1話 偽者聖女イーリス
ここグローム王国は広大な領地がある。しかしその大半が未開拓で経営を放棄されている。
その理由が瘴気だ。瘴気はありとあらゆる動植物にとって毒になる。
大地に空いた巨大なクレーターから瘴気が絶えず吹き出している。だから国も放置せざるを得ない状態なのだ。
だがその瘴気に唯一対処できるのが、聖女と呼ばれる存在だ。
聖女は不思議な力を持って瘴気を浄化する事ができる。なので瘴気が吹き出すクレーターの周りに結界を張り、常に瘴気を浄化しているそうなのだ。
聖女と呼ばれる存在は、このグローム王国に常にひとり存在している。ひとりの聖女が亡くなれば、直ぐに次代の聖女が必ず現れる。そして瘴気を浄化するお務めが引き継がれるのだ。
このグローム王国を、そして世界を、瘴気で覆われないように、全ての人々を救っている唯一の存在。
そして聖女様が浄化の結界を張っている内側。瘴気が吹き出している場所。そこが魔界と呼ばれている場所だ。
追放されたわたしが向かっている場所。
魔界は瘴気で満たされているが、そこに生物が居ない訳では無い。瘴気はありとあらゆる動植物にとって毒となるが、魔物や魔族と呼ばれる種族にとってはなんら害はない。
そんな魔族と聖女の血が交われば、神にも等しい存在が誕生すると言われているので、聖女様が誕生すると直ぐにグローム王国と教会の総力を上げて保護されている。
そんな事、今から魔界へ追放されるわたしには関係なくなる訳なのだけれど……。
そんな感傷に浸りながら、ガタガタと揺れる馬車の中からぼんやりと景色を眺めていた。
思えば、わたしの人生は波瀾万丈だった。
結界近くにある廃院寸前の孤児院で育ち、食べる物も飲める物も不足していって、孤児院の中で疫病が拡がり、ひとり、またひとりと倒れていき、遂には院長も倒れてしまい、わたしひとりになった。
このままゆっくり死んでいくのだと悟った。ひとりで、静かに。
そんな時、助けに来てくれたのがアドリアーノだった。たまたま各地の教会へ慰問に訪れていた時に、わたしを見つけてくれたのだ。
その後はアドリアーノの計らいで王城内にある教会でお世話になり、以前とは見違えるような生活に変わった。
衣食住の心配をする事など微塵も無くなり、夜もゆっくり温かなベッドで眠ることが出来るし、死を手近に感じることも無くなった。
わたしはアドリアーノに少しでも感謝を伝えたくて、恩を返したくて、教会のお手伝いを頑張った。アドリアーノの庇護下にある教会が功績を出せば、アドリアーノの名声が高まるからと教えてもらったからだ。
昔のわたしと同じ状況の人を救える上に、アドリアーノに恩も返せる。こんなに素晴らしい事があるのかと、わたしは活動に精を出していた。
アドリアーノは何も無くてもわたしの事をいつも気にしてくれて、困った事があれば一番に助けてくれた。優しくて頼り甲斐のあるアドリアーノ。わたしの事を本当の妹のようだと言って、いつも大切にしてくれていたのに。
ヴェローニカは「イーリスはここに生きて、笑ってくれているだけでいいのよ。危ない事はして欲しくないわ」といつも言ってくれていたし、アドリアーノは「もっとイーリスの優しさと素晴らしさを、皆が理解してくれるといいな」といつも言ってくれていたのに……それなのに……。
本当に突然だった。なんの前触れもなかった。
いつも通りの日常。幸せな風景。大切な人達。そんな愛すべき、いつもの一日。そのはずだったのに……。
追放。追放……?どうして……アドリアーノ?何故なの……。
ヴェローニカが悲しんでいるって?どうして?わたし何かしてしまったの……?教会の活動も人助けもお手伝いも、全部全部……頑張っていたのに……。
わたしが皆から聖女と呼ばれ始めた時も「やっと世間がイーリスの素晴らしさに気づいたのか」と大袈裟そうに喜んでくれていたのに……。
眺めていた風景から、手元へ視線を落とす。すっかり肉付きも良くなり、傷みもない綺麗な手。以前のわたしとは、全く違う。
ガタガタと揺れる馬車に身を委ねて目を閉じる。
アドリアーノ……ヴェローニカ……。こんな事になってしまったけれど、大好きなふたりに会えなくなるのは……悲しい。どうしてアドリアーノが追放なんて言ったのか、分からない事が……悔しい。
わたしは大好きな人の事が分からなかった。それが、とても、悲しかった。
ガタゴトと大きな音と振動の他に、微かにゴホゴホと咳き込む音が聞こえた。わたしは不思議に思い、コンコンと馬車の壁を叩く。少しすると、馬車は減速してゆっくりと止まった。
わたしは馬車の扉をゆっくりと押し開けると、ぶわっと外の空気が頬を撫でた。随分と結界の近くまで来ていた様で、心做しか風がチリチリと痛む気がする。
ぴょんっと馬車から飛び降りると、ジャリっと乾いた地面の音がした。植物が疎らにしか生えておらず、そのどれも元気がない。
「あぁ……聖女様……イーリス様……」
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