№6 戦場のレクイエム
それにしても、今さらになって考えてみると、抗争の鉄砲玉が軽トラでカチコミだなんて、あまりにもカッコが悪すぎる。
軽トラから降りながら、せめてセダンくらい用意しましょうよ、と所長を説得することをこころに決めた。
……それはともかくとして。
目の前には、立派な日本家屋の門構えがそびえている。
いや、これはもうやぐらと言ってもいいんじゃないか。それくらい、迫力のある面構えだった。
あちこちに監視カメラが設置され、トラックが突っ込んでも壊れないような高く分厚い壁には有刺鉄線が張り巡らされている。
そして、その門の前にはもれなく番人が立っていた。
そのうちのひとりが、三笠木さんの顔を見るなり血相を変えて懐から得物を抜こうとする。
三笠木さんは、それよりも先に拳銃を抜いて、眉間と左胸に一発ずつ銃弾を叩き込んだ。他のふたりも同様に。
あっけないほど簡単に、ひとが死んだ。まるで安っぽいハリウッド映画のワンシーンのように。
どんどんと広がっていく血だまりをコンバットブーツで踏み越えて、三笠木さんは開いていた門から内部に侵入する。
……そうだ、カメラ。
撮影、しなければ。
カメラを構える僕の手は、かすかに震えていた。
それでも三笠木さんの後を追って、門をくぐる。
広大な日本庭園には、やはり複数の見張りと、番犬のドーベルマンが山ほどいた。
面は割れているらしく、喪服姿を見つけるなり衛兵たちがサブマシンガンを乱射してくる。
ジグザグに疾走して乱数回避したのち、三笠木さんはやはり眉間と左胸に一発ずつ、正確に銃弾を撃ち込んでいく。ばたばたと衛兵たちが倒れ、それでも連射を続けるサブマシンガンの弾丸が明後日の方に飛んでいった。
さっきまで三笠木さんが立っていた地面を、また銃弾がえぐる。地面を蹴り、あるいは転がり、三笠木さんは次々と獲物を仕留めていった。ドーベルマンの眉間にも、一発ずつ。
その死骸を掴んで投げつけて、敵がひるんでいる隙に一発ずつ。さらにその死体を盾にして銃弾を回避し、ふたり仕留める。
そうだ、今回はスプーンなんかじゃない。
明確に、殺傷の意図を秘めた武器を携えている。
殺すと、覚悟を決めているのだ。
それはつまり、殺されても構わない、と同義だった。
僕は震える手でカメラを構え、夢中でシャッターを切った。それでも、とても三笠木さんの動きは追えない。残像をなんとか切り取って、背中を追うことしか考えていられなかった。
ちりっ、と三笠木さんの頬を銃弾がかすめ、頬に赤い筋がつく。それでもまったく構わずに、三笠木さんは射手を流れるような動きで銃殺した。
……やがて、日本庭園に立っているものは僕たち以外にはだれもいなくなってしまった。犬の一頭すらも残っていない。重厚な松の枝には血飛沫が飛び散り、鯉が泳ぐ池は赤く染っている。
三笠木さんは、黙って弾倉を排出し、腰に差してあった予備のマガジンを装填した。
……これを、全部このひとがやったのだ。
大量殺戮なんてものじゃない。
これはまさに、戦争だ。
ひとのいのちが、駒として消費されていく。
やっとファインダーから目を離し、僕は目の前の死屍累々をただ眺めることしかできなかった。
「……行きましょう、日下部さん」
三笠木さんにうながされて、僕はもう一枚だけ写真を撮ると、黙って庭園から屋内へと向かった。
屋内に入ってからは、明らかに庭にいた衛兵たちとは違う人種の敵が襲ってきた。日本人ではない。多国籍の傭兵を雇っていると三笠木さんは言っていたけど、相手はプロだ。
だからといって、三笠木さんが劣るというわけでもない。
統率の取れていない傭兵たちという点も有利に働いた。
散発的に放たれる銃弾を、遮蔽物を利用してかわす三笠木さん。相手の弾薬が尽きるのを待ってから顔を出し、やはり眉間と左胸に一発ずつ。一発たりとも銃弾を無駄にしない、プロのやり方だった。
広大な三和土に土足で踏み込み、中国語かなにかで叫んでいる敵に向かって手榴弾を投げる。
瞬間、膨大な光と音が爆発した。フラッシュバンというやつだ。殺傷能力のない、目くらましの爆弾。
僕も目をやられていっとき視界がゼロになった。隙を突いてカートリッジを交換したのだろう、その間も絶え間なく銃声は響き、たん、たん、という音とともに人命が失われていく。
やっと視界が回復して、僕は改めてカメラを構え直した。もう震えは止まっている。
玄関を抜けて、曲がりくねった廊下へと出てきた。縁側から急に敵が飛び出してきて、ナイフを使った近接戦闘を仕掛けてくる。
しかし、それも至近距離からの発砲で無力化した。どさ、と死体となった敵が三笠木さんのからだに倒れ込んでくる。
その隙に、と考えたのだろう。さらなる敵が数人、サブマシンガンで狙ってきた。
三笠木さんはその死体を盾に使うとずた袋のように放り出し、敵の残弾が尽きるのを待たずして銃撃する。眉間に一発、左胸に一発。まるで聖者の祈りのように、敬虔に『死』を穿ち、三笠木さんはどんどん前に進んで行った。
……正直、追いつけないかもしれない。
僕はといえばすでに息が上がっているし、流れ弾に当たらないように身を守るのが精一杯だ。ときおりシャッターを切ってはいるものの、三笠木さんの姿はなかなかとらえられない。
当たり前だ。プロの傭兵の目すら掻い潜ってしまう『最終兵器』を、ど素人の僕なんかが追えるはずがない。
……それでも、僕は撮らなければならない。
三笠木さんの行く末を、『生き様』を。
……『死に様』は、撮りたくなかった。
今もまた、隠れ潜んでいた部屋のふすまを破って、大男が三笠木さんに襲いかかってきた。さすがにこの距離では対応が追いつかず、捕まってしまう。
片手で大木もへし折れそうな巨腕に足をつかまれて、三笠木さんの動きが一瞬止まった。我先にと敵たちが銃弾を浴びせてくる。
三笠木さんはまず、大男から処理した。つかまれていないもう片方のコンバットブーツのかかとを、思い切り大男の肩に打ち下ろす。骨は折れなかったものの、敵はひるんだ。
その間に片腕で大男のからだをつかみ上げると、降り注ぐ銃弾の盾に使う。たちまち大男のからだは蜂の巣になった。
100キロはありそうな大男のからだを片腕で持ち上げて、容赦なく使い捨てにする。プロのやり口とはそういうものだ。
咲き乱れるマズルフラッシュの間をすり抜けて、三笠木さんの狙撃が決まる。たん、たんと一発ずつ。機械のように精密に。射手を失ったサブマシンガンが、悲鳴を上げながら残りの銃弾を見当違いな方向へばらまいた。
長く続く板張りの廊下を何度も曲がって、奥へと進んでいく。もう半分ほどの敵は殺してしまっただろうか。ここまでのスピード感にどうしても追いつけず、僕はただ三笠木さんに置いていかれないようにするのが精一杯だった。
がしゃん、と拳銃の空マガジンを排出して、三笠木さんはベルトから抜いた新しい弾倉を拳銃に装填する。
フィルムが尽きていることに気がついていたので、僕も同じようにフィルムをカメラにリロードした。
……これでよし。
三笠木さんは早足で歩いているように見えても、僕はずっと走りっぱなしだ。どういう歩き方をしているのだろうか、速すぎる。
しかし、音を上げるにはまだ早い。
敵はまだ、半分ほど残っている。
生きるか死ぬかはこれからにかかっているのだ。
……そんなことを考えていた、そのとき。
たーん!と、遠くから銃声が鳴り響いた。
同時に、三笠木さんの心臓に近い左肩から血が吹き上がる。その勢いに吹っ飛ばされるようにして、三笠木さんはとうとう膝をつくことになってしまった。
……しかし、
被弾しまくりながらどんどん日本家屋を進んでいく、どんどん血まみれになっていく、