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Grave Dancers ! ~死体装飾家の修辞学~  作者: エノウエアカシ
第10章 The Sickness Unto Life
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№4 探偵のなだめすかし方

「うーん、困ったなー。うちは死体専門の探偵事務所だってのにさー。わざわざこんな分かりやすい手紙送ってきちゃって、どういうつもりなんだろうねー?」


 ちらちらと無花果さんの方を見ながら、全然困ってない風に所長がつぶやいた。


「ホントに困った困ったー。だってさー、さすがに『半分死んでる死体』なんて、いちじくちゃん、装飾できないよねー?」


 ……これ、明らかにあおっている。にこやかなままの所長は、無花果さんのことを挑発しているのだ。


 『やれるもんならやってみろ』、と。


 『できないなら所詮その程度だ』と。


 ぴくり、と無花果さんの頬が動いた。


 ……効いてる……?


 それにならうように、宇宙服の小鳥くんが続いた。


「……歌えなくなるのは、かわいそう……小鳥も、歌えなくなったら、きっとかなしい……声がなくなったら、とってもさみしい……」


 しゅんとヘルメットの頭をうつむかせて、小鳥くんは素直な思いを語った。


「……小鳥は、助けてあげたい……歌えなくなっても、別の方法があるって、教えてあげたい……死ななくていいんだよって、言ってあげたい……」


「だよねー、ことりちゃーん。とってもかわいそうだよねー。『表現』ができなくなって死ぬなんて、まるでどこかの『かわいそう』なだれかさんみたいだよねー」


 ぴくっ、ぴくっ、と無花果さんの表情筋が痙攣する。


 『模倣犯』の一件でもわかったけど、所長は一流のアジテーターだ。それがたとえ無花果さんであったとしても、ひとひとりのこころを動かすことなど朝飯前だろう。造作もない。赤子の手をひねるようなもの、とはこのことだ。


 煽動者たる所長は、今度は三笠木さんの方をチラ見する。その目は、『やれ』と命令していた。


 その意図をを汲んでか、三笠木さんはあきれたようにため息をひとつつくと、


「それが生者であれ死者であれ、私たちが探すことにデメリットはありません。生者であるならば、自殺を止めることができます。死者であれば、素材が手に入ります。よって、私たちが探さないという選択をする理由は、今のところありません」


「だってさー。そうだよねー、得することはあっても、損することなんてこれっぽっちもないよねー。まあ、美学を優先するなら見殺しにするって選択肢もあるかもしれないけどさー。ひとひとりのいのちと美学、天秤にかけてどっちに傾くかって話だよねー」


 ぴくっ、ぴくっ、ぴくっ。


 ……だんだんと、無花果さんの表情がいびつになっていく……。


 『意地を張ってひとのいのちを見捨てるつもりか』と、所長は言外に言っているのだ。それも、最高の煽り口調で。『それでいいのか』と。


 芸術家としてのプライド、感情論、損得勘定……そのすべての逃げ道を封鎖して、アジテーターは確実に無花果さんの理由を切り捨てていく。もはや、無花果さんの選択肢などあってないようなものだ。


 ……正直、ちょっと無花果さんがかわいそうになってきた……


 仕上げとばかりに所長が笑う。


「これって、実質『挑戦状』だよねー。『見つけられるもんなら見つけてみろ』『装飾できるもんならしてみろ』ってさー。しかも名指しでー。こんなマネ、よくやるよねー。よっぽどナリフリ構ってられない状態じゃないと無理だよねー。恥もプライドもかなぐり捨てて、これって最後のSOSだよねー」


 そう、これは死にたがりの生きたがりからの、救難信号だ。どうか止めてくれと、きっとGoogle辺りで再翻訳したらそんな言葉が現れるだろう。


 けど、素直に『助けてください』とは言えない。それは、死にたいという自分の気持ちにウソをつくことになる。『生きたい』と『死にたい』の間で揺れる、それはたしかにジレンマだった。

 

 だれよりも『いのちにうるさい』無花果さんのことだ、この煽動に耐えられるはずもなく。


「……どうしますか、無花果さん?」


 勝負は決まったようなものだけど、一応僕は無花果さんに問いかけてみた。


 顔を真っ赤にしてふるふるしている無花果さんは、所長のデスクから手紙を奪い去ると、ヤケクソのようにぐしゃぐしゃっと丸めて根を上げた。


「あああああああああもう!! やるよ!! やってやんよ!! やりゃあいいんでしょうが!!」


 まんまと降参宣言を叫んだ。


 これで所長の目論見通りだ。所長は息を荒らげている無花果さんの両肩に手を置き、わかりやすい猫なで声で、


「さっすが、いちじくちゃーん! そうだよねー、今さら意地張ってる場合じゃないよねー。生きたがりは生かしておかないと、そんなの『死』を想う『死体装飾家』としては当然の結論だよねー」


「もうやめてくれないか、所長!?」


 所長の追撃に、無花果さんが泣きを入れた。このひとは悪魔かなにかなのだろうか。少なくとも、ひとでなしでなければこんな風に煽り倒したりはしない。


 がしがしと頭をかいて、無花果さんはめんどくさそうに、


「探すよ! その死にたがりの生きたがりってやつをさ! 探し出して、文句言ってやらないと気が済まないよ! くだんねえことに小生を巻き込みやがって、ってね!」


「じゃあ……!」


 『してやったり』とでも言いたげににんまり笑う所長を尻目に僕が聞くと、無花果さんはヤケクソ気味に言い放った。


「やるっつってんじゃん! ああ、見つけ出してやるともさ、その鳴けないカナリアをさ! 見つけ出して、思い知らせてやる、芸術の『呪い』ってやつを!」


 たとえ鳴けなくなってもとらわれ続ける、芸術の『呪い』。同じ『表現者』として、無花果さんとしては腹が立って仕方がないのだろう。そんな『呪い』から勝手に一抜けしようとしている、鳴けないカナリアに。


 同時に、『こんなんで終わるんじゃねえ』と、発破をかけたいと思っている。『表現者』が死んでも、『表現』は決して死なないと、叫ぼうとしているのだ。


 それは、芸術家・春原無花果にとって、『カナリア』からの挑戦を受けて立つという宣言だった。


 無花果さんの背後から離れた所長はデスクに戻って、ぽん、と手を打つと、呑気に言った。


「はい決まりー。その歌えなくなった歌手とやらを探そうねー。早くしないとホントに死んじゃうかもしれないしー」


「どの口が言うか!?」


 悪魔のごときアジテーターをうらめしげに見やってから、無花果さんはようやく落ち着いた。


「……ま、小生としても思うところがないわけでもないし! とりあえず、死ぬのか生きるのかはっきりさせてやらないとね! 中途半端な宙ぶらりんなんて、ハタから見れば一番いらいらするじゃないか!」


 無花果さんはそう言い切って、にやりと笑う。


「精々首を洗って待っているがいいさ! 小生が引導渡してやんよ! カマッテチャンも大概にしろってね! 声が潰れようとも、目玉なくなろうとも、腕もがれようとも、『絶望』程度じゃひとは死なねえって思い知らせてやる!」


 どうやら、やる気になってくれたようだ。


 当初はどうしたものかと思ったけど、無事『探偵』は半死人の『カナリア』を探すと決めた。


 だとしたら、『記録者』たる僕は、その探偵行に付き合わなくてはならない。


 『カナリア』を探す旅路を、すべて『記録』する。それが僕の役割だ。


 ……やれやれ。無花果さんのご機嫌を取るのも一苦労だ。こっちの身にもなってくれ。


 こっそりとため息をつき、やっと立ち上がった探偵を見やる。無花果さんは鼻息荒く息巻いている。


 すべては煽動者の手のひらの上のような気がしたけど……とりあえず、僕たちは鳴けなくなった『カナリア』を探す算段を整えるのだった。

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