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№5 イエスマイフィグ

「私は過去に、反社会的勢力の用心棒の仕事をしていました」


 語り始めた三笠木さんの言葉は、やっぱりな、というものだった。無花果さんの指摘は見事に当たっていて、『センセイ』というのもヤクザの用心棒だったわけだ。


 三笠木さんは重武装のままデスクに座って、淡々と続ける。


「ある日、抗争が勃発し、私はその抗争で死に損ないました。私が血だらけで倒れていると、いつの間にか私は闇医者のベッドで目を覚ましました。そして現れたのは、所長でした」


「いやー、そんなこともあったねー、なつかしー」


 まさか覚えていないわけでもないだろうに、所長はどこか照れくさそうにそう言った。こんなことになっているというのに、のんきに電子タバコを吸いながらいつもどおり配信をしている。


「道端に落ちていた私を拾った所長は、私に『最終兵器』という役割を与え、この『庭』に住まわせました。以来、ここが私のいるべき場所になりました」


「……でも、用心棒からは足を洗ったんですよね? なのに、なんで今さら?」


 そうだ、抗争でいのちを落としかけた三笠木さんが、なんの義理があってまた死のうとしてるんだ?


 三笠木さんはため息をひとつついて、どこか言いにくそうにつぶやいた。


「反社会的勢力は、この事務所に目をつけました。そして、それを私との『取引』の材料にしました」


「それってつまり……」


「はい。男は、『抗争に参加しろ。さもなくば、この事務所に火をつける。所属しているニンゲンを殺す』と言いました」


「……そんな……!」


 だから、三笠木さんは必死に僕たちを関わらせまいとした。こうして引き止めていなければ、今ごろなにも言わずに鉄砲玉として死にに行っていたのだ。


 僕たちが、足を引っ張った。


 だから、三笠木さんは死ぬ。


 ……そんなのって、あんまりじゃないか。


 今ほど自分の無力を呪ったことはないかもしれない。それはみんな同じのようで、一様に沈んだ表情をしている。


「敵勢力は、国外の傭兵を雇っています。数は100人程度です。これは、私の個人的戦力を大幅に上回る数値です。援軍はありません。なので、私はこの抗争によって死ぬでしょう」


 自分のいのちのことなのに、なんでそんなに淡々としていられるのだろうか。これから死にに行くというのに、どうしてそんなにいつも通りなのだろうか。


 僕は、かつてないほど三笠木さんの中の『モンスター』を感じていた。


 三笠木さんは、決して『義に殉じる』わけではない。そんなきれいなものではなかった。ただただ、一個の兵器として自分のいのちを見ている。いのちを失うのに、理由なんて必要ない。そういうときが来た、三笠木さんにとってはそれだけのことだ。


 いのちを軽視しているわけでも、尊重してるわけでもない。ただ、必要なときに必要なだけ、消費しているのだ。


 三笠木さんはそれでも続ける。


「これは戦争です。そして、戦場は『最終兵器』である私の死に場所です。私は戦場でクソを垂れ流して野垂れ死ぬべきです」


「……事務所の、身代わりになってですか?」


 僕の血を吐くような問いかけに、三笠木さんはゆるく首を横に振った。


「いいえ、違います。元々、私の死に場所は戦場であることは決まっていました。事務所の件がなかったとしても、私は戦場で死ぬことを選んでいたでしょう。私は……」


「くっっっっっっっっっっっだんぬええええええええ!!」


 三笠木さんの言葉を無理やりさえぎって、無花果さんが急に吠えた。そのあまりの大音声に、三笠木さんもわずかに目を開く。


 無花果さんはなおも、怒りで顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「そんなもん、ただの激安鉄砲玉の死に様だろうが! なんの価値もねえよそんな死に様! くだらねえくだらねえくだらねえよ!! 死に方までつまんねえ男なのかよ、てめえは!?!?」


「……それは、」


「だいたい! なんだよ『戦場が死に場所』なんて気取りやがって厨二病かよてめえは!! いい年こいてカッコよく死のうとしてんじゃねえ!! そんなもんは『死』なんかじゃねえ、ただの『終わり』だバカヤロウ!!」


「……春原さん、理解してください」


「なにを理解するってんだ!?!? そっちこそ、バカにしてんじゃねえよ!! てめえは今まで私のなにを見てきたんだ!?!? 全部うわっつらだったのかよ!?!? だとしたら、てめえの死体なんてぜっっっっっっってえ装飾なんてしてやんねえからな!!」


 無花果さんは、『生きろ』と吠えている。


 行くな、とも、死ぬな、とも違う。


 ただ、『生きろ』と。


 僕にだって、それくらいわかる。


 三笠木さんにわからないはずがない。


 無花果さんは、ぎりっと三笠木さんをにらみつけ、


「死体で帰ってきてみろ、ただじゃ済ませねえからな!! あとな!! てめえの死に場所は『ここ』だ!! 私たちには『ここ』しかねえんだよ!! 勝手に一抜けしようとしてんじゃねえ!! 死ぬんなら『ここ』で死ね!!」


 その罵言に、三笠木さんは……


 笑った。


 たしかに、ふっと吹き出して、頬をゆるめて、目尻に笑いじわを刻んで、破顔した。


 初めて見る三笠木さんの笑顔は、とても魅力的だった。


「……イエス、マイフィグ」


 その一言だけで、なにもかもが伝わったのだとわかった。


 たしかに、三笠木さんの『死地へ向かう覚悟』は、今さら覆せない。


 しかし、三笠木さんの中には、新たに『生きて帰る』という命令が追加された。


 ……いや、これは『呪い』なのかもしれない。


 希望を、いのちを捨てきれない『呪い』。


 簡単には死なせないという、『魔女』の『呪い』。


 無花果さんが言っていることは、とても残酷だ。どれだけつらくてももがき苦しんでも死ぬなと言っているのだから。


 三笠木さんにとっては、『死』に意味などないのだろう。以前も言っていたけど、死体は死体でしかない。そこに意味を見出す無花果さんを理解できない、とも言っていた。


 しかし、意味を見出して必死にもがいて『生きて』いる無花果さんを、美しいと表現していた。


 三笠木さんにとって、他人の『生』と自分の『死』は等価ではないのだ。


 ……こんなに『やさしい』ひとだとは、思わなかった。


 まったく、なんて『見上げ果てた』ひとなんだろうか。


 三笠木さんはすぐに笑みを引っ込めてしまうと、いつもの真顔に戻ってしまった。その顔は、まさしく出征しようとする兵士の顔だ。


 腕時計を確認してから、三笠木さんは僕に向き直った。


「時間です。日下部さん、車を出してください。カメラも忘れずに」


「……はい」


 そうだ、僕はその『生き様』を『記録』しにいく。


 撮るべきものがあると、僕は判断した。


 フィルムバッグからフィルムを取り出し、銃弾を装填するようにカメラにセットする。残りのフィルムもバッグに入れて、しっかりとカメラを首から下げて、これで僕も出撃準備ができた。


 撮りにいこうじゃないか。


 三笠木さんの真実の『光』と『影』を。


「それでは、お疲れ様でした……『また明日』」


 そう言い残し、三笠木さんは事務所から先に出ていってしまった。


「……頼んだよ、まひろくん」


「はい」


 無花果さんに返事をして、僕も軽トラのキーを手に事務所から出ていく。


 ……ここに来て、戦場カメラマンになるとは思わなかったな。


 『死に様』じゃなくて『生き様』を撮影する日が来るとは思わなかった。


 けど、僕もまた、進化しなければならない。


 いつまでも死体ばかり撮っていてはなにも始まらない。


 僕は『生』を撮りにいく。


 三笠木さんといっしょに。


 ふたりで軽トラに乗り込んで、エンジンをかけた。アクセルを踏み、ハンドルを切って、抗争相手の根城へまっしぐらだ。


 これから、戦争が始まる。


 いくつもいのちが失われる。


 せいぜい、三笠木さんの『いのちのスピード』に置いていかれないようにしないと。


 そうして、僕たちは夜道をひたすらに軽トラで疾走するのだった。

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