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プロローグ



 目の前には煌びやかなダンスホール、真上には目が眩むようなシャンデリア。


 そのどれもが数年前のわたしからしたら、夢の様な光景だった。でも、これは夢でも何でもなく、現実で、わたしはここに立っていた。


 視線を少し上げれば、一際目を引く煌びやかな場所に一人の男性が立っていた。


 この国の王太子、アドリアーノ・ヴィナ・グローム。


 繊細で細やかな刺繍が施された美しい衣装を身にまとい、このダンスホールにも負けない煌びやかさが本人から圧倒的なオーラとして醸し出されていた。


 アドリアーノはこんなわたしを助けてくれて、こんなにも素晴らしい世界に連れてきてくれた人だ。命の恩人。感謝してもしきれない。


 アドリアーノはこちらに視線を向けると、フッと微笑んだ。そして優雅な足取りで美しい階段を、重力など感じさせない様に降りてくる。


「イーリス」


 アドリアーノがわたしの名を、いつもの優しげな声色で呼んでくれる。その声に答えるように、わたしは足取り軽くアドリアーノの元まで駆けて行った。


 アドリアーノの近くまで行って、いつもとの違和感に気づく。ヴェローニカがいない。

 

 いつもわたしに優しくしてくれる王太子妃のヴェローニカ・ジリエーザ。この様な公の場では、いつもアドリアーノとピッタリくっついて一緒にいるのに。


「聖女イーリス」


 またアドリアーノがわたしの名を呼んだ。目の前に居るのに、やけに大きな、通る声で。


 聖女イーリス。皆はわたしをそう呼んでいる。


 別に、本当の聖女様では無い。ただ教会にいて皆と奉仕活動をしていたら、そう呼ばれるようになっただけだ。

 本当の聖女様には申し訳ないと思うけれど、わたしみたいな末端の信者とは会ってくれるはずもないし、もうご高齢になるので滅多な事では人前に現れないのだ。



 


「いや、聖女を騙る大罪人のイーリス」







 


 え?なに……?どういう、こと……?


 

「アドリアーノ……?一体、どうしたの……?」


 全く事態が飲み込めず、アドリアーノに手を伸ばせば、すかさず叩き落とされた。


「気安く触れるな。お前は聖女の名を騙り俺に近づき、唆かそうとした。そのせいで俺の愛するヴェローニカが心を痛めている」


 ヴェローニカ?ヴェローニカが悲しんでいるの……?どうして……。


「聖女の名を騙ったお前に相応しい罰を与える。魔界への追放処分だ」




 ――え?



 なにが、起きているのか……理解できない。


 どうして、突然……アドリアーノ、どうして……?




「何事?」


 短いけれど迫力のある声が、ホール全体に響いた。ヴェローニカだ。

 階段の上からヴェローニカがゆっくりと降りてくる。いつもと同じ無表情だけれど、心配に満ちた雰囲気が伝わってきた。


「ヴェローニカ……!今日は遅れて来るはずでは……」


 アドリアーノがヴェローニカに駆け寄る。階段の中腹辺りで2人が寄り添った。


「何があったの?」

「大丈夫だヴェローニカ、全て上手くいく」


 アドリアーノはヴェローニカの肩を抱き、空いているもう片方の手で力強くヴェローニカの手を握っていた。


「イーリス……」


 ヴェローニカがわたしを見て、不安そうに眉を寄せた。すると、ホールに来ていた人達が一気にザワザワと騒ぎ出す。


「おぉ……なんと……」「鉄の淑女が……」「あのヴェローニカ様が表情を変えた……」「やはりヴェローニカ様は聖女イーリスを……」「聖女を騙るとは……」


 口々にそんな言葉が飛び交う。


 鉄の淑女。落ち着いていて大人っぽいヴェローニカをみて、そんな風に言う人がいる。わたしだってそれが良い意味では無いことくらい分かる。

 けれどヴェローニカ自身が何とも思っていないそうだし、こんな暗い話よりヴェローニカは楽しくて明るい話が好きだといつも言っているから、あまりこの話題には触れてこなかった。


 でも、実際に口にしている人を間近で見て体験してみると、心が痛む。


 当事者であるヴェローニカが気にしていないなんて、なんとも思っていないなんて、きっと嘘だったんだ。きっと優しいヴェローニカは私を気遣って、気にしていないと言っていたに違いない……今更そんなことに気づくなんて……。


「ヴェローニカ……」

「さぁ、ヴェローニカもう戻ろう」


 アドリアーノはそう言って、ヴェローニカに階段を登るように促す。ヴェローニカが心配そうにわたしを振り返れば、またホール内にどよめきが響き渡った。


 アドリアーノ、どうして……。


 そんなわたしの心を置き去りにするように、警備兵に引き連れられて、わたしはこの美しい世界から引き離される事となった。





 それがアドリアーノに救われて幸福な時間を過ごしたわたしの人生とのお別れと、新しい人生が始まる事の顛末だ。


 




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