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№4 サバイバル

 数分後、みくるさんはやっと『こっち側』に戻ってきた。まだオーバードーズの余韻があるのか、目は妙にぎらついたままだ。


 そんな目をして相変わらずへらへらとあいまいな笑みを浮かべながら、みくるさんは至極あっさりと本題に斬り込んでいく。


「そんでねえ、いなくなるのもある日突然だったなあ。急に見かけなくなってえ、LINEも既読つかないしい、インスタもTikTokも止まってるしい、あーね、これ死んだねってなったあ」


「そ、それで『死んだ』ってなるのは短絡的すぎませんか……?」


 そう、『死』があまりにもカジュアルに語られている。ひとがひとり死んだかもしれない、そんな話題が、回転寿司の百円寿司のように流れていくのは、あまりにも異様すぎた。


 もっと、なにか重要なプロセスや、理由があるはずだ。


 少なくとも、僕が対峙してきた『死』には、そういうものが少なからずあった。だからこそ無花果さんも死体を見つけ出すことができたし、『作品』を作ることができたのだ。


 そんなものが一切ないなんて、これは僕たちにとって徒手空拳以外の何物でもない。


 しかし、みくるさんはあっけらかんとして、


「ええ、そういうもんだよお? けっこうな割合で死んでるしい。立ちんぼでおぢと揉めたとか、パキりすぎてパキ死とか、ハズレガチャの親に見つかって殺されたとか、そんなんだよお。ウチらそういうとこで生きてるしい」


「いや、もっとこう、自殺とかのセンはないんですか?」


「うっはは! バカウケる! そんなんありえんしい!」


「どうしてそう言い切れるんですか?」


 断言するからには、みくるさんには確信があるはずだ。でないと、どうしても納得できない。


 僕は知らぬうちに、『死』に過程や理由を求めていた。


 だって、当たり前じゃないか。


 ひとひとりが死ぬなんて大それたことが、そんなに軽々しく語られていいはずがない。


 そんなのは、あんまりだ。救いがなさすぎる。


 無花果さんの『祈り』が、『呪い』が、入り込む余地がない。『創作活動』なんてできやしない。


 思いも歴史もなにもない、それは『死』ではなく、ただの『終わり』だ。楽譜の最後にちょこんと載っている、finマーク程度の意味合いしかない。


 そんなの、ごめんこうむる。


 僕の問いかけに、みくるさんは首をひねってうなりながら空を見つめ、


「んん、絶対ないとは言いきれないかあ、やっぱ。けどさあ、今どき自殺とかバズんないじゃん? 今のトレンドはさあ、サバイブっしょ。自分で死ぬとかもったいないこと、絶対しないしい。そんなん、生まれ損じゃん。生まれてきたからにはさあ、毎日面白おかしく生き抜きたいじゃん。ウチら、居場所がなくても生きてる友同士なんだよねえ」


 ……なるほど。


 その辺はトー横キッズなりの『プライド』というものがあるのだろう。意地、と言ってもいいかもしれない。


 どんどん高速化して、複雑化して、簡略化していく現代社会。みくるさんたちは、そこでサバイバルをしているのだ。


 食うか食われるかのサバンナみたいな現実と、自分たちなりに対峙している。大人からゴミ扱いされながらも、自分たちはここで生きているのだと主張している。


 意地でも生き延びてやると、必死こいて世界に抗っている。


 その点ばかりは、素直にすごいと思った。


 ただただ生きていたいという痛いくらいの『リアル』が、そこにはあった。当たり前で、けどかけがえのない『願い』だ。


 ……しかし、長門さんはいなくなってしまった。


 みくるさんの言う通りなら、自殺ではなく事故か他殺だ。売春の客とトラブルがあったのか、オーバードーズの副作用か、親元に連れ戻されたのか。


 いずれにせよ、バッドエンドには違いない。


 それも、死んだ方がマシなくらいの最悪の結末。


 想像してしまいそうになったので、僕は慌てて話題を変えた。


「……みくるさんは、どうしてここまでして長門さんの死体を探そうとしてるんですか?」


 気になった点を聞いてみると、みくるさんは軽く笑って、


「うっはは! だってさあ、ウチら仲間じゃん? 仲間が死んだんならさあ、死体くらい見つけてやりたいって思うじゃん? じゃないとみんな長門死んだってわかんないしい。けどカネねえからここ来たあ。死体見つけたらあ、とりまみんなで焼く? 葬式? 知らんけどお」


「…………ぎゃははははははははははははははははははははは!!」


 そんな言葉に、今までじっと黙っていた無花果さんが、とうとうこらえきれずに手を叩いて大爆笑した。そのうるささときたら、デスクにいる三笠木さんが眉をひそめるくらいだ。


 腹がよじれるほど笑い倒してから、無花果さんは目尻をぬぐいつつ、


「面白い! もんのすごい面白いね! 小生、君たちみたいなイカレ倒したクソガキどもに、俄然興味津々さ!」


「うっはは! でしょお? おねえさんわかってるねえ」


「うんうん! バカウケるとはこのことだね!」


 ……なにやら、良くない共感が成立しつつある。


 すっかりトー横カラーに染まってしまった無花果さんは、繰り返し満足げにうなずいて、


「だから、小生からもいろいろと質問させてもらうよ! 小生は君たちのことをもっとよく知りたいのだよ!」


「ええ、バカうれしいんすけどお。なんでも聞いてえ」


「おっけーなのだよ! がんがん問いかけをぶっぱなすからね! こころしてかかりたまえよ!」


 無花果さんは、このままいつもの『質問攻め』に入るつもりだ。


 しかし、初見でそんなわけのわからないものに遭遇してしまったら、きっとみくるさんとて驚くに違いない。最悪、依頼を取り消してしまうかもしれない。


 なので、僕は無花果さんを一旦『待て』の状態にしてから、みくるさんに念を押すことにした。


「これから、この探偵の無花果さんがいくつか質問をします。長門さんの死体を探すのにはまったく関係なさそうなことばかりだと思いますが、全部正直に答えてください」


 『モンスター』が思考をトレースする材料にする『質問攻め』。そんな不気味なものを目の前に差し出されて、それでもみくるさんはへらへらと笑っていた。


「わかったあ。正直が一番だよねえ。変な質問でもなんでもいいよお」


「ヨシキタ! 遠慮なくずかずかと土足で踏み込んじゃうぞ!」


「うっはは! マジおねえさんバカオモロイんすけどお」


「小生はいつだってオモロイ側のニンゲンなのだよ!」


 ……それは珍獣的な面白さだと思うのは、僕だけだろうか。


 みくるさんも無花果さんに共鳴するところがあるらしく、ひとまずのところは『質問攻め』にも答えてくれそうだ。ここまで度胸が据わっているのなら、ちょっとやそっとのことでは動じそうにない。


 ……やれやれ。


 いろいろと壮絶な話を聞かされたけど、ようやくこれで、死んだと思われる長門さんの死体のありかがわかる。少なくとも、思考のトレースはできる。


 果たして、今回はどんなトンデモ質問が飛び交うのだろうか?


 こればっかりは、いつまでたっても慣れることができない。さんざん探偵行に付き合ってきたけど、いつだってこの『質問攻め』は突拍子もないものだった。


 はたで聞いていて、ひやひやするのは毎回の恒例行事と化していた。


 今回もきっと、常人にはわからないようなとんでもない問いかけが投げられるのだろう。


 無花果さんと、みくるさん。


 ぎらぎらする目同士を付き合わせるふたりの間に挟まりながら、僕はこころがざわつくのを抑えきれずにいる。


 どうか、長門さんの思考が無事トレースできますように。


 あと、まずすぎる質問が飛んできたら止めるこころの準備もしておこう。


 密かにこころに決めながら、僕は最初の質問を待つのだった。

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