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Grave Dancers ! ~死体装飾家の修辞学~  作者: エノウエアカシ
第10章 The Sickness Unto Life
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№13 とんこつラーメン追加1

 しばらく恒例のとんこつラーメンの出前を待っていると、いつの間にかソファの対面に白鷺百合恵が腰を下ろした。まだ帰っていなかったらしい。


 舞台メイクをさっぱり落とした白鷺百合恵は、ホワイトボードになにかしら書くと僕にみせてくる。


『ずいぶんにぎやかなところですね』


「ええ、まあ……やかましさに関しては折り紙つきなんで」


『探偵事務所だとはうかがってたんですけど、こんな場所だったなんて』


「そりゃあそうですよね、こんな魔窟みたいな場所」


『先に手紙を送っておいて良かったです。私ひとりじゃ来られなかったでしょうから』


「白鷺さんは有名人ですもんね」


『やめてください。今はただのおばあちゃんですよ』


 そう書き記すと、白鷺百合恵は困ったように笑った。目尻に笑いじわが目立つ。きっと、今までの人生たくさん笑ってきたのだろう。


 それが、自殺しようとして、止められて、ぶん殴られて、引きずり出されて、装飾されて、歌わされて……『希望』を与えられた。


 声を失ってもなお、生き続けろという『希望』を。


 『人間賛歌』はときに残酷だ。


 『死』でしか救われないニンゲンにすら、『生きろ』というメッセージを叩きつけるのだから。


 決して終わらせてはくれない。


 引きずってでも『生』へと繋げる、そんな残酷な『人間賛歌』。


「……これで、よかったんですか?」


 ふと僕が問いかけると、白鷺百合恵はなにも書かずににっこりと笑った。


 ……そんな、ニンゲンの顔なんてして。


 白鷺百合恵は、声を失ったことで彼岸から此岸へと引き戻された。『モンスター』からニンゲンに戻ったのだ。


 そうしているうちに、とんこつラーメンの出前がやって来た。今回は六人前、注文されている。


 ……そういえば、小鳥くんはどうするんだろう? とんこつラーメンが食べられないことはわかったから、ひとつ余計な気がする。


 それでも、みんなといっしょにラーメンを囲みたいと願った結果がこれなのだろう。だったら、『保護者』として見守らなければならない。


 僕は『巣』にいる宇宙服の小鳥くんを呼びに行き、みんなの前にとんこつラーメンを配膳した。もちろん、小鳥くんの前にも。白鷺百合恵の前にも。


 全員がそろったところで、いつものように所長が音頭を取った。


「はーい、みんなー、今回もお疲れ様ー。ちょっとイレギュラーな依頼だったけど、ちゃんとこなしてくれてうれしいよー」


「所長が煽り倒してくれた結果だけどね!」


「あははー、ナンノコトヤラ。いいじゃなーい、今回はだれも死ななかったんだからさー。ほら、ハッピーエンド?」


「白鷺さんの自殺を阻止し、『創作活動』もまた成遂した。すばらしい結果だと私は考えます」


「てめえの出る幕はなかったけどな!」


「私の役目が果たされるとき、それは非常事態です。問題ありません」


「スカしやがって! 少しは悔しがれオラオラン!」


「まあまあー。とにかく、今回は珍しく平穏無事だったってことでさー。小鳥くんもこうして外に出てきてくれたんだしー、とんこつラーメン食べようよー」


「わあい! 小生お待ちかねだったよ! 食べよ食べよ!」


「はい、それじゃあみんなー、手を合わせてー」


『いただきます』


 そして、みんなで箸を割って猛然ととんこつラーメンをかっこみ始める。


 白鷺百合恵はおずおずと麺をすすり、何度かまばたきを繰り返し、それからホワイトボードに一言書いた。


『おいしい。びっくりしました』


「そうだろうそうだろう! たまらない美味だろう! っかー、染みるねえ!」


『けど、おばあちゃんにはちょっと胃もたれしそう』


「あははー、大丈夫ー。胃薬ならあるからさー」


「この事務所に胃をやられるひとなんているんですか?」


「いないねー。依頼人用だよー。けっこう活躍してるんだよ?」


 ……イヤな話を聞いてしまった。


 山盛りのチャーシューを噛み締めていると、小鳥くんの姿が目に入った。当然ラーメンには手をつけていない。


 しかし、スープをスポイトで一滴だけ吸うと、小鳥くんは精製された飲料水の中に落とした。


 少しむせながらだけど、小鳥くんはとんこつラーメンのエッセンスがほんのわずかに入った水を飲んでいる。


 『暴露療法』は、こうして進んでいく。


 この分だと、その宇宙服を脱げる日もいつか来るかもしれない。『保護者』として、こんなにうれしいことはない。


 そうしている間にも、いつもの口喧嘩が始まる。


「だいたいさあ、所長はやり方がエグいんだよ! もう魔王だよ魔王!」


「えー、僕そんな悪いことしたー?」


「ほらほら! そうやってしれっとしてさ! もうね、小生終始所長の手のひらで転がされた気分だよ! 気に食わねえ!」


「しかし、あなたは再三所長からの忠告を無視しています。それは懸命ではありません。それは愚かです」


「るっせ! 湯気でメガネ曇らせてるやつに言われたかねえぜ! 知ってるんだぞ、てめえの弱点メガネだってな!」


「その通りですが、問題ありません。常にスペアを携帯しています」


「おっし、じゃあ今あるメガネはかち割ってもいいってことだな!? グーパンで一撃決めてやんよ!」


『でも、春原さん、私を殴ったときに手首を痛めてましたよね。大丈夫ですか?』


「あははー、ウケるー。無花果ちゃんの方がダメージ食らってたのー? 虚弱児のくせに無理するからー」


「小生、虚弱なんかじゃないもん! 元気百倍だもん!」


「無花果さん、喘息持ちでしたよね?」


「そしてかつて性病に罹患していました」


「それはそれ! これはこれ!」


「ところで白鷺さん、これからどうするつもりですか?」


『そうですね、頭もきれいに丸めてもらったことだし、仏門にでも入ろうかと思っています』


「ほうほう、ガチ尼になるのかい!」


『ええ、仏教については以前から興味がありましたし。いい機会ですから、余生はお寺で過ごそうかと』


「いいですね。下手に俗世で生きるより白鷺さんらしいです」


「あなたも少しは見習うべきです。煩悩を捨ててください」


「小生から煩悩取ったら、きれいな無花果さんしか残らないよ!?」


「それは問題です。なぜなら、汚物の春原さんでなければ、あの『作品』は作れませんから」


「だよねー。きれいないちじくちゃんなんていちじくちゃんじゃないよねー」


「……小鳥は、ちょっと見てみたいかも……」


「ああ、小鳥くん! 君だけは小生の味方だよ! ういやつういやつ!」


「……そうすれば、たぶん、くさくなくなるから……」


「それ、実質今現在くさいってけなしてるようなもんだからね!?」


「あははー、手のひら返しされてやんのー」


「あなたはせめて三日に一回は入浴すべきです」


「うるせー! 小生はマイメロちゃんだから濡れると死ぬっつってんだろ!」


「その意味不明な論証は成立しません」


「さすがに、三日に一回くらいは入りましょうよ」


「やだ! めんどっちい!」


「だからあなたはくさいです」


「くさいって言ったな!? おーし、いい度胸だ、今すぐそのメガネ叩き割ってやる!」


 いつものにぎやかな食卓は、新たなメンバーひとりと、客人ひとりを迎えて、余計に騒がしくなっている。


 小鳥くんも、おずおずと会話の輪の中に入ってきてるし、手付かずのラーメンの湯気の向こうでとんこつ風味の水を飲みながら満足そうだ。


 白鷺百合恵は、尼寺に行ってニンゲンというものを学び直すだろう。


 ……これってもしかして、正真正銘のハッピーエンドじゃないか?


 生きるべきものが生きた。


 白鷺百合恵だけじゃない、小鳥くんも、無花果さんも、僕もだ。この事務所らしくもない、めでたしめでたし。


 少しのくすぐったさを感じながら苦笑いして、僕はとんこつラーメンのスープを飲み干すのだった。

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