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№2 使者、あるいは刺客

 そんなありえないようでいてここに在る日常を何日か過ごしたあとの、ある日。


 テーブルを拭いていると、ふいに事務所の扉が開いた。


 宅急便でも郵便屋でも新聞屋でも八坂さんでもない。


 お客だ。


 顔を上げたところで、その容貌が目に飛び込んでくる。


 ……なんというか、イマドキの女の子だった。


 ピンクに染めた髪をツインテールに巻いていて、服装もまたピンクの甘ったるい系統だった。いわゆる『地雷系』というやつだろう、厚底靴のおかげでずいぶんと身長が底上げされているが、小柄な子だ。


 下着が見えそうな丈のスカートからは、リボンでごてごてに装飾されたニーハイソックスの足が伸びている。


 ……しかし、これは……はっきり言って、くさい。


 死臭とも、無花果さんのにおいとも違った意味でにおった。


 その原因は、おそらく片手に持ったストゼロロング缶だろう。ストローを突っ込んでごくごく飲んでいる。強烈な酒くささがたちまち事務所に立ち込めた。


 もちろん、バッチリメイクのその子は、あからさまに二十歳未満の見た目だった。下手をしなくても高校生くらいだ。


 ……遭遇したことのない人種を前にしてつい唖然としていると、女の子はだるそうに口を開いた。


「ここ? 死体探偵事務所」


「えっ……あっ、はい、そうですけど……依頼人の方ですか?」


 そうだ、依頼人ならば僕が話を聞かなければならない。たとえどんなにぶっ飛んだ相手だろうと、窓口になるのはいつだって僕なのだ。


 その応答に女の子は、ふうんと鼻を鳴らして、またストゼロのストローに口をつけてから、


「うん、依頼人。タダなんでしょ、ここ。ウチら金ねーからさあ」


「ええ、まあ……料金はいただいてませんけど……」


「じゃあ依頼するう」


「しっ、システムはご存知ですか?」


「うん、知ってるう。死体アートすんでしょ? うっは、バカイカれてるう」


 いやいやいや、待て。ちょっと待ってくれ。


 そこまで知ってて、なぜこんな終末世界のような探偵事務所に死体を探しに来たのか。


 事情もなにもわからない。なんなら、まだソファにすら座っていない。


 それなのに、そんな軽いノリで依頼することを決めてしまってもいいものか。


 僕が目を白黒させていると、女の子はヘラヘラ笑いながら、


「別にいいよう、死体なんてどうなっても。ウチ、ただダチ探してるだけだからあ」


「……そのお友達、死んでるんですか……?」


「うん、たぶん。どっかで死んでると思うしい、ここでいいっしょ。どうせ金ねーし」


 それにしたって、なにも話が見えてこないのに、この依頼受けてしまってもいいのだろうか?


 依頼するかどうか迷う依頼人は山ほど見てきた。


 けど、こっちが依頼を受けるかどうか迷うのは初めてのことだった。


 僕が戸惑っているうちに、女の子はがしがしとピンクのツインテールに爪を立ててかきむしり、


「っああ、きもちわる。ウチちょいパキるわあ」


 そう言って、女の子は引っ張ってきていたピンクのキャリーケースから大きなコンビニ袋を取り出した。


 中に入っていたのは、大量の錠剤だった。こんなに山ほどの薬は見たことがない。


 そして、女の子はその包装を震える手でむいては青くなった舌に乗せ、むいては乗せ、躊躇することなく次々と口に含んでいく。


 頬を薬でぱんぱんに膨らませて、それをストゼロで一気に喉に送り込んだ。


 ……なんだか、悪い夢を見ているような気分になった。


 どうやったらそんなに大量の薬をお酒で胃に送り込もうと思えるんだろうか。


「……っああ、パキったあ! 生き返るう!」


 女の子の目は一気にぎらぎらし始め、声のトーンが跳ね上がる。こころなしかそわそわしているようにも見えた。


 さすがの僕も合点がいった。


 これがウワサの『トー横キッズ』というやつか。たまに見るニュース番組で特集も組まれていた、新宿歌舞伎町のTOHOシネマの近所の広場に生息しているという、現代を生き抜く居場所のないワカモノたちのことだ。


 ……逆に言うと、そんなGoogle検索で出てくるような浅い知識しか持ち合わせていない。


 まったくの未知の生命体相手に、僕はしばらくフリーズしてしまっていた。


「おう、小生にお薬マウント取ろうってか!? こいつぁ負けちゃいられないでござる! ガチのやつキメてやんよ!」


「無花果さんは黙っててください話がややこしくなる予感しかしませんから」


 息継ぎなしで口早に告げると、無花果さんはふてくされたように黙ってソファに寝そべった。


 その隣に腰を下ろし、とりあえず名前から聞こうと、僕は女の子に向かいのソファをすすめた。


 スキップしそうな勢いでソファに、ぽすんと座った女の子に向かって、僕は本題に入る。


「そこまでわかってるなら、話は早いです。この事務所は一切料金を取らない、その代わり、見つけ出した死体を現代アートの素材として使わせてもらいます。いいですね?」


「うん、おけおけ」


 ……本当に、これでいいのだろうか?


 僕は今、悪魔の契約を突きつけられる立場をまた味わっている。


 このいまだかつてないヤバすぎる依頼人の探す死体なんて、絶対にロクでもないものだと断言できる。


 できるけど……


 そんなロクでもない死体で、一体どんな『作品』が出来上がるのか、見てみたい僕もいる。


 ぶっ飛んだ依頼人に、ぶっ飛んだ死体。


 そうなれば、もういつも以上にぶっ飛んだとんでもない『作品』ができるんじゃないか。


 『死体装飾家』・春原無花果を理解するものたちの最前線に立たされて、僕が考えたのはそんなことだった。


 ……結果、僕はまたしても悪魔にたましいを売る羽目になった。


「でしたら、早速契約書にサインを」


 三笠木さんが手渡してくれた契約書をテーブルに置いて、ボールペンを添える。


 しかし、女の子はボールペンに手を伸ばすことなくスマホのインカメラで前髪を整えながら、


「LINEで送ってよう、そうゆうのは」


「決まりですので。直筆でサインしてください」


「めんどお。バカほどイヤなんすけどお、親につけられた名前書くのお」


 その発言から、すでに『闇』が見え隠れしている。


 やっとスマホから目を離した女の子は、渋々ボールペンを手に取って契約書になんの変哲もない名前を書いた。


 ものすごく、字がきたない。


 なんとなく汚れた雑巾を扱うように契約書を指でつまみ上げ、キャビネットにしまう。


 これで、契約は成立した。


 成立してしまった。


「ああ、ウチ、そんな名前じゃないからあ。みくるって呼んでえ。ほら、『ハルヒ』のみくるちゃんいるじゃん? バカかわいいじゃん? おっぱいでけえしい。ウチめっちゃリスペクトしてるう」


「……わかりました、みくるさん」


「よおっし、自己紹介これで終わりい」


「終わらないでください」


「えー、なんでえ?」


「ですから、もっと詳しい話を聞かせてください」


「ダルう。めんどくさ。なんで大人ってそんなウチらの話聞こうとすんのお?」


 どうやら、19歳の僕も大人側の人間と見なされているらしい。


 ストゼロをすするみくるさんの認識を修正することもなく、僕はつとめて淡々と述べた。


「死体を探すには必要なことですから」


「ホントに死体みつかんのお?」


「実績はあります」


「ならいっかあ。金ねえし」


 結局はそこか。口癖のようにお金がないお金がないと言ってるけど、これはもしかしたら界隈共通の鳴き声かなにかなのだろうか。


「ともかく。そういうわけですから、詳しい話を聞かせてください」


 前途多難。


 そんな四文字熟語が脳裏をよぎる。


 それでも、僕が話を聞かなければならないのだ。ほかの連中に任せていたら余計に話がこじれる。


 なにか大切なものをあきらめてしまったような気になりながら、僕はみくるさんから詳細な事情を聞き出すのだった。

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