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№17 『不安』と『同族嫌悪』

 とんこつラーメンを食べ終えると、みんな思い思いに終業までの時間を過ごした。


 僕は撮った写真を現像しに暗室に向かう。


 相変わらず、『調律』のあとのなまぐさいようなにおいがわだかまっていたけど、それも現像液のにおいにかき消されてしまった。まるで、無花果さんというニンゲンを上書きしているような気分になったのは秘密だ。


 そして出来上がった山ほどの写真を抱えて暗室から出てくると、早速無花果さんが待ち構えていた。


「……どれどれ」


 つぶやきながらてっぺんの一枚を取ると、二枚目、三枚目と次々に見ていく。


 そして、ふっと吹き出して、


「なるほどなるほど! 小生、こんなアホ面をしてたのだね!」


 見入っていたのは、トー横でみくるさんと変な踊りを踊っている姿だった。『作品』の写真ではない。


「ええ、見ものでしたよ」


「小生を見世物扱いするんじゃないやいっ!」


「実際、ネットで見世物扱いされてますからね」


「小生有名人だからなあ!」


 あれこれとめくるのは、どれもトー横で撮ったスナップばかりだった。不思議に思って尋ねてみる。


「……『作品』の写真は、いいんですか?」


 すると、無花果さんはほろ苦く笑い、


「今回は、送る相手もいないだろう。みくるちゃんはこんな『作品』は欲しがらないさ」


「それは、そうですけど……」


「君の『作品』に対する理解の深さはこころえているよ。だから、確認するようなマネは、逆に失礼に当たる。君が見てほしいってんなら、もちろん見せてもらうけど?」


 そういうわけではない。僕が欲しいのは、無花果さんの『評価』ではないのだから。無花果さんは、今回は『作品』の写真ではなく、何気なく切り取ったトー横での思い出の方に意味を見出した。それは、僕の写真家としての腕が上がったせいなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。


 ともかく、僕は無言で首を横に振った。無花果さんは満足げにうなずくと、あれこれと『作品』以外の写真を見ていった。


 ……けど、本当は不安でしかたがなかった。


 もしかしたら、撮りこぼした1%の方に真実の『光』と『影』があるのではないかと。理解の及ばないところにこそ、真理があるのではないかと。


 そんなこと、無花果さんに言ってもどうしようもない。


 『作品』以外の写真にその真理があるのだとしたら、僕もまた『表現者』として進化している証だ。


 無花果さんは今回、初めて『素材のない作品』を作り上げた。それは芸術家として、まぎれもない進化だ。


 だったら、『相棒』である僕も、同じだけ進まなければならない。置いていかれないように、前に前に。


 ……どこまで進んでも追いつけないのが、無花果さんのすごいところなんだけど。


「……みくるさんは、なにかしらの報いを受けますかね?」


 『仲間』である長門さんを、臓器売買のルートに流した罪。友達を売った代償は、みくるさんに請求できないのか。


 そこだけは、なんだか腑に落ちない。


 たしかに、真実は明らかになった。みくるさんもそれを認めた。


 けど、だれも罰を受けない。


 それは果たして、死んだ長門さんにとってどうでもいいことなのか。


 無花果さんは写真を山に戻して、


「そうだね。みくるちゃんはだれからも責められないだろうさ。長門ちゃんを探しに行ったっていう面目も立ったし、小生たち以外だれもみくるちゃんが黒幕だったなんて思わないだろうね」


「『仲間』はみんな、だまされたままですか」


「だまされた、か……うーん、なんだかピンと来ないな」


 無花果さんは困ったように頭をかきながら、


「みくるちゃんは、ただただ愚直に『楽しく生きてる』だけだよ。あんな死んだ顔をしておきながら、なお『楽しく生きてる』。『仲間』を大人に売って、小細工をして、それでも『楽しく生きている』、ただそれだけなんだ」


「……納得できません」


「そりゃあそうだろうね。普通の社会ならば、即座に罰が下されているだろうから。けどね、あそこは普通じゃない。トー横にはトー横の、倫理と秩序があるんだ。どれだけカオスに見えてもね」


「秩序も倫理も、どこにも見あたりませんでしたけど」


「それは君が一般社会に毒されすぎているからさ。いいかい、あそこでは『楽しく生きてる』ことこそが、唯一無二のステータスなんだ。自殺なんかはトレンドじゃない。居場所を追われてたどり着いた場所で、意地でも『楽しく生きてる』。それこそが、最大の復讐なんだろうさ」


 そんなことが、ステータス?


 友達を裏切ってまで守るべきものだって?


 ……バカバカしすぎる。


「……僕には、わかりそうもありません」


 ため息混じりにつぶやくと、無花果さんは大きく笑った。


「ぎゃはは! 君にはわかりっこないよ!」


「……無花果さんには、わかるんですか?」


「おうとも。それこそ、『おおむね』、ね」


 居場所を追われたのは、無花果さんも同じだ。そして流れ着いたのが、この『庭』だった。自分が価値のあるニンゲンでいられる場所、それがこの安土探偵事務所だ。


 そんな居場所で、意地でも『楽しく生きる』。無花果さんの人生の目標といえば、たったそれだけのことだ。


 そのために、『作品』を作る。


 そのために、死体を探す。


 そのために、大騒ぎをしてとんこつラーメンを食べてケンカをする。


 『楽しく生きて』、『納得して死ぬ』。


 悔いのない人生、なんてものはありえないと、僕は考えている。


 しかし、『納得して死ぬ』ことはできるはずだ、とも。

 

 そんな簡単なことをやっているのが、この『モンスター』たちだ。


 みくるさんも無花果さんも、その点においてだけは相違ない。唯一の共通項だ。


 ……つくづく、救えない『闇』と『病み』だった。


「まあ、みくるちゃんも当分は、今回と同じように『ゴミ収集車』にニンゲンを売り飛ばして『楽しく生きて』いくんだろうさ。ストゼロでODして、TikTokで踊って、立ちんぼをして、ホストに狂って、死んだ目をしながらね」


「……そんなの、いつまでも続きませんよ」


「ぎゃはは! だろうねえ。SDGsな生き方とはとても思えない。けどね、みくるちゃんはそうする以外に生き方を知らないのだよ。というか、生きていく場所がない。だったら、地獄の鬼すらもしゃぶりつくしてサバイブしなくてはね」


 ……ここへ初めて来たときに見た、ドブネズミがゴキブリをむさぼっている地獄の光景を思い出した。


 ハングリーというか、泥くさいというか、とてもじゃないがスマートな生き方とは言えない。


 しかし、みくるさんには選べる生き方が他になかった。


 だから、死なばもろともとばかりに、周りを巻き込んで破滅へまっしぐらに行進している。


 ……ああ、そうか。


 もしかしたら、みくるさんも僕たちと同じ『墓の上で踊るもの』なのかもしれない。


 『闇』と『病み』の違いはあれど、他人の死でご飯を食べている。いのちを繋いでいる。


 その踊りは、『祈り』ではない。


 ただの薄っぺらい『呪い』だ。


 そんな呪わしい生を謳歌して、バカのように踊りまくっている。


 最後の瞬間まで止まることはない。


 止められない。


 だったら、せめて楽しく。


 ……そういうことか。


 残っていた気持ち悪さが薄らいでいく。


 やっと、僕にも『納得』できた気がした。


 これもまた、100%の理解ではないのだろうけど。


 ただ、もうみくるさんは正体不明の怪物ではない。僕たちと同じ、必死に生きている『モンスター』なのだから。


 僕が感じていたのは『不安』であると同時に、『同族嫌悪』でもあった。


 しかし、結局僕は目を逸らさずに理解してしまった。


 それが、『記録者』の役割だから。


 ……僕も、たいがい業が深いな。


 急に笑い出した僕に、無花果さんはきょとんとした顔をするのだった。

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