最終話
和音の風邪も直り、いつものように過ごして迎えた休日。
晩秋にあたる今日十月十日は和音の誕生日だ。
ようやくこの日が来た。去年はまともな会話もなく祝うどころではなく終わったが、今年は祝いたいと準備をしていたのだ。
朝ご飯の時に今日の予定を聞いてみたが何もないとの事だったので、漫画の取材という名目で出かける約束をした。
その後は出かけるプランを考えつつ、軽めの昼食なんかを取って時間は過ぎていった。
正午過ぎに外に行く準備をして和音とともに都会の方へ向かう。
「兄さん、今日はどこに行くんですか?」
紺色のカーディガンにチェック柄のロングスカートで寒さ対策をした和音が駅の改札に着いたところでそう聞いてきた。
「108に行こうと思うんだ。あそこなら色々見れるだろし」
「珍しいですね。あんな人が多いとこ嫌いそうなのに」
「確かに苦手だけど、色々みたいからな」
「そうなんですね。そこまでの漫画の決意、さすがです――」
漫画のためは建前なんだけどな……。
「そういえば、次のカラーどうするか決めましたか?」
丁度良く来た電車に乗り込み座ったところで和音がそう聞いてくる。
「ああ、俺としてはヒロインと妹が銭湯に行って二人して転ぶシーンを描いてほしいかなとは思っているぞ」
「妹にそんなお願いしてくるのはどうかと思いますが、それは確かに需要がありそうですね」
この前のコミックの売り上げが良く、なおかつ人気も維持できているという事でまたカラーを描かせてもらえることになったのだ。
「本当にな、去年じゃ考えられないよな」
「そうですね、兄さんと漫画を作るなんて想像すらしてませんでした」
「そういえば、どうしてイラストを描こうって思ったんだ?」
「それは……。秘密です」
プイッと顔を背けられてしまう。
今機嫌を悪くするのもあれだよなと、ここでこの話題を終わらせることにした。
しかしどうして、オタク趣味を嫌っているのにあそこまでいいイラストが描けるようになったんだろう?
そんな事を考えているうちに目的の駅に着くのだった。
・・・・・・・・・・
駅から少し歩いて108に到着した俺は案内板を見ながら和音に声をかける。
「どこから見ていく?」
「兄さんが見たいところでいいですよ?」
和音は不思議そうにそう言ってくれた。
「いや、その、そうだな……。女子のそう、今どきの興味が知りたいんだ」
俺は思考をめぐらして、何とかそれっぽいことを口にする。
素直に和音の誕生日を祝いたいなんて言えば、気持ち悪いとか言われかねないのでサプライズで進めたい。
「そんなの知ってどうするんですか? 漫画の読者はほとんど男性ですよね?」
「いや、服装とかな? そういうところも知識が欲しいんだ」
「兄さんがなにか企んでそうですが、今は聞かないでいてあげます」
ヤバい、なんかバレそうじゃないかこれ?
「企むなんて、そんなことないけどな。とりあえず気になった店があったら言ってくれ」
「分かりました。では、行きましょう」
色々なテナントを外から眺めて歩く。
アクセサリーショップの前で和音が立ち止まった。
「何か気になるのあったか?」
「はい、でも私の趣味ですよ?」
「いいよ、むしろそのほうがいいくらいだ」
俺は力強くそう言って和音と店に入る。
店内はカジュアル寄りで、高校生でも買いやすい値段のものが多い感じの店だ。
和音はキラキラした目でネックレスや指輪を見ている。
「兄さんはどういうのがいいと思います?」
ショーケースを見ながら和音が聞いてきた。
「俺か? そうだな、あんまり派手なやつより、こういうやつかな?」
シルバーチェーンに緑の小さな宝石が付いたやつを指さして答える。
「なるほど……。兄さん、センス悪くないですよ! これなら誰かにプレゼントしても喜ばれると思います」
どこか悲しそうな顔でそう言ってくれた。
「そうか……。ちなみに和音はどういうやつが良いとも思うんだ?」
「私ですか? この指輪とか可愛いなと思います」
ハートの形の小さなピンク色の宝石が付いた物を指さす。
「確かに、可愛いな」
「いいですよね。兄さんは会長と七緒のどちらにあげたいんですか?」
「え? どういう意味だ?」
さらっと聞かれて驚く。
「今日の買いものって、漫画にかこつけてプレゼント選びですよね? あの、怒ってるわけだはないので、誤解しないでくださいね? ただ、妹としてどちらに好意があるのか知りたいんです」
真俺の目を見ながら真剣に聞いてくる。
「いらっしゃいませ~。何か気になってる感じですか?」
唐突に髪の長い女性店員さんが来て声をかけてきた。
「あ、すみません。この指輪素敵ですね?」
俺に謝った後、店員さんに話を振って、指輪の説明を聞いて和音は答えている。
なんか変な誤解をされてるみたいだな……。
どちらが好きとかそんなの考えたこともに俺としては答えられないので、店員さんには感謝だな。
和音が店員さんと話が終わるのを待って俺達はまた来ますと言って、何も買わず店を後にした。
「和音、今日の晩御飯はイタリアンレストランに行きたいんだけどいいかな?」
「大丈夫ですよ? どうしたんですか改まって?」
不思議そうな顔だ。唐突すぎたか?
「いや、テレビで見て気になってな。少しトイレに行ってくるからその辺で待っていてくれ」
「分かりました。迷子にならないでくださいね」
早いとこ誤解を取りつつ、サプライズを成功させないとな。
俺はそう考えながら、先ほどのアクセサリーショップに向かうのだった。
・・・・・・・・・・
「ようやく着いたな」
「意外と移動するんですね」
取材という名目だったので108の中をぶらつき、晩御飯にいい時間になるタイミングで電車に乗る。
そこから電車に揺られて一時間ほどで俺達は港の方に移動した。
「ごめんな、このホテルに店があるみたいなんだ」
「高そうですけどいいんですか?」
ロビーのレストランの案内板を見ながら、和音が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫、予約もしてるし行こうぜ」
和音とレストランがある最上階に行き店の前にいたウエートレスに予約の事を伝えると窓側の席に案内してくれた。
窓の外には海が見えていて夕日が沈んでいくのが凄く綺麗に見える。
「兄さん本当にここの支払い大丈夫ですか?」
ウエートレスがスープを運んで来てくれた後、和音が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だよ、バイト代も貯めてるし」
和音がそわそわしてる姿に少し笑ってしまう。
料理は予約したときにコースを選択してるので言わなくても時間を見ながら持って来てくれるみたいだ。
「このお店、少し緊張します」
和音は音をたてないようにしてるのか、動きがぎこちない。
「和音でも緊張することあるんだな」
「私の事、何だと思ってるんですか!」
ぷくっと頬を膨らませて、怒ってますという顔を和音はする。
「悪い悪い。せっかくなんだから、楽しもうぜ」
「まぁ、そうですね。兄さんのそのお気楽さが少し羨ましいです」
軽口を言って、和音は少し緊張をほぐしてくれた。
コース料理を堪能して、残すはデザートのみだ。
俺達のテーブルに小さなホールケーキが運ばれてきた。
「お誕生日おめでとう、和音」
俺はこのタイミングでそう言葉にする。
「え? え?」
和音は状況が呑み込めていないのか目をしばたかせた。
「気づかれないか心配だったけど、成功みたいだな――」
俺はそう言いながら、細長いプレゼント包装された箱を和音の前に置く。
「去年はまともに祝えなかっただろ? 今年はちゃんとしたくってな……。キモイって断られたくなくて、漫画を口実に誘ったんだ」
「……」
「え? なんて言ったんだ?」
うつむいた和音が何か言った気がしたが、うまく聞き取れなくて聞き返す。
「キモいなんて、言うはずないじゃないですか! バカ、バカ。私はてっきりクリスマスのプレゼントの参考に私の意見が欲しいんだと思ってましたよ」
「ごめん。でも、それはそれで、確かに意見欲しいな」
俺がそう言うと少し涙目になっている和音が、目じりを釣り上げた。
「やっぱり! 会長と七緒どっちですか?」
「どっちって両方だろ?」
お世話になってるんだから、その気持ちはちゃんと表したい。
「このけだもの、変態!」
和音の罵声にウエートレスが俺達を見てくる。
「和音、落ち着け。他のお客さんの迷惑になる」
「両方だなんて、不義理じゃないですか?」
俺の言葉に少し声を落として、そう言って睨んできた。
「片方のが、不義理だろ? 兄妹ともどもお世話になってるんだから」
「ふぇ? それってどういう意味ですか?」
「どういう意味って、お世話になってるんだからその気持ちのお返しの話じゃないのか?」
「なんだ、私、てっきり……」
和音は黙ってしまったが、そこで思い出した。
買い物してるときもそういえば、変な誤解をしてたな。
「どうしてそう考えたのか不思議だけど、どちらが好きとかそういうのは考えたことないな。どっちも大切な後輩、先輩で友達だと思ってる」
「そ、そうなんですね」
どこか安心した様子でニコニコとケーキを切って俺の前に置いてくれる。
「ありがとう、和音」
「いえ、そうだ兄さん。プレゼント開けてもいいですか?」
「もちろん、いいぞ」
和音は宝物を扱うように、丁寧に包装紙を開ける。
そして、箱の中身を見て目を輝かせた。
「これって、今日見た指輪ですよね?」
シルバーチェーンに通された指輪を見てそう聞いてくる。
「すごく気に入ってたからな、それをプレゼントすることにしたんだ」
「でもいつの間に? 買わずに出ましたよね?」
「トイレに行くって言ったろ? その時に買いに戻ったんだよ」
「あの時ですか……。ありがとうございます。でもどうして、チェーンに通してるんですか?」
和音が不思議そうにチェーンに通された指輪を持って聞いてきた。
「それは、妹に指輪を送るのは変じゃないかって、相談したらこういうのはどうですかって? 提案してくれたんだよ」
「そんなの気にしなくていいのに……。兄さん、つけてくれますか?」
嬉しそうに笑みを浮かべてお願いしてくる。
「もちろん良いぞ」
席を立って和音の方に行き、チェーンを受け取って和音の首に手を回す。
サラサラの髪が腕に当たって、くすぐったい。
「どうですか兄さん?」
俺の方を向いた和音がそう聞いてきた。
照明に照らされたピンクの宝石が胸元で光、少し和音が大人びて見えた。
「似合ってるぞ」
俺は少し照れくさくなって、少し目をそらしてそう答えた。
「一生大切にします。ありがとうございます、兄さん」
和音の微笑みは凄く可愛らしく俺は少し熱くなった顔を隠すように席に戻って、水を飲むのだった。
・・・・・・・・・・
『ますます、お話が面白くなりましたね! オムライス先生』
帰宅して、寝る準備を済ましたところで、文月さんから着信があり、電話にでると興奮気味にそう言ってくれる。
「本当ですか! 良かったです」
『次話の案、銭湯を舞台にするなんて、さすがの提案ですよ! 読者の喜ぶ姿が目に浮かびます!』
「そう言ってもらえてよかったです」
「私自身が何より、早くソラ先生の絵をつけて読みたいって思っていますよ!』
「そこまで褒めてもらえると自信が持てます」
これまでの経験を活かせてるようで良かった。
『ふふ、オムライス先生宛のファンレター増えてるんですよ? もっと自信を持ってください』
「そうなんですか? もしかして、この前のコミックがきっかけですか?」
『そうですね! コミックのおかげで知名度は確実に上がってると思います』
「良かった……。嬉しいです。これっからも期待にこたえられるように頑張ります!」
『楽しみにしてます。それでは、夜分に失礼しました』
文月さんの楽しそうな声を最後に、電話が切れた。
確実に俺は成長できてるんだな……。
改めて実感して、パソコンの前に座る。
このまま人気を維持しつつ、次はアニメ化も狙っていこう!
俺は秘かな野望を胸に原稿を練り始めるのだった。
(完)




