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Grave Dancers ! ~死体装飾家の修辞学~  作者: エノウエアカシ
第10章 The Sickness Unto Life
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№7 インタビュー

「……つかれた……」


 無花果さんがぽつりとため息をついた。


「いや、正しくは『集中しすぎた』、か……ともかく、『うた』にこんなに聞き入ったのは久しぶりだよ!」


「そうですね、すごい歌手だってことはよくわかりました」


 僕も同意見で、どっと疲れが出てくる。白鷺百合恵の歌手人生のディスコグラフィを逆再生することは、それくらい精神を揺さぶった。


 鼓膜がまだ震えているような気がする。残響さえも『うた』の一部になっていた。あとを引き、ずっとこころにわだかまり続ける。この『うた』を聞いたものは、生涯白鷺百合恵の歌声を忘れることはないだろう。


 だれかのこころに爪痕を残す。


 そんな偉業を成し遂げた『うた』だった。


 ……そんな歌声も、もう聞くことは叶わないのだけど。


「これで、白鷺百合恵がどんな歌手だったかはすっかりわかったね!」


「歌手としての白鷺さんはわかりましたけど、現実問題はクリアできてませんよ」


「今、どこで死のうとしているのか、そこだねえ! いやはや、そればっかりはスパコンのAI頼みにはできないよねえ!」


「どうするんですか?」


 僕の問いかけに、無花果さんは、ふふんと胸を張って、


「聞き込みだよ! 牛乳とアンパンを用意したまえ!」


「いちじくちゃーん、それは張り込みだよー」


「そうだった! ともかく、実際に白鷺百合恵を知っている人物に、手当り次第インタビューだ! なあに、ちょっと所長の伝手をチラつかせれば、関係者はすぐに話してくれるはずさ!」


「ひとをヤバいスジの方々みたいに言わないでねー。まあいいけどー。とりあえず、音楽関係の知り合いにアポ取ってみるねー」


「ヨシキタ! アッポォを取って取って取りまくるんだ、所長! ってことで、早速聞き込みに行くよ、まひろくん!」


「わかりました」


「……小鳥は、もうちょっと深くまでネットに潜ってみる……気を付けてね、まひろ、無花果……」


 ということで、僕と無花果さんは白鷺百合恵の関係者に話を聞きに行くことになった。軽トラのキーを手にすると、急かす無花果さんを追うようにしてボロ雑居ビルを飛び出す。


 逐一スマホをチェックして、所長の進捗を確認する無花果さん。どうやら、まずは元マネージャーに話を聞けるらしい。


 僕は、無花果さんを乗せてとある芸能事務所まで軽トラを飛ばした。




『……白鷺、ですか……僕がマネージャーをしていたのは、ちょうどキャリアの中期の頃でしたね。とにかく忙しかったのを覚えています。あっちこっちのホールから声がかかって、さばききれないほどだった。たしかに、一部の批評家からはこき下ろされてましたよ。『こんなものは全然不完全だ』って。けど、それも白鷺の味だったんですよね。その歌声は、不完全すらも自分のものにするパワーがあった。もうちからわざで聞き手をねじ伏せてましたね。間違いなく、歌手としては全盛期でした。ノリにノってました。海外公演の話もたくさん来てて、世界中飛び回ってましたし。それでも、白鷺は決していい気になったりはしなかった。もっともっと、そんな風に貪欲に歌声を研ぎ澄ませていったんです。見ていてひやひやしましたよ。このひとは、どこまで行くんだろうって。手の届かない『うた』の高みに行ってしまうんじゃないかって。僕は、それがこわくてマネージャーを降りました。だって、こわいじゃないですか。そんなの、『うた』の神様ですよ。もう、人間じゃない。白鷺百合恵は、ニンゲンをやめて『うた』になろうとしてたんですよ』




 元マネージャーの次は、元恋人に話を聞きに行く。




『ああ、百合恵ね。たしかに、恋人だった。公演にはいつも必ずついていったよ……もちろん、あの最後のステージにも……正直、見てられなかった。けど、目を離せなかった。あれはね、遺言みたいなものだった。百合恵は、言葉にできないその遺言を『うた』として残した。とても不器用なひとだったんだよ。愛情表現だって、いつもわかりにくかった。それでも、ときおり聞かせてくれるんだよ、『あなたにだけ歌うわ』って。光栄すぎてからだが震えたね。あんなすごい『うた』を独り占めできるんだから。別に『うた』と付き合ってたわけじゃないけど、百合恵の一部としての『うた』を愛してた。朝、目覚めたベッドで聞くんだ、トーストを焼いてコーヒーを入れながらハミングする百合恵の声。この世のしあわせって、ああいうことを言うんだろうね。だからこそ、歌えなくなった百合恵は、とても見ていられなかった……見ているこっちがもたなかった。だから、別れたんだ。このままじゃこっちまでやられるってね。要するに、逃げたんだ。不器用な百合恵は追ってこなかった。きっと追ってきてほしいと思ってただろうに、『そうね』って、そっけなく……』




 その次は、とある音楽評論家の老人だ。




『白鷺百合恵。もちろん、知ってるさ。僕も白鷺の歌声に鼓膜をぶっ叩かれたひとりだからね。一曲聞いてからすぐに、むさぼるように過去の音源をあさったものさ。たしかに、全盛期の歌声には圧倒されたよ。けど、どうしても物足りなかった。贅肉となる音がまだ残ってたんだよ。それがどうだ、晩年の白鷺百合恵ときたら。あんなもの聞いたら、他の楽曲なんてノイズにしか聞こえなくなってしまう。完全に無駄を削ぎ落とした、彼岸の音だった。もうあれは、この世のものじゃない。言ってしまえば、歌手として解脱したんだよ、白鷺は。尼僧になったんだ。声は衰えてた。それは認める。全盛期ほどのちからはない、年寄りの歌声だ。けど、歌手としての完成形をまざまざと見せつけられた気分になった。白鷺百合恵は、歌手として彼岸に渡ったんだよ』




 最後に、海外のプロモーターとビデオ通話ができた。




『ユリエ、ユリエね。もちろん覚えてるさ。あんな神様みたいな歌手、もう二度とこの世には現れないだろうね。私はシャンソンの本場の人間だけど、日本人があんなふうに歌うとは思わなかった。もちろん、シャンソンの教科書通り、って意味じゃない。日本人なりのワビサビっていうのかな、そういうものを取り入れた解釈が感じられたね。ユリエはシャンソンとワビサビのハイブリッドだ。あの『うた』はユリエにしか歌えない。唯一無二っていうなら、ユリエがそうだ。観衆も、最初は戸惑ってたよ。自分たちが思ってたシャンソンと違う、ってね。けど、たしかに強烈に惹かれた。だれもが『神様!』ってこころの中で十字を切ったろうね。ジャンルの壁なんて、ユリエは軽々と飛び越えてしまったんだ。あんなのはシャンソンなんかじゃないのかもしれない。けど、かけがえのない『うた』であることはわかった。逆に言えば、それ以外はなにもわからなかった。一切言語化できないんだ。すばらしい、なんて陳腐な言葉じゃとても追いつかない。ユリエを評価するなら、世界にもうひとつ、新しい言語体系が必要になるだろうね。エイリアンなら、もしかしたら適切な言葉を持ってるかもしれないけど。そう、エイリアンだってとりこにしてしまう、ユリエはジャンルだけじゃなくて、世界の壁さえとっぱらってしまったんだ』


 ……関係者は、口々にそんなことを言っていた。


 あちこちインタビューに飛び回った僕と無花果さんは、事務所に帰ってくるころには、すっかり白鷺百合恵という歌い手の輪郭をつかんでいた。


 現実には見たことのない歌手、白鷺百合恵。


 そんな人物が、僕にとっては長年慣れ親しんだ戦友のように感じられたのだった。

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