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№12 消えた『残骸』

「…………」


 ただ、じいっと無花果さんを見つめる。所長によると、僕のこの視線はときとして『暴力』となるそうだけど、果たして三笠木さんの腕力くらいのちからはあるだろうか?


「…………ああもう、わかったよ! お願いだから、そんな目で小生をみないでおくれよ!」


 どうやら、所長のお墨付きは本物だったようだ。無花果さんは僕の圧に負けて、泣きごとのように叫びちらした。


「いつもの『種明かし』だろう!? ああめんどくさい! こういう消化イベントがあるから、小生本当は探偵なんてしたくないのだよ!」


「そういうのはいいですから、早く説明してください」


「だから、君は結論を急ぎすぎるんだよ! この早漏!」


「純潔は保ったままなので、その真偽のほどは定かではないですね」


「ああ言えばこう言う! かわいくないよ、まひろくん!」


 なにかしゃべっていたら、無花果さんは永遠に説明をしてくれないだろう。


 なので、僕は黙ることにした。黙って、視線の圧をかける。


 無花果さんは、とほほと肩を落として観念した。


「要するに、『嘘つきクレタ人』さ!」


「エピメニデスのパラドックスがどうかしましたか?」


「ああもう、君ってばつまらなくてめんどくさい上に冊子も悪い男だね!」


「そこも含めて、ちゃんと説明してください」


「わかってるよう!」


 そして、無花果さんは僕にないしょ話をするように口元を耳に寄せた。


「最初に『ウソをついていないか』確認するためのジャブを放つ。これはいつもどおりだった」


「……あの質問が、ですか?」


 本当に、みくるさんにとって長門さんは『仲間』だったのか。


 そんな核心を突くような質問、いつもなら最後に持ってくるはずなのに、それは決め技ではなくただのジャブだった……?


「そうさ! みくるちゃんのあの答え方、『ウソをついている』ことが丸わかりだったね! なにも考え込むことなく、一切のためらいなく、きっぱりと『仲間』だと言い切ったよねえ! 普通、そんな大それた質問、ちょっとは考えるはずだよ! しかし、ウソっぱちならばするっと口から出てくる!」


「……なるほど」


 たしかに、あの即答には違和感があった。まぎらわせようもない違和感が。


 無花果さんは得意げに続ける。


「みくるちゃんがウソツキだってわかったら、あとはもう『ウソつきクレタ人』さ! 言ってることは、少なくとも長門ちゃんに関する重大な質問に関しては、すべて真逆のウソで答える! だから、小生はその裏側に真実があると悟ったのだよ!」


 だから、『ウソつきクレタ人』、か。


 まるっきりのウソをついているなら、その真逆こそが真実。とんだ腹の探り合いだ。


「そうやってみくるちゃんの発言を読み解いていくと、次のような事実が浮かび上がってくる! 長門ちゃんは、人気のない立ちんぼだった! 当然、立ちんぼの斡旋をしているみくるちゃんにとって、大しておいしい汁じゃなかったんだね! キックバックが入ってこないんだもの、立ちんぼとしては使えねえなコイツ、と思っていたはずさ!」


「けど、実際に長門さんは立ちんぼをしてたんですよね?」


「そりゃあ、あそこで生きていくためには必要だからね! しかし、セックスを楽しんでいる様子はなかった、むしろいやがっていた! それに、クスリに狂っていたわけでもホストに狂っていたわけでもない! おそらくは、みくるちゃんといっしょにいるために、仕方なく立ちんぼなんてやっていたのだろうねえ!」


 かりそめの『仲間』であり続けるため。


 そのためだけに、長門さんはからだを売っていた。


 すべては、みくるさんのそばにい続けるためだけに。


 ……しかし、やっと見つけた居場所でも、長門さんは搾取された。


 長門さんは、あるときふいにそれに気づいてしまったのだろう。


 その結果……


 視線を向けると、無花果さんは軽くうなずいて見せた。


「そう、ここから出ていきたかったのだよ、長門ちゃんは! 居場所だと錯覚してしまったトー横からね! なにが楽しいわけでもなく、ただ必死に居場所にしがみつくためだけに立ちんぼなんてしているのが、バカらしくなってしまったのだろうねえ!」


「けど、長門さんは……」


「だね! そうやっていち抜けしようとしている『仲間』がいたとしたら、みくるちゃんはどう思うだろうねえ? それも、ストゼロ程度のうまみもない汁しか出さない『仲間』だ! 用済み、として処分することを考えただろうねえ!」


「それで、繋がりのあるヤクザに?」


「そうとも! 界隈の仕切り役なんて、裏でイケナイ筋の方々と繋がってないとやってられないからね! 当然、みくるちゃんにもそういうかかわりはあったはずだ! ああ、大人にはわからないとか言いつつも、裏では悪い大人とどっぷり癒着さ! ファックオフだねえ、トー横の自由なんて!」


「それで、長門さんはヤクザに引き渡された?」


「そうさ! うまみもない、もうしゃぶれるだけしゃぶった、だから文字通り『骨の髄まで』ストローで吸い尽くすために、最後に長門ちゃんを臓器売買のビジネスに差し出した!」


「じゃあ、どうしてわざわざ僕たちに長門さんの死体を探してほしい、なんて依頼しに来たんですか?」


「そりゃあもう、これからもトー横でサバイブしていくためだろうね! 界隈にはすでに、みくるちゃんは『ゴミ収集車』とのつながりがあるってウワサがはびこっていた! 長門ちゃんもその犠牲者だってね! だから、その疑惑を晴らすために、わざと『長門ちゃんを心配してますよお』ってポーズを取るために、小生たちに依頼しに来たんだろうよ! これみよがしに『探偵を連れてきたよお』ってみんなに紹介してたしねえ!」


「僕をあの立ちんぼの女のひとにけしかけたのは?」


「ああ、あれだね! 簡単なことさ! と言っても、小鳥くん頼みだったけどねえ! みくるちゃんのサインの本名から銀行口座を割り出して、ハッキングをかけて資金の流れを見て、繋がりのあるヤクザに当たりをつけて、そのヤクザが飼っている立ちんぼを見繕ったのさ! まあ、あの辺の立ちんぼはだいたいそうだったけどね!」


 ……合点がいった。


 なにもかもが、ウソだったのだ。


 『仲間』という言葉も、トー横の自由も、大人への反逆も、僕たちへの依頼さえも。


 ……脳裏に浮かんだのは、死んだ魚の目をしながら『生きるの楽しい』と笑うみくるさんの顔だった。


 もしかしなくても、あの言葉もウソだった可能性が高い。


 生粋の大ウソつきじゃなきゃ、あんな表情で『楽しい』だなんて言えたものじゃない。


 みくるさんは、ただ『生きるのが楽しい』ふりをしているだけだ。


 フェイクファーのような安っぽい生き方のために、長門さんはハラワタを抜かれて死んだ。


「以上っ! 思考をトレースしてわかったのは、その辺だねえ!」


「じゃあ、わざわざトー横まで来たのも、僕に立ちんぼを買わせたのも、いのちの危険にさらしたのも……?」


 その『推理』を補強するためだったのだろう。


 ……しかし、無花果さんはあっさりと首を横に振り、その考えを否定した。


「ああ、それはついで」


「ついでで死にかけたんですか僕は?」


「まあまあ、良いではないか!」


 じゃあ、なんのためにここまで来たっていうんだ。めんどくさい手順を踏んで、手に入ったのはあのピアスだけ。骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだ。


 ……まさかとは思うけど、一応念を押して聞いておく。


「だとしたら、今、長門さんの死体は……?」


「当然、臓器を抜き取った『残骸』なんて、もうとっくの昔に処分しちまっただろうねえ! 硫酸風呂で溶かしたか、重りをつけて魚の餌にしたか、山に埋めて地球温暖化防止に貢献したか、それはわからないけどね!」


「そんな……だったら、今回の『創作活動』はどうなるんですか……?」


 我ながら情けない声が出た。


 しかし、無花果さんは、どんと胸をこぶしで叩き、


「安心したまえ! 正直、『素材のない創作活動』なんて初めてだけど、ここまで来たんだ、やってやるぜ!」


 ……そうだ。なにも心配することはないじゃないか。


 『死体装飾家』・春原無花果は、今までだっていくつもの新しい課題と向き合ってきた。


 そして、そのたびにひと回り大きな存在となってきた。


「さあ、みくるちゃんを連れて事務所に帰るよ! 『創作活動』を開始しようじゃないか!」


 すべてが判明した今、『素材のない創作活動』に取りかかることでしか決着はつけられない。


 みくるさんには、しっかりと見てもらわなければならない。


 長門さんの死体でできた、無花果さんの『作品』を。


 ……そんなわけで、僕たちはひとまず、みくるさんが待つトー横に戻ることにしたのだった。

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