3話 魔物さん、こんにちは
「あ、えっと……こんにちは……?」
魔物の中には、知能が高く言葉を理解する者も居ると聞いたことがあるので、取り敢えず挨拶をして様子を見る。
「最近ずっとここに居るね……?怪我してるの?……えっと、大丈夫?」
硬直したまま、こちらの言葉に全く反応しない。怖がられている?それとも言葉を理解しない種族……なのだろうか?そこでわたしはハッとする。
「あっ!もしかして、ここがキミのナワバリ?お家?だったりするのかな!?わたしが薬草とか持ち込んだりしたから困ってるの!?」
その場にペタリとしゃがみ込んで、魔物と目線を合わせる。すると、その魔物はアワアワと視線を彷徨わせ始めた。
やっぱりそうなんだ……何も考えず、わたしはなんて事をしてしまったのだろう……。
「ご、ごめんなさい……あの、直ぐに片付けて他の所へ行くから……匂いは……しばらく残っちゃうけど……」
わたしが立ち上がろうとすると、ローブの裾に噛み付かれグイグイと引っ張られてしまった。立ち上がるのは諦め、またその場にペタリと座り込めば、やっとローブを離してくれた。
「えーと……わたし、ここに居ても……いいの?」
「キューン、クルル……」
ここに居座っても、良いということだろうか……?この子の迷惑にならないのだろうか?そんな事を思いつつも結局わたしは魔界に居るしか無いのだし、どこへ行っても魔物や魔族の迷惑になる事には変わりない。ならば、この子のご好意に甘える事にしよう。
「ありがとう。あなた優しくていい子ね?」
そう言って恐る恐るふわふわの体毛に包まれた体を撫でる。ふんわりとしているのにコシがあって、指を沈み込めると心地よい反発力がある。フワフワなのにサラリとした指通り。余りにも魅力的なモフモフで、何度も何度も撫でる手を往復させてしまう。
その度にこの子も「コルコルコル……」「キュワワワワ……」と気持ち良さそうな鳴き声を上げているので、嫌がられては居ないようだ。
わたしはその様子に調子付いてしまって、ツルリとした角の溝に指を這わせた。ゴツゴツしているのにツルンとした指ざわり。くるりと渦を巻いている角を指でなぞったら「キャワンっ……!」と吠えられてしまったので、咄嗟に指を離す。
「ご、ごめんね!?嫌だったね!?」
「キュンキュン」
角を触られるのは嫌いなようだったが、それでもわたしに懐いてくれたようだ。わたしの引っ込めた指を、ぺろぺろと舐めてくれた。湿っていて、温かくて、少しザラりとした触感。……あれ?わたし、この感覚をどこかで……。
「……もしかして、ペロ?」
昔、わたしがまだ孤児院に居た幼い頃、水溜まりに倒れていた動物を助けた事があった。そしたらその子はわたしに懐いてくれて、手や顔をペロペロ舐めてくれていたからペロと名付けた。
その子はまだとても小さかったのにとても賢くて、薬草や聖水で浄化しなくても食べられる雑草や木の実を持ってきてくれたりしたのだ。聖水なんて高級品、廃院寸前の孤児院に回ってくる量は雀の涙ほどで、結界近くの畑で育てていた薬草も良質な物にはならなかったから、とても有難かった。
けれど、疫病が蔓延して自分の事もままならなくなり、全く姿を見なくなった。その後わたしはアドリアーノに救われたので、ペロにはそれ切り、会えていなかった。無事なのかすら、分からなかった。
すっかり大きくなって、毛並みも鱗のツヤも良くなって……この子が本当にペロなら、これは、奇跡?運命?追放された先の魔界で再会できたなんて……。
「あなた、ペロなの?」
「キューン、キュワ」
その子は鳴きながら、ペロペロと舐めてくれた。この子の言っている事は分からない。ただのわたしの希望なのかもしれない。けれど、なぜか、確信していた。この子は、ペロだと。
追放された魔界で思わぬ味方が増えて、なんだか先行きも明るくなってきた気がする。瘴気が満ちて常に視界が曇っている魔界生活だけれど、わたしの心には光が満ちていた。
ペロの事を考える時、いつも思い出す事がある。それは、ペロと同時期に出会った男の子。その子はとても物知りで、そして優しかった。いつもお腹が空いてボロボロだったわたしを、元気づけてくれていた。気づいたらどこからか現れて、どこかへ消えていくあの男の子とも、また会えるのかな……。ペロとも再会できたんだから、きっとその子とも、また会えるよね。
そんな希望を抱きながら生活していると、時々ペロは姿を消して、戻ってきたと思ったらどこからか木の実や薬草を持ってきてくれた。昔と同じように。そのお陰でこの魔界での野宿生活も、何とかやっていけているのだけれど……ペロは薬草の浄化作用の弊害が出ていないのだろうか?
そもそもわたしと初めて出会った時が結界の外だったし、そんなに瘴気に侵されていない魔物なのだろうか……?
難しい事はよく分からないので、今日もペロのもふもふの毛並みを堪能する。
今日も今日とて食料調達をする。魔界にいるトカゲは切り離された尻尾の部分であれば、そのままでも食べることが出来るので、それをヒョイっと拾い上げる。木の実や雑草の他にも食べ物にありつけて良かった。
僅かな食料を携え焚き火の側へ戻ると、ペロがソワソワしだした。もしかして、お腹が空いたのかな?フッと姿を消している時に食事をしているのかと思い込んでいた。今わたしが持っているものは、どれも魔界で取れた物なのでペロの体に悪影響は無いはずだ。
何を食べるのか分からないので、取り敢えずトカゲの尻尾を差し出してみた。
するとペロは弾かれた様に飛び上がり「ギャンッギャン!」と鳴き出した。どうやらペロのお気には召さなかったようだ。残念。
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