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Grave Dancers ! ~死体装飾家の修辞学~  作者: エノウ アカシ
第10章 The Sickness Unto Life
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閑話5

 ある日、僕はいつも通り小鳥くんが宇宙服を脱ぐのを手伝っていた。


 こうして宇宙服を来て外の世界に飛び出して、『暴露療法』も奏功しつつある。あのときだって、とんこつラーメンのエキスが入った水をむせながらでも飲めたのだ。


 一歩ずつ、着実に。


 小鳥くんは、外の世界に受け入れられ、外の世界を受け入れようとしている。


 『保護者』として、こんなにうれしいことはない。


 実の親同然の所長から直々にお願いされたのだから、僕だってやっぱり気負うところはあった。もしかしたら、小鳥くん本人以上に『うまくいかなかったらどうしよう』と不安に思っていたかもしれない。


 けど、それは杞憂だった。


 そもそも、そういう不安を抱くこと自体、小鳥くんに対して失礼だった。


 僕も『保護者』としてはまだまだだ。


「……ねえ、まひろ」


 宇宙服を脱ぎ終えた小鳥くんが、ふと小さな声をかけてくる。当然ながら、宇宙服の下は全裸だった。


「なんですか、小鳥くん?」


 宇宙服を専用のロッカーにしまいながら、僕はなにげなく応じた。


「……まひろは、『精通』ってしてる?」


 思わず吹き出しそうになった。


 ……無花果さんが余計な質問なんてしたからだ。この落とし前はどうつけてもらおうか。


 そんなことを考えながら、僕は宇宙服のロッカーの扉を閉め、


「そりゃあ、してますよ。19ですからね」


「……小鳥も19、なのに……」


 同い年の小鳥くんは、しゅんとしてうつむいてしまった。どうやら、まだ精通が来ていないことが新しいコンプレックスになっているようだ。


 今まで比較する他者が存在していなかった小鳥くんが、ひとに比べて自分は、というコンプレックスをいだくこと、それ自体が進歩だ。


 だからこそ、僕は真面目な顔でカプセルに腰掛ける全裸の小鳥くんと向き合うようにしゃがみこみ、


「精通なんて、いつでもいいんですよ。早いからえらいってこともないし、遅いからかっこ悪いなんてこともありませんよ」


「……けど……小鳥は『精通』したい……どうやったら、できる?」


「どう、って……性的に興奮したり、外部から刺激されたら自然にできますけど……」


「……うん、知識としては、ある……まひろは、自分で『する』やり方、知ってる?」


「ええ、まあ。一応成人男子ですからね」


 童貞のソロプレイ、別に隠すことでも恥じることでも誇ることでもない。


 正直に告げると、小鳥くんは少し身を乗り出して、


「……じゃあ、小鳥にも教えて、やり方」


「……それは……」


 さすがに僕も躊躇した。


 小鳥くんは、あらゆる感覚が敏感になっている。五感はもちろんのこと、おそらくは性感も普通のニンゲンよりもずっと鋭敏だろう。


 そんな小鳥くんにいきなり自慰なんてさせたら、とんでもないことになりかねない。それくらい、射精なんてものはキツい刺激だ。


 僕が逡巡していると、小鳥くんはさらに言葉を重ねた。


「……小鳥は、ちゃんとこのからだで、外の世界に『こんにちは』したい……からだごと繋がって、ニンゲンに、イキモノに、なりたい」


「……小鳥くん……」


「……だから、触り方を教えて、まひろ……まひろだけなの、小鳥が教えてもらいたいのは」


 そこまで言われたら、拒絶はできない。


 それに、小鳥くんがそんな風に思っていたのは初耳だった。


 性的な行為は、ニンゲンとして、動物として世界と繋がる行為だ。いのちの発露だ。


 無花果さんと三笠木さんの『調律』しかり、小鳥くんをちゃんとニンゲンとして引き止めておくには、そういうことが必要なのかもしれない。


 ひとつのいのちとして世界と向き合うとは、そういうことだ。


「……わかりました」


 それだけ言うと、僕は膝の上に小鳥くんを乗せるようにカプセルに座った。膝の上の小鳥くんは、かすかに震えている。不安からだろうか、興奮からだろうか。手には、僕があげたノイズキャンセリングイヤホンのケースがかたく握られていた。


「……少し、触りますね」


 暗がりの中で、僕は小鳥くんの中心部へと手を伸ばした。そして、覆うように軽く握る。


 たったそれだけのことだった。


 しかし、小鳥くんにとっては『それだけ』では済まないことだった。


 その瞬間、小鳥くんの高ぶりから白濁が吹き出し、手を汚す。膝の上のからだは、ぴーん、と張り詰めてから糸が切れたマリオネットのようにちからを失った。


「小鳥くん!?」


 初めての射精の感覚は、やっぱり強すぎる刺激だった。吐精した小鳥くんは、その衝撃で気を失ってしまったのだ。


 慌てて声をかけて助け起こすと、しばらくしてから小鳥くんは意識を回復させた。


「……ごめん、まひろ……びっくりして……」


「いいんですよ。ちょっと刺激が強すぎたんです」


 小鳥くんの性感は、一体普通のニンゲンの何千倍なのだろうか。ほんの少し触れただけで即座に出して、気絶までするなんて。


「やっぱり、やめておいた方がよかったですね……驚かせちゃって、ごめんなさい」


「……ううん、違うの……小鳥、今までこんなの知らなくて……それで、びっくりしちゃって……」


 頬をうっすらとほてらせ、息を弾ませる小鳥くんは、とろんとした眼差しで僕を振り返った。そして、熱っぽく語る。


「……すごい……こんな風に、頭が真っ白になるんだ……電気が走ったみたいだった……頭が、ぽわんってする……これって、気持ちいい、ってことなのかな……?」


 性感というものは、快にも不快にもなる。ある程度慣れたニンゲンなら、それを快楽ととらえられるけど、初めて精通した小鳥くんにとって、もしかしたらそれは不快だったのかもしれない。


 しかし、その不快すらも、小鳥くんは受け入れてしまった。すごい、すごいとしきりにつぶやき、ぼんやりとしながらも熱に浮かされている。


「……これで、このからだも世界に『こんにちは』できた……もっともっと、世界になじんでいきたい……小鳥は、これからこうやってまた、触ってみる……」


 それはマズい。


 さっきあんなに激しい反応を見せて、気絶までしたのだ。いくらからだを慣れさせていく過程だとしても、一足飛びに進みすぎた。もっと段階を踏むべきだった。


 しかし、小鳥くんは自慰を覚えてしまった。僕も覚えたてのころは夢中になったものだ。きっと、小鳥くんも同じ道をたどることだろう。


 それに、小鳥くんには『世界にからだを慣らす』『暴露療法』という名目がある。無闇に止めるのも、『保護者』としてはいかがなものかといったところだ。


 考えた末、僕は折衷案を出すことにした。


「小鳥くん。交換日記をしましょう」


「……こうかんにっき……?」


 僕の言葉に、小鳥くんはきょとんとした。


「はい。お互い、『した』ら記録して、毎日ノートを交換するんです。出したら必ず記録すること。そのときなにを考えたのか、どう感じたのか、ちゃんと交換日記に書いて、お互い報告し合うこと。いいですか?」


 要は、射精管理だ。自慰行為に溺れないためのストッパー。それが、僕と小鳥くんの『相互射精管理交換日記』だった。


 小鳥くんはあまりよく考えられない様子でうなずき、


「……わかった……まひろと、交換日記、する……」


 小さくつぶやいて、くてん、と僕にもたれかかってしまった。


 ……これで、なんとかセーブできればいいんだけどな……


 ぎりぎりを維持しつつ、小鳥くんが望むように、世界と触れ合う。『暴露療法』の一環としての交換日記だ。


 なにも僕まで射精管理されることもないかもしれないけど、あくまで不公平にならないように、僕も記録を取ることにした。こうすればいいんだよ、とノートで小鳥くんに伝えることもできるし、一石二鳥だ。


 ……そう、これはあくまでも『暴露療法』の一環だ。


 やましいところは一切ない……はずなのに。


 ……なんだか、とてもイケナイことをしている気分になった。


「……小鳥は、なんだかとっても眠たくなってきた……」


「『賢者タイム』ってやつですね。そういうときは、寝ちゃえばいいんです」


「……じゃあ、寝る……あと、ごめん、まひろのきれいな手、汚れちゃった……」


「小鳥くんの出したものです、なにも汚いことなんてないですよ」


「……たぶん、まひろのも、汚くないと思う……」


 さすがに小鳥くんの前で僕が射精するようなことはない……と、思いたい。


 けど、万が一『実践』して見せなければいけないことになったら、そのときはためらってはいけない。


 小鳥くんがからだをさらけ出したように、僕もこの肉体を暴露しよう。


「……おやすみ、まひろ……」


「おやすみなさい、小鳥くん」


 カプセルに潜り込んで、小鳥くんは早速寝息を立て始めた。


 その白い髪をするりとひとなですると、僕は苦笑しながら『巣』を後にするのだった。

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― 新着の感想 ―
い・・・一線越えやがった。 ええっと。僕は男性だ。驚きしかなかった。 これを読んだ女性(もしくはBLショタ好きの人)はどう思うのだろうか。 きっと俺の知り合いは尊いと思うのだろうな。 高橋李依さんだっ…
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