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Grave Dancers ! ~死体装飾家の修辞学~  作者: エノウエアカシ
第10章 The Sickness Unto Life
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№5 筆跡鑑定

 ……それにしても、だ。


「けど、手がかりはなにもありませんよ? 今回は思考のトレースも使えないわけですし、完全に徒手空拳です」


 盛り上がっているところ水を差すようで悪いけど、僕はおずおずと口を開いた。


 そう、死にそうになっている歌手、ということ以外はなにもわからない。男か女かさえも。そんな相手の自殺を止めるだなんて、どうすればできるのだろうか?


 その疑問に、所長がノリノリで自撮り棒を示して見せ、


「また視聴者のみなさまに参加してもらうー? 『祭』再び、ってさー。ねー、みなさまー?」


 たぶん、画面の向こう側では視聴者たちが『待ってました』とばかりにざわめいているんだろう。けど、僕は即座にそれを却下した。


「それはやめましょう。いい加減学習してくださいよ」


 『模倣犯』のときのようになってしまったら最悪だ。八坂さんが今度こそブチギレること請け合いだ。


 つくづく懲りないな、このダメ中年、と思った。


 当の本人はくちびるを尖らせつつ、


「それにしたって、手がかりがないんだもーん。ここはひとつ、有識者に当たって……」


「なんだいなんだい! 手がかりなら今まさにここにあるじゃないか! 小生が握りつぶしちゃったけど!」


 そう言って、無花果さんはみずからの手でぐしゃぐしゃにした手紙をいそいそと広げて見せてきた。


 ……たしかに、今のところこれが唯一の手がかりだ。


 年齢性別居所、すべてが不明の『カナリア』に繋がる、たったひとつの鍵はこれしかない。


 けど、僕たちはこれまでだって、無謀とも思えるような探偵行をこなしてきた。そのたびに、探偵・春原無花果のすさまじさに驚かされてきたじゃないか。


 今回も、きっと無花果さんは見つけ出すだろう。


 SOSだけを残して消えた、鳴けない『カナリア』を。


 見つけ出して、またとんでもない『作品』に仕立て上げるに違いない。


 ぜひともそれを『記録』したい。そんな期待が、僕の中にむくむくと湧き上がってきた。


 無花果さんは、がばっと小鳥くんの宇宙服に抱きついて頬ずりしながら、


「そのためには、例によって君のちからが必要だよ、小鳥くぅん! できるかい?」


「……小鳥にできることなら、なんでもする……」


「よーしよし、とってもいい子だ! そしてかわいいねえ!」


 水を向けられた小鳥くんが真剣な顔で答えると、無花果さんは宇宙服のヘルメットを撫でくりまわした。小鳥くんはちょっとうるさそうにしている。


「……小鳥は、なにをすればいい?」


 それでも健気に問いかける小鳥くんに、無花果さんは、ずいと手紙の文面を突きつけた。正確には、その達筆な文字列を。


「なあに、簡単なことさ! その宇宙服にも搭載されているのだろう、簡易版スパコンが! どこかの人工無能と違って、その超優秀なAIで手紙の筆跡を解析すれば、一発でどかーん!とわかるさ!」


 どこかの、と言っておきながら、無花果さんは思いっきり三笠木さんを指さしてせせら笑っている。いつものように、三笠木さんは意に介した様子もなくメガネの位置を直しているけど。


 ……なるほど、やっと外に出てきた小鳥くんに本領発揮してもらおうということか。


 今までは『巣』に閉じこもって正確な意思疎通も難しかったけど、もう外に出てきたのだから、無花果さんの注文もより詳しく聞くことができる。単にネットの海に尋ねるだけでなく、スパコンの能力を最大限に引き出して、少ない手がかりから可能な限りの情報を拾うことができる。


 宇宙服を着た小鳥くんは、いわば歩くデータバンクだ。そこにスパコンのAIが加われば、たったひとつの手がかりからでもいくつものことがわかるだろう。


 それが、小鳥くんの役割だ。


「早速頼むよ、小鳥くん!」


「……がってん」


 無花果さんの言葉をマネてみたのだろうか、小さくそう言うと、手紙を受け取った小鳥くんはその筆跡を敏感すぎる視覚に情報として入力し始めた。


 そして、脳波によってスパコンを動かし、解析する。


 ……ほんの数十秒、待っただろうか。


 膨大なデータを処理し終えて、脳に直接情報を受け取った小鳥くんは、手紙をデスクにそっと置いて、


「……白鷺、百合恵……」


 ぽそり、とその名をつぶやいた。


「……今年58歳の、ベテランシャンソン歌手……数年前に引退してる……そのひとのサインが、この筆跡と一致してた……」


 筆跡鑑定までおこなえるとは、簡易版とはいえさすがはスパコンだ。変態の巣窟京大の技術の粋を凝らしただけのことはある。もしかして、小鳥くんひとりいれば事足りてしまうのではないか……?


 とは思ったけど、現実にはそううまくいかないらしい。


 結果に満足したらしい無花果さんは満面の笑みを浮かべて、


「サンガッツやで小鳥くん! ふむふむ、たしかに『カナリア』だ! 鳴けなくなった経緯はわかるかい?」


「……公表はされてないけど、病院のカルテには声帯のガンだって……全摘出、ってデータがある……それから先は、わからない……活動休止してて、目撃情報もゼロ……戸籍の住所ももぬけの殻……」


 申し訳なさそうにしゅんとする小鳥くんを、ぐりぐりなでくり倒しながら、無花果さんは太鼓判を押す。


「それだけわかれば十二分さ! なるほど、たしかに鳴けない『カナリア』だ! 声を奪われ年老いた、隠居の元シャンソン歌手……いいねいいね! ノってきたよ!」


 シャンソンというよりはヘヴィメタルなノリで、無花果さんが弾んだ声を上げる。


 そんな暴走しがちな暴れ馬のブレーキ役が僕だ。咄嗟に声をかける。


「でも、消息がわからないんですよね? 今どこにいるのかがわからないんじゃ……」


 自殺を止めようがない。これはあくまでもデータ上わかったことであって、リアルはまた別の場所にあるのだから。それが、小鳥くんの能力の限界でもあった。


 しかし、無花果さんにひるんだ様子はない。ぱちん、と指を鳴らすと、ゴキゲンで告げる。


「ならば、追おうじゃないか! ベテランシャンソン歌手、白鷺百合恵のたましいのディスコグラフィをね!」


「……そのこころは?」


「ああもう、やっぱり君ってばつまんない男だね! 小生、せっかくカッコつけたのに!……要するに、白鷺百合恵の『表現』をさかのぼろうって話だよ! どんな歌を歌ってきたのか、どんなキャリアを積んできたのか、どんなひとたちと関わってきたのか……そこに、現在の白鷺百合恵にたどりつく鍵があるはずだ!」


 つまりは、筆跡鑑定と同じように、『カナリア』の歌声から現在に至るまでを解析しようというのだ。


 たしかに、それはたましいのディスコグラフィだ。


 歌手としての白鷺百合恵を探すための旅路には、その『表現』を紐解いていくのがふさわしい。


 果たして、元ベテランシャンソン歌手の音楽人生とはどんなものだったのか?


 それは、同じ『表現者』である僕も気になるところだった。人生のすべてを『表現』に捧げてきた女性の、歌によって奏でられる履歴書。万の言葉を費やすよりも、そっちの方が断然こころに響くし、わかりやすい。


「さあ小鳥くん、頼んだよ!」


「……がってん」


 無花果さんの意図を汲んで、すぐにあらゆる音源をかき集め始める小鳥くん。ネットの隅に落ちているようなものから、レア中のレア音源まで、余すところなく見たこともない歌手・白鷺百合恵の歌い手としての軌跡があらわになっていく。


 『カナリア』が歌ってきたもの。たましいの旅路。人生の年輪。


 そんなものが、徐々に音という輪郭となって、僕たちの元に届けられる。


 僕たちは、その歌声の変遷に耳を澄ませて聞き入るのだった。

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