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№11 『物的証拠』

 やがて、僕たちはビルの最上階までたどりついた。なんだかラストダンジョンの最下層までたどりついたような感慨がある。


 しかし、いくらヤクザのラスボスとはいえ、こっちには『最終兵器』がついている。実質、物理的にはこわいものなしだ。


「たのもー!」


 高らかに叫びながら、無花果さんは思いっきり重厚な大扉を蹴破った。


 その向こうには、呆気ないくらいごく普通のオフィスが広がっていた。デスクの島ができていて、各所に固定電話が設置され、パソコンが置かれている。


 しかし、電話の受け答えをしているのはあからさまなチンピラばかりだった。借金の催促だろうか、唾を散らして怒鳴り声を上げている。


 その島の向こう、オフィスなら役職付きのニンゲンが座るようなところに、デスクにつくスーツの男の姿があった。


 いかにも『インテリヤクザでござい』と言いたげな、オールバックに金属フレームメガネの優男だ。しかし、絶対的にその視線は鋭く、冷たい。


 無花果さんはずかずかとその男の前まで歩いていくと、どん!とデスクを殴りつけ、


「まずは、まひろくんのカメラを返してもらおうか!」


 男は一切戸惑いを見せなかった。それどころかビジネスライクな笑みさえ浮かべながら、


「ああ、ここにありますよ。どうぞ」


 と、デスクの引き出しから僕のカメラを取り出した。


 ……よかった、壊れてない。


 無花果さんに手渡されて確認したけど、レンズも破損していない。本当によかった。


「そこにいる喪服のおにいさんが、なにかやりましたね?」


 メガネの奥の蛇のような眼光をきらめかせて、男の視線はまず三笠木さんに向けられた。しかし、当の三笠木さんはいつも通り、黙って目の前だけを見つめている。


「んなこたぁどうでもいいんだよ! 五秒やるからとっとと長門ちゃんの死体のありか吐け! はいごーよんさんにーいち! 時間切れ!」


「……五秒経つと、なにが起こるんですか?」


「あ、決めてなかった!」


 無花果さんは悪びれる様子もなく、てへ、と舌を出してかわいこぶる。


「長門? さあ、私にはなんのことだか……」


「とぼけんな! みくるちゃんの手引きでさらった女の子だよ! どうせもう臓器を抜いて『残骸』はどっかに捨ててるんだろう? 投棄場所を言ってみろ!」


 あくまで知らんぷりをする男に、無花果さんは腕まくりをしてすごんで見せた。しかし、まったく迫力がない。そういうのは、素直に三笠木さんに頼めばいいのに。


「ですから、私はなにも知りません。みくる?……ああ、末端の『社員』がかかわっている女の子ですね。名前は聞いたことがありますが、会ったことは一度も……」


「だーかーらー! もうネタは割れてんだよ! 臓器売買なんてオイシイ一大ビジネス、組織ぐるみじゃないとできないだろうが! 特にみくるちゃんなんて稼ぎ頭、会ったこともないなんて言わせないよ! なんなら枕営業すらしてたんじゃないかい!?」


「そう言われましても、お話がまったく見えてこなくて……末端の『社員』がなにかしたのでしたら、上司として私がお詫びいたしますが、それ以上のことはいたしかねます」


 ……ダテにインテリヤクザをやっているわけじゃない、こいつは切れるやつだ。


 のらりくらりと、しかし絶対に隙を見せることなく、みくるさんのことも長門さんのこともしらばっくれている。


 ちょっとやそっとじゃ口を割るタマではない。


 無花果さんもそれを悟ったのか、ふん!と思いっきりそっぽを向くと、


「もういい! シラ切るってんなら、あとで覚えとけよ! 首洗って待ってろ!」


 まるっきりザコの捨て台詞を吐いて、無花果さんは来たときと同じようにずかずかとデスクの前をあとにした。


 ……しかし。


「おっと」


 扉にたどり着くまでの間に立ち止まり、ふいにその場にしゃがみ込む。なにかを拾ったようだ。


 『それ』をしっかり握り込みながら、


「小生ったら、ピアスを落としてしまったでござる! いやいや、失敬! まあ、諸君らもクソの役にも立たないヤクザ稼業、せいぜいがんばりたまえよ!」


 やめてくれ、フロア中のチンピラたちから殺気を向けられてるから。


 それも、三笠木さんがひとにらみすると収まったけど。


 とにかく、それ以上なにかするわけでもなく、無花果さんはオフィスを後にした。ちなみに、蹴破った扉はそのままだ。


 廊下に出て、僕は最初に無花果さんに問いかけた。


「無花果さん、ピアスあいてましたっけ?」


 長い髪で隠れて見えなかっただけなのか、それにしてもそんな話は聞いたことがない。


 無花果さんは忍び笑いをして、


「いーや! 小生常にうまれたままの姿だよ!」


「それは語弊がありますよ。それより、ピアスじゃなかったらなにを拾ったんですか?」


 たまたまオフィスに落ちていたもの。そんなものになんの用があったのか。


 無花果さんはにんまりして、握りこんでいた手のひらを開いて見せた。


 ……やっぱり、ピアスだ。赤いチェリーの形をした、片方だけの大振りなピアス。


 しかし、これは無花果さんが落としたものではない。


 だとしたら……?


「これこれー! 小生、どおおおおおおおしてもコイツが欲しかったんだよう!」


 ピアスに頬ずりをしながら、無花果さんがまた奇声を上げた。


 よくよく見て記憶と照会してみると、それはどうやら長門さんがTikTokの動画内でつけていたのと同じピアスらしかった。


「さーて、こんなものがどうしてあそこにあったのかなあ? んん??」


 首を極限までひねりながら、無花果さんはそんな風に歌う。


 ……つまり……


 長門さんは、たしかにあの場所に立ったことがあった。それが何日前かはわからないけど、あの男と会ったことがある。


 そして、姿を消した。


 これはもう、臓器売買ビジネスの犠牲者になったことは確定だ。


 みくるさんに関する黒いウワサ。さすがにあの男も、みくるさんがまったく絡んでいないとは言いきれず、末端の『社員』とのかかわりは認めていた。


 そして、みくるさんは長門さんと仲が良かった。


 みくるさんが、人身売買をするヤクザと絡んでいたことは、もう間違いない。


 このピアスが動かぬ物的証拠だ。


「……まさか、これを狙って僕をこんなところに送り込んだんですか?」


「うん! どおおおおおおおしてもこれ欲しかったから!」


「僕、危うく殺されるところでしたよ?」


「君もぐちぐちとうるさい男だねえ、めんどくさい! 助かったんだからいいじゃないか! フランス語でも『結果オーライラララライ』と言うだろう!」


「絶対に言いません」


 ……謝罪とかを期待した僕がバカだった。


 せめて心配くらいはしてほしかったんだけどな……


 一切悪びれた様子のない無花果さんは、引き続きいとおしげにピアスに頬ずりをしている。


「ああ、これさえあれば小生、『創作活動』ができるよ! 超うーれすぃー!」


 ……ということは、このピアスが長門さんの死体……いや、『残骸』のありかをたどる鍵になるのか。


 しかし、結局あの男からは一切話を聞き出せなかった。みくるさんに物的証拠を突きつけて問い詰めても、どこに捨てられたかまでは把握していないだろう。


 状況はいまだ、一切動いていない。


 だというのに、無花果さんはすっかり目的を果たしたような満足顔をしている。


 まさか、これでなにもかもがわかったというのだろうか?


 無花果さんのことだ、また死者の思考をトレースして、常人には考えもつかないような結論にたどりついたのかもしれない。


 ……いずれにせよ、説明だけはきちんとしてもらわないと困る。


 でないと、僕は単に危ない目に遭わされただけで終わってしまう。


 僕はじいっと無花果さんを見つめて、『種明かし』を言外に要求するのだった。

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