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№8 おのぼりさん

 それから、みくるさんは僕たちに様々な『トー横名物』たちを紹介してくれた。


 たまに広場でバーベキューを振る舞う帝王。


 高齢ホームレスたちのまとめ役、キンジさん。


 よく炊き出しに来るなじみのボランティアスタッフ。


 ここで一番女の子にお金を貢がせているというレインさん。


 女装男子がいたり、小学生がいたり、かと思えばシングルマザーがいたり。


 みくるさんの仲間たちもいろいろと変わっていた。


 からだ中にピアスを開けて舌をスプリットタンにしているヘビ子さんは、ヘビメタが好きだそうだ。


 まだ中学生のヤバ見沢さんは、しょっちゅう『ひぐらし』のレナの口調を真似ていた。


 常にラップ調でしゃべっているミツヒロさんとは、なかなか会話が噛み合わなかった。


 ……そんなニンゲンたちを見て、『事実は小説よりも奇なり』という月並みな感想しか出てこない僕は、やっぱり無花果さんが言う通りつまらない男なのだろう。


 しかし、持ってきたカメラのレンズを向けると、みんな一様にとろけるような笑顔を浮かべて、よくわからないピースのようなポーズを取ってくれた。


 もちろん、途中でみくるさんのパキりタイムが挟まれた。他の仲間たちも、暇さえあればストゼロロング缶でオーバードーズをしていた。全員、舌が真っ青だ。


 みくるさんのストゼロがなくなったとのことで、近くのセブンに寄った。お礼、というわけでもないけど、揚げ鶏をプレゼントすると、みくるさんはたちまちアッパーになった。


「揚げ鶏、ウチバカ好きい!」


「いえい、小生もさ! というわけで、おごれ、まひろくん!」


「わかりましたよ……揚げ鶏みっつください」


 セブンで買った揚げ鶏を、僕たちは広場の隅のブロックに座って食べた。食べ終えると、僕はおしぼりで丁寧に手の油を拭ってから、無花果さんとみくるさんにカメラを向ける。


「それえ、加工とかできるう?」


「フィルムカメラなのでできません」


「ええ、写ルンですとかみたいなあ?」


「まあ、そんなものです」


「うっはは! バカエモいしい!」


 ぱしゃり。


 大げさにウケて見せるみくるさんの姿をフィルムに収める。すかさずチェックが入った。


「下からのアングルやめてよお? 盛れないからさあ」


「ローアングルからのアオリは撮ってないです」


「ならいいけどお。たまにいるんだよねえ、スマホでスカートの中盗撮しようとするおぢ」


「そんな輩が湧いたらどうするんだい?」


「んん、もっと撮りたかったらカネ払ってね、ってえ」


「ぎゃはは! むしり取る気満々だよこの女!」


「うっはは、当たり前っしょお」


 そんな風にして、パッと見なごやかに見えてきなくさい会話が繰り広げられる。


 そうしていると、自撮り棒というデジャブを感じるものを掲げながら広場に入ってくる若い男が現れた。どうもこの界隈の住人でもなさそうだ。なにごとかひとりでぺらぺらしゃべりながらカメラを回している。


「あーね。たまにいるよお、凸系YouTuber。オモロそうだし、話してみるう?」


「よっしゃ小生一番槍!」


 言うが早いか、無花果さんはまっしぐらにYouTuberに向かって突進して行った。止める暇もない。


 先に気づいたのはYouTuberの方だった。一瞬フリーズして無花果さんのシスター服を上から下まで眺めてから、


「……もしかして、あづっちさんとこのイチジク?」


「おうよ! その通りだてやんでい!」


「マジ!? 俺あづっちリスナーだし! こんなところで撮れ高爆アゲとかありえねーんですけど!?」


「なんだいなんだい、君もあのしょーもない配信の視聴者なのかい?」


「いやマジ俺らのアコガレだし! うっわ、生イチジクだ、ツーショとろ!」


「いいとも! いえーい!」


 どうやら所長の配信のリスナーでもあるらしいYouTuberと無花果さんは、並んでカメラに向かって謎ポーズを決めた。


 ひとしきりYouTuberがまくし立てて去っていくと、無花果さんは得意げに、ふふんと鼻を鳴らして、


「あーつれーわやっぱ有名人つれーわ!」


「ウザいので、ミサワはやめてください」


「なんだいまひろくん、君も混ざればよかったのに!」


「遠慮します」


「ねえねえ、あっちで動画撮ろうよお、『ハレ晴レユカイ』踊ってさあ。そんでえ、TikTok上げよお!」


「よっしゃ小生キメるでござる!」


 あれよあれよという間に、無花果さんは若い男女に囲まれてスマホのカメラを向けられた。なにやらスピーカーを持ってくるひともいて、途端にその場に『ハレ晴レユカイ』が爆音で鳴り響く。


 振り付けなんて知らないだろうに、無花果さんは阿波踊りみたいなダンスを披露して周囲の笑いを買っていた。


「うっはは、バカウケるんすけどお!」


「ぎゃはは! 超楽しい!」


 ……すっかり馴染んでるな。


 それもそのはず、ここでは無花果さんくらいなら全然浮かない。無法こそが法であるこのトー横では、イカれたシスター姿の若い女くらいひと山いくらでいるんだから。


 そんな姿を、次々とフィルムに焼き付けていく。


 ぱしゃり。


 みくるさんもいっしょに、もう一枚。


 ぱしゃり。


 ……そうしていると、ふと背後から声をかけられた。


「ちょっといい?」


 へらへらと笑っているのは、虹色に髪を染めているドンペンの着ぐるみ姿の若い男だ。もれなく舌は青い。


 なぜ僕に声をかけてきたんだろう?


 いよいよ袋叩きにされるんだろうか。


 ビビりながらもうなずき返すと、男はげはげはと笑って、


「あーね、おにいさん。みくるはやべえって!」


「……やべえ、とは?」


 聞き返すと、男はないしょ話をするように声を潜めた。


「……あいつ、『ゴミ収集車』とつるんでるってウワサあっから」


「『ゴミ収集車』?」


 またわけのわからない言葉が出てきて、首をかしげる。


「そー。俺らみたいなゴミとっ捕まえて売りさばくやつら、いんの。ジンシンバイバイ?ゾーキバイバイ?みたいな?」


 ……急にアヤシイ話になってきた。


 真面目な顔をして話の先をうながすと、男は面白いくらいぺらぺらとしゃべってくれた。


「たぶん、ヤクザとかと絡みあんだよ。俺らなんていてもいなくてもだれも気にかけねえゴミだし、ちょっとさらうくらいどーってことないっしょ。そんで、腹ん中だけ取ってあとはぽいって捨てんの。ウケるっしょ?」


「……いや、ウケはしませんけど……」


 ヤクザ。臓器売買。誘拐。


 だんだんと話の流れがきなくさくなってきた。


 しかし、男はそれ以上突っ込むことなくストゼロのロング缶に差したストローを吸い、げははと笑って、


「けどさー、長門探してわざわざあんたらんとこ行ったんっしょ? 俺らもさ、最初は長門も『ゴミ収集車』行きになったんじゃねーかって思ってたんだけど、そこまでするんなら違えよなー。やっぱウワサはウワサってことよ」


「……はあ……」


「でもまあ、念には念を入れて?チューコク?してやったわけ。『ゴミ収集車』じゃなくても、ヤクザ絡んでるウワサけっこーあっから、みくるは」


「……ありがとうございます」


「どーでもいっかー。おにいさんたちも今日で帰るんだし、どーでもいいよなー」


 ひとりで納得すると、男はそのままふらふらとその場から離れていった。


 ……ヤクザとのかかわり。あの、みくるさんが。


 そういえば、売春も斡旋しているような口ぶりだった。


 ありえない話ではないような気がする。


 だとしたら……


「まひろくん、なにしてるんだい!?」


「うっはは、おにいさん! マジこのおねえさんバカウケるんすけど!」


 ……ここで追求しても仕方がない。


 『不吉』の予兆が静かに芽吹いたような気がしたけど、僕はひとまずそれにふたをして、無花果さんとみくるさんの元へと戻るのだった。

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