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三十四話

 朝、出来上がった草案原稿を文月さんに送って、リビングに顔を出す。


 どこか焦げたような臭いと目の刺激に先に顔を洗って夢から覚めようと現実逃避を試みる。


「さすが、和音。恐ろしい子」


「どうして、どうして、こんなことに……」


 リビングから漏れ聞こえる声から逃げ出したい気持ちを堪えて、洗面所からリビングに行く。


 まぁ、夢であるはずもなく惨劇の様な料理がテーブルに置かれていた。


「おはよう。七緒、この料理は何だ?」


 どこか異国いや、異世界料理だろうか?


「えっと、ハムエッグと焼き魚です……」


「そうなのか……。この緑色の液体は何?」


 何時もの席に座って、料理の説明を聞く。


 魚の顔が俺を睨みつけているので、焼き魚なのは分かったけど、このお椀の中身は理解できない。


「青さの味噌汁……。のはずです」


 何で自信ないの?


 怖い、怖いけど……洗い場の隅で体育座りしている和音がいるからたぶん作ったのは和音なんだろうな。


 俺は覚悟を決めて、手を合わせて椀を手に持つ。


 青さの独特の匂いが何十倍にも増幅されているようなそして、舌に何故かスライムの様にへばりついてくる。


 俺は無言でお椀の中身を飲み干して、ハムエッグ焼き魚のせを無心に食べ進めていく。


 じゃりじゃり、トロトロで口の中がまるでミュージカルだ。


「に、兄さん、無理に食べなくても……」


 気持ち悪さに意識が飛びそうになる。


 でも男として、いや兄として俺は言わなくてはいけないことがあった。


「和音、美味かったぞ」


 俺の意識はそこで遠のいていく。


 和音の奥に敬礼して俺を見送ってくれる七緒が見えたのだった。


 ・・・・・・・・・・


 はっ、今何時だ? 俺は一体?


 いつのまにか寝てしまったらしく、ソファーに横たわっていた。


 あちこち何故か痛いし、どうなっているんだ。


 壁の時計を見ると夕方になっていた。


 学校サボってしまったな。


 立ち上がって、水を汲みに行く。


 書置き? 七緒からだ。


 水を飲みながら目を通していく。


 貴殿の活躍は軍曹である私が見とどけた。


 安心して眠れ、学校には伝えておく。


 どういう意味だ……。あ、そうか。俺は朝食を食べて意識を失ったんだ。


「兄さん!!」


 ドアが開く音がしたと思ったら、いきなり和音が抱きついてきた。


「ど、どうしたんだよ。あ、学校には行ったんだな良かった」


 和音が制服姿なことに安心する。


 俺のせいで和音までサボらせるわけにはいかない。


「良くないですよ! 兄さんにあんなもの食べさせて、命のまで奪いそうになって」


「それは言いすぎだって、食べれたんだから大丈夫だ。それに、和音が俺のために用意してくれたことが嬉しいんだ」


 俺はそう言って優しく頭を撫でる。


「ひゃ、もう、優しすぎます」


 俺から距離を取って、小さな悲鳴を上げる。


 ショックで何か言ったようだけど、聞き取れなかった。


「そういえば、草案できて文月さんに送ったぞ」


 話題を変えようとそう話を振る。


「本当ですか! あ、すみません、着信です――」


 和音は鞄からスマホを取り出して、リビングから出ていく。


 椅子に座って待っているとすぐに戻ってきた。


「兄さん、草案のまま原稿を書いて欲しいそうですよ! 電話がつながらないから私の方に文月さんが電話をしてくれ見たいです」


 そういえばスマホ部屋に置きっぱなしだ。


「そうか、ならすぐに書くぞ!」


「はい、待ってます。二人で最高の作品を作りましょう」


 可愛らしく笑う和音に力をもらって、俺は原稿に取り掛かるのだった。


 ・・・・・・・・・・


 単行本の話が出てから二ヶ月が経ち、ついに発売日を迎えた。


 見本はもらっているのだが、並んでるところを見ようと和音と商店街に来ていた。


「何だか緊張してしまいますね」


「ああ、売れていればいいけど」


 俺達は緊張しながら鶯さんの店に入る。


「おや、どうしたお二人さん?」


 俺達の姿を見た鶯さんが、側にやって来た。


「あ、こんにちは。今日発売のデレツンスクールの単行本てありますか?」


「ふむ……。すまんがないな。入荷したら、電話するぞい」


「あ、電話は大丈夫です。教えていただきありがとうございます」


「に、兄さん。どうしましょう?」


「とりあえずショッピングモールの本屋を見に行こう」


 落ち込んでいる和音の手を掴んで歩き出す。


 ない、ない、どうして売ってないんだ?


「兄さん、マイナーすぎて置いてないんじゃ……」


 和音が落ち込んだようにそう言ってきた。


「いやいや、新刊だし置いてはいると思うけど。あ、七緒から電話だ少し待ってくれ」


『あ、先輩。今秋葉にいるんですけど、先輩の本がどこにもないんですよ~。どこに売ってるか教えてくれませんか?』


 何だと? 秋葉にないならもうこの世にないんじゃないか?


「悪い、俺も探してるんだけど……。トラブルかも知れないから、また何かわかったら連絡するな」


『了解であります』


 電話を切って、和音に喫茶店に行こうと提案する。


「兄さん? 怖い顔してますがどうしたんですか?」


「少しトラブルかも知れないんだ。文月さんに電話をするな」


 近くにあった店に入って注文を済ませてから、文月さんに電話をかけた。


『丁度いい所に、電話ありがとうございます。オムライス先生』


「丁度いいとはどういうことですか?」


 まさかトラブルの説明を考えていたとかか?


『実はオムライス先生の本が売れすぎているんです』


「え? つまりどういう?」


『増刷が決まりました、これは凄いことになりますよ』


 小さく笑って、嬉しそうに言ってくれる。


「本当ですか! ありがとうございます」


 俺は立ち上がって、頭を下げた。


「に、兄さん。お店なので、お静かに」


「悪い、でもトラブルじゃなくて売れすぎで本屋にないそうだぞ」


 マイク部分を手で押さえ座り直して、和音に教える。


「本当ですか! 良かった~」


 安心したように、ふにゃ~と机に和音は倒れこむ。


『ふふ、本当に仲良しですね。それでは、もう要件はすんだ感じですね?』


 和音の声が聞こえたのか、笑いながらそう言ってくれる。


「はい、突然電話してすみません」


『いえいえ、いつでもかけてもらっていいですよ。それでは、今後ともよろしくお願いします』


 文月さんとの電話を終えて、落ち着こうとコーヒーを一口飲む。


 そうだ、七緒にもメールしとかないと。


 手が少し震えているのを感じながら、メールを討つ。


「なぁ、和音。俺達もしかしたらすごい漫画を作ったのかもしれないぞ?」


「もしかしなくても絶対に凄い漫画ですよ。普通はこんなに売れないよね?」


「確かにそうだな。もしかしたらすぐに二巻に向けた内容の打ち合わせとかもあるかもな」


「ですね、もっと絵の勉強しないと」


「俺ももっと面白く書けるように頑張るよ」


 俺達は顔を見合わせて笑う。


「そうだ、兄さん! どこかで漫画の評価とか感想見れませんかね?」


「? バズッターならもう感想をつぶやかれていると?」


 和音がそういうの気になるのは珍しいな。


「見してください! 兄さんの書きおろしのお話の評価が知りたいんです」


 なるほど、確かに俺も気になるな。


 スマホでバズッターのアプリを開いて検索する。


 思った通り、たくさんつぶやいてくれている。


 二人でそれを見ていく。


 どうしたんだ!? オムライス先生の書く妹可愛すぎんだろ!


 絵を見ようと全裸待機していたが、話しがいつもの二倍、いや三倍書下ろしのやつが良すぎてそれどころではない件。


 どこに行けば買えるんだ?


 この書きおろし、オムライス先生の熱量すごすぎてマジヤバい。


 今年の覇権漫画決まったな! イラスト、話の内容とても新人とは思えない。


 そういった感想がたくさん呟かれている。


 中には今年の漫画ランキングのアカウントもいい感想を書いてくれていた


 それを見て和音と拳を軽くぶつけあう。


 少しは和音に追いついた気がして、俺は顔がにやけてしまう。


「兄さん、良かったですね」


 和音が嬉しそうに微笑んでくれる。


「ああ、めっちゃ嬉しい」


 まさか和音と一緒に漫画を作ることになるなんて、去年まで考えられなかった。


 この先も二人で漫画を描いて、いつかは恥ずかしくない自慢できる兄貴になれたらいいな。


 和音を見ながら俺は、この先も頑張ろうと思うのだった。

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