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№5 のっけからのストレート

「そうだね、まず、長門ちゃんは本当に君の『仲間』だったのかい?」


 ……あれ?


 開口一番、放たれた質問に、僕はついぎょっとしてしまった。


 だって、おかしい。いつもなら、無花果さんは最初にジャブとして、『これから返ってくる答えは本当に真実なのか』たしかめるための質問をするはずなのに。


 今回に限っては、のっけからのストレートが飛んできた。本来なら、こういう質問は最後に持ってくるはずなのに。


 そんないくつもの『はずなのに』で頭をいっぱいにしながら、僕はイレギュラーな事態に静かに混乱していた。


 しかし、かろうじて口には出さない。


 無花果さんには、なにか意図があるはずだから。


 それを妨げてしまっては、意味がない。


 そんな風に突っ込まれたみくるさんは、一瞬たりとも躊躇することなく、即座に笑顔でうなずいて見せた。


「うっはは、当たり前だよお! みんな仲間だもん、ウチらオトナに居場所奪われた被害者同士だしい。みいんな家族みたいなもんだしい、みいんな、仲間だよお、友達友達い」


「そうかいそうかい! そりゃあけっこうなことじゃないか! じゃあ、長門ちゃんが好きだったブランドはなにかな?」


「んん、あのコ、ブランド物に興味なかったからなあ。難しい本とか? 分厚くてたっかいやつう。哲学とか経済とかの? 知らんけどお」


「なるほど、長門ちゃんは大層な読書家だったのだねえ! なにせブランド物のバッグよりも哲学書に稼ぎをぶっこむくらいだから! ところで君たち、セックスはちゃんと楽しんでいるかい?」


「んん、おぢの相手とかバカめんどいけど、まあえっち自体は別に楽しくもイヤでもない感じい。長門もそうだったよお。推しともすぐアフター行ってたしい」


「ほほう、なんともえっちな世界じゃないか!」


「あーね。そうゆう夢とか見ちゃってるおぢいるけどさあ、ウチら一応カネモクでやってるからねえ。あんまえっちえっちって言われてもなあって感じい。なんたって稼げるしい?」


「セックスでお金が稼げるとは世も末だね! ワンダーランドだね! 小生ならぜってーセックスに金は絡ませねえけど! じゃあ次! 君たち、普段はトー横とやらに住んでるのかい?」


「いやあ、カネなかったら地べたで寝てるけどお、基本ホテルに泊まってるう。けどまあ、定住地?みたいなもんはないかなあ」


「長門ちゃんはけっこう稼ぎ頭だったのかい?」


「うん、あのコ、顔面でおぢにめっちゃ推されてたからあ。メイクもあんましないくせに、バカモテしてたなあ。長門って名前つけたウチもセンスあるくない?」


「いやいや、君もなかなかじゃないか!」


「ええ、ウチ別にそんなでもないよお? 17なんてババアだしい」


「だったら小生は後期高齢者かい! で、だ。トー横って治安悪いのだろう? 小生テレビで見たもん!」


「あーね。ゆーてそんなでもないよお? ウチとかがけっこういろんなコ面倒見てるしい。仕切ってるとかじゃないけどさあ。だいたいのコのLINE知ってるしい」


「じゃあ、トー横デビューするならば、まず君に頼めばいいのだね!」


「デビューってかあ、まあ生きてくためなら手助けすんよーって感じい。ウチらただ生きてきたいだけだからさあ」


「ねえねえ、小生ホストとか行ったことないのだけれど、あれって楽しいのかい!?」


「バカ楽しいよお! 姫姫ってチヤホヤされてさあ。長門も推しに狂ってたなあ」


「ところで、ODってそんなに気持ちいいのかい!? あれって市販薬なのだろう? 処方箋なくてそんなに飛べるものなのかい!?」


「んん、パキッてるときはすごいぱあーってアガるけどお、キレたら地獄だよお。長門もたぶんパキ切れで困ってたっぽいしい。何回か相談されたことあるよお」


「そうだ! せっかくだから、TikTokとやらを見せておくれよ!」


「いいよお。ええと……これこれえ。見て見てえ、長門と『ハレ晴レユカイ』踊ってるやつう。バカ楽しかったあ! これけっこうバズったんだよお?」


「やあやあ! 歌って踊ってバズって、トー横とはなんと愉快な界隈だろうか! セックスしてお金もらって踊ってODキメてホスト行って遊んで暮らして、小生ちょっと憧れちゃうよ!」


「だよお、バカ楽しい! あーね、生きてるうって感じい。今ウチ、生きるのバカ楽しいし! 毎日すんごい楽しい! 早く明日来ないかなあって寝るんよお!」


 ……あれ、なんだろう?


 僕はかすかな、しかし厳然としてそこにある違和感に気がついてしまった。


 ……目が、死んでる。


 生きながら、その眼球は腐っている。


 それは、ストゼロロング缶と薬のせいかもしれない。今日はたまたま体調が悪いのかもしれない。なにかたまたまイヤなハプニングが起こったのかもしれない。


 ……しかし。


 『生きてるのが楽しい』と語るニンゲンは、絶対にこんな目はしていないはずだ。


 鮮度が落ちた魚のような、濁って淀んだ両の瞳。カラコンが入っているのか、やたらと大きな黒目には、しかし一切の光が差し込んでいなかった。


 それが、気持ち悪いくらいの違和感となって襲いかかってきた。


 ……なんだ、これ。


 こんなの、まるで……『化け物』じゃないか。


 しかし、無花果さんにとってはそれで充分だったらしい。ぽん、と手を打つと、満面の笑みで言い放った。


「よし! 小生、おおむね理解!」


 どうやら、これで思考のトレースはできたようだ。相変わらず、さっきの質問でどんな情報を引き出したのかは謎のままだけど。


 ともかく、これで長門さんの死体は見つかるはずだ。


 みくるさんはへらりと笑って、


「ええ、今のなんか意味あったあ?」


「もちろんさ! 小生、『おおむね』わかったよ、長門ちゃんの考えてたこと!」


「なにそれえ、バカウケるう!」


 そう言って、みくるさんはうつろな目をしたまま手を叩いて大きく笑った。


 無花果さんはその辺に転がっていたボールペンで、またなにか書き付けを作り始めた。例によって、トレースした思考をもとに、小鳥くんに詳細を調べてもらうつもりだ。


 ……これで、なんとかなるはず……なんだけどな。


 どうしても、もやもやが晴れない。


 『納得』とは程遠い感情が胸にわだかまっている。


 なのに、みくるさんはなにが愉快なのか、ぎらぎらした目で無花果さんを見つめているばかりだ。


 ……みくるさんは感じていないのだろうか、この不安を。


 いや、『不安』なんかじゃない。


 これは『不吉』だ。


 なにか、とてつもなく良くないことが起ころうとしている。


 そんな予感で、僕の頭はいっぱいいっぱいになってしまった。


「でーきたっ!」


 夏休みの宿題を8月31日に終えた小学生のように笑うと、無花果さんは事務所の奥の『巣』へとその書き付けを持っていく。


 この時間、小鳥くんはカプセルの中で小休止をしているはずだ。急に叩き起されて不安定にならないといいけど。


 ……それにしても、気持ち悪い。


 『消化』不良を起こした食べ物が、胃液と共にせり上がってくるような感覚だった。


 そう、これは『咀嚼』はできるけど、『消化』も、ましてや『排泄』もできない現実だ。


 はっきりとしたことはなにも言えないけど、僕のみぞおち辺りには実感としてそんな感触があった。


 無花果さんは、本当に長門さんの思考をトレースできたのだろうか?


 だとしたら、長門さんは果たして、どんな死体になっているのだろうか?


 それを『作品』にすることはできるのか?


 ……不安しかない。


 やがて『巣』から戻ってきた無花果さんとみくるさんが他愛ない話で盛り上がっているのを聞きながら、僕は判然としない不気味な『なにか』にずっと脅かされているのだった。

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