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5話 あたたかな鼓動



 お城に着けば真っ直ぐにヴェローニカの元へ案内された。ヴェローニカの私室と繋がる前室へと通されると、見知ったヴェローニカのお付の侍女やメイド達が代るがわる迎えの挨拶をしてくれた。皆、わたしが断罪され魔界に追放された事を知らないはずがないのに、いつもと同じように、あの日と同じように、あたたかく私を迎えてくれる。

 わたしはどうやら、アドリアーノにもヴェローニカにも、嫌われた訳ではなさそうだ……では何故、追放なんて。

 

 今はそんな事を考えても仕方がない。アドリアーノも説明は後でと言っていたし……。


 しばらく前室で待機していれば、ヴェローニカの私室へ通された。ヴェローニカの私室の絨毯は、フカフカすぎて逆に足を取られて転んでしまいそうな程だ。

 これはヴェローニカの趣味ではなく、勿論アドリアーノの指示だ。万が一ヴェローニカが転んでしまっても怪我をしないように、との事で。ヴェローニカはこんな絨毯なんて必要ないと主張したが、アドリアーノがどうしても心配だと言って無理やり押し切ったのだ。


 二人の力関係は、アドリアーノがヴェローニカを心配しすぎて、逆にアドリアーノの方が強いのだ。


「ヴェローニカ……」


 人が4人位並んで横になっても余りそうな広々としたふかふかのベッドの中で目を閉じているヴェローニカに向けて、恐る恐る声をかける。わたしの声に反応して、ヴェローニカはゆるゆると目を開けた。


「イーリス……?イーリスなの……?」


 掠れて、弱々しい声。ヴェローニカのこんな弱りきった姿は、初めてだ。わたしは慌てて側に駆け寄る。


「ヴェローニカ!倒れたって聞いたよ……どこか痛いの?」


「いえ、大丈夫……ただちょっと、最近疲れ気味な所に驚いただけだから……」


 ヴェローニカはゆっくりと起き上がる。表情はいつもと変わらないが、明らかに顔色が悪い。握りしめたヴェローニカの手は、とても冷たい。


「イーリスの手は、いつもとても温かいわね。心が温かい証拠だわ。私……イーリスを、失ってしまったのだと……魔界に行ったって……イーリスが……私の大切な……小さな、幸せ……」


「泣かないで、ヴェローニカ……わたしはここに居るから……大丈夫!わたし、身体だけは丈夫なのよ!」


 表情は変えず、涙をポロポロ零すヴェローニカを元気づけたくて、空いた片方の手で胸を叩いて丈夫さをアピールする。魔界に行ってまで、わたしは生き残った。また、わたしは生き残ったのだ。


「ヴェローニカ……」


 声のした方へ振り向けば、扉から半分ほど顔をひょっこりと出してこちらを伺うアドリアーノが居た。


「アドリアーノ……」


「……」


 ヴェローニカに低い声で名前を呼ばれたアドリアーノは、まるで叱られた子供の様に黙ってこちらを見つめるだけになってしまった。その様子を見て、ヴェローニカは「ハァ……」と息を漏らした。


「アドリアーノ、言いたいことがあるのでしょう?そんなところに居ないで、こちらまで来て」


 アドリアーノはトボトボとこちらまで重い足取りで近づいてきた。


「すまない……ヴェローニカ……」

「謝るのは私ではないでしょう」


 しょぼしょぼのアドリアーノにヴェローニカが無表情にピシャリと言い放つ。アドリアーノは先程よりしょぼしょぼになりながら「イーリス、すまないことをした……許してくれ……」と弱々しく呟いた。



「わたし、ふたりに嫌われたわけじゃ、ないんだよね……?」



 そう発したわたしの言葉は、自分のものとは思えないほど震えていた。


「イーリス……!当たり前じゃない!あぁごめんなさい……大切なあなたにこんな思いをさせるなんて……」


 ヴェローニカはそう言うと、ベッドの上からわたしを優しく抱きしめてくれた。それが、とても嬉しくて……泣きそうなほど嬉しくて、安心して……でも2人に迷惑は掛けたくないから、何とか涙をグッと飲み込んで、柔らかなヴェローニカの抱擁に包まれた。ただ静かに、トク、トク……と響くヴェローニカの鼓動に耳を傾ける。


「……あれ?」


 わたしが疑問を口にしようとした途端、ガチャリ……と扉の開く音がして、驚いて振り返る。ほんの少しだけ開いたドアの隙間に、人影が見える。


「アル……」


「あ、忘れてた」


 アドリアーノが扉の方へ近づき、隠れていた人影を引っ張り出す。


「えーと、今日から一緒に王城で生活することになった――」

「エ、エド!エドです!」


 小さな男の子が、力いっぱい自分の名前を宣言した。思わず、わたしの目はその少年に釘付けになった。だって、絶対、そんなはずないのに。


 あの日、まだわたしが孤児院にいた頃に出会ったあの男の子にそっくりで……。でも、だって、もう何年たったと思っているの?あの日のままのはずがないのに……。

 それでもわたしは、エドと名乗ったその少年から目が離せなかった。見れば見るほどあの日の男の子にそっくりで……。

 わたしがどれほど会いたかったか、どれほど感謝を伝えたかったか……。


 でも、目の前の少年は、見れば見るほどあの日の男の子に瓜二つで、だから、だからこそ、絶対にあの日の男の子では無いはずなのだ。




 

 

 

 



 

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