくべきだ。


「……好かれるのは、うれしい……なのに、言えないなんて、理不尽……」


「こころの準備っていうものがありますからね。小鳥くんだって、いきなり好きだって言われたら戸惑うでしょう?」


 僕の問いかけに、宇宙服のヘルメットがゆっくりと横に揺れる。


「……ことりは、まひろがいつ『好きだ』って言ってきてもいいようにしてる……」


 いや、僕が告白されてどうするんだ。


 まったく見当違いの場所で炸裂した好意だったけど、僕はある程度大人なので、それを素直に受け取ることにした。


 小鳥くんの頭を撫でながら視線の高さを合わせ、


「それはうれしいですね。じゃあ、僕も『好きだ』って言う練習をしておきます」


「……いつでも、バッチコイ……」


 そんな僕の返答はやや期待はずれだったようで、小鳥くんはちょっと不満げな顔をして見せた。それでも、おとなしくなでられて目を細めている。


「あーーー!! ねーーーーわ!! 女子にフラッシュバン贈りつけてくるような男はやっぱヤボチンだわ!! ポンコツAIでしかなかったわ!!」


「必要なので贈りました」


「それね!! 必要必要、って、てめえは必要なら裸踊りでもすんのかよ!?」


「はい。必要ならば」


「ああああああああああああああ!!」


 無花果さんがいらだたしげに髪をかきむしっている。


「きみたちー、騒がしいよー。事務所では静寂を尊びましょうって、パリ協定にも明記されてるでしょー」


「ふ、ふん! それくらい、小生だって知ってるもんね! 小卒ナメんな!」


「まあ、ウソなんだけどねー」


「くきいいいいいいいいいいいい!!」


 やっぱり、ひとさまを煽ることにかけて所長に勝てるニンゲンはいない。当の本人は、あははー、と笑って無花果さんがウソを真に受けたことを配信で暴露している。


「どいつも! こいつもおおおおお!!」


 げしげしとテーブルを足で蹴りながら、無花果さんが発狂していた。


「まあまあ、無花果さん……」


「まひろくん!? まひろくんだけは、小生をバカにしたりしないよね!?」


「愛すべきトンチキだとは思ってます」


「はいそれ褒め言葉のフリした貶し言葉ああああ!!」


 さすがの僕も、ここで甘い顔をするとめんどくさい絡まれ方をするんだろうなということくらいわかる。


 孤立無援となった無花果さん(愛すべきトンチキ)は、ソファの上で三角座りをしてぶつぶつとぶーたれ始めた。


「こうなったらテロを起こしてやる……!! この事務所を革命してやるんだ……!! エロによるテロを……エロテロリスト、イチジク・オブ・ジョイトイ……!!」


 なんだか懐かしいセリフを吐きながら、不穏なことを口走っている。


 ……まあ、無花果さんはバカだから、テロは失敗に終わるんだろうけど。


 それでも、またひと騒ぎあると思うと、ついため息がこぼれてしまう。


「……まひろ、大丈夫……?」


「……それは、三笠木さんに言ってあげてください……」


 アプローチが失敗に終わってしまった三笠木さんは、どこかちょっとだけしゅんとした様子でキーボードを叩いている。タイプミスが多いように見えるのは気のせいではないはずだ。


 ……前途多難だとは思ってたけど、まさかここまでとは……


 恋愛初心者と唐変木の、ままならぬ『恋』の行方を思って、僕はこっそりと肩を落とすのだった。

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