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モヤモヤ、瞼が重くて、頭痛がひどい。これは井上星が意識を戻った時に先に感じたことだった。
う……目が開けられない、呻き声すらも出せないのが今の井上星の状態だった。呼吸だけ少し乱れている。
そして、まだ井上星の状態に気付いていないとある二人の会話が井上星の耳に入った。
「――けど……」
「うん――」
最初意識はまだはっきりしていないため、二人の声がまるでエコがかかっている感じに何を喋ったのか聞こえていないし、内容も覚えていない。わかったのは一人のほうが聞き覚えのある声だということ。
井上星は少し脳内で状況を整理し、頭を回転させて、耳を澄ましている。
フロンおじさんの声だ……
「とりあえず――」
「……任せてください。」二人はずっと喋っていた。
すぐに終わらないことから、また二人の声色から、争いの感じがしないが、とても厳粛な感じがした。
深刻な話をしているようだな……
そして、井上星は少し考えることによって意識が段々冴えてきた。ようやく二人の声が認識できた。
一人はフロンの声に間違いない。もう一人は……井上星はわからなかった。
だが、気を失う前に直前のこと、気絶する前のことを覚えつつある井上星は、わからない人の声は明らかにチューニングの時に聞いた声だった。
“神よ……”その次に膨大な量の何かが脳に入って――ずキぃーと、井上星はそれを思い返そうとすると、ひどい頭痛によって「うっ!」と呻き声をしてしまった。
ちょうど会話が一段落した二人はこの呻き声で井上星のことに気付いた。
「お!どうやら先に起きたのはこちらのほうですね。」
「星様、もう起きていたんですか?」
気付かれてしまったら仕方がないと、井上星はゆっくりと座り込みの態勢にしようと起き上がった。
フロンはそれを察知し、手伝っていた。
井上星が座り込みの態勢にしていると、「……ありがとう。」と礼を言った。彼は次にフロンともう一人のほうを観察した。
前髪のブロンズメッシュ……交流会で見た説明する人だ。
これは井上星の感想、特に近くで見てみると、その恰好はやはりだらしない格好だった……けれど、井上星は何となく優しい雰囲気を感じている。
だらしない格好だからだろうか、それとも若干微笑みにしているその表情だろうか、かなり親切感を感じさせる。
フロンは特に何の変化もない――と思い込んでいた井上星だったが、その目に映ったのはすっかり変容した人間離れの存在だった。もう外国人風のおじさんではなかった。
その目は蛇の目、その口は平たくトカゲみたいな口。耳らしい耳の器官がない代わりに、結晶のようなものが顔の両方についている。
また、身体中にある結晶体はほぼ鱗のようにかなりの数がはめて、皮膚の面積が小さくに見える。人型の輪郭をしているが、明らかに人間ではないその人間離れの容姿、一瞬井上星に反応を留まらせた。
トカゲ人間……あるいはもっとファンタジーらしい表現で言うと、リザードンマン。
実際で目にしていると、反応が遅れているのは無理もない。だが、反応が渋滞しているのはそれだけではない。
身体が血だらけでボロボロだった。血も間違いなくフロンの身体の中から流れている。今も微々に血が滲んでいるもの。その原因はよく見なくても簡単にわかる。
半残、傷物、また直接はめてあるはずのものが空洞になり、物々しい角であろうが完全にひび割れ。目があればわかる。この状態は必ず良好とは言えない状況だ。
自分に注目していた井上星に、フロンは何を見ているんだろうと自分の様子を見ていたら、ハッとなって今に気付いた。
「……すみません。ちょうど戦った後です。さっきもサリと話し合っていて、姿を元に戻すのは忘れてしまいました。」とフロンは言いつつ、手首の近くにある結晶体を触った。
すると、フロンの外見は外国人風のおじさん姿に戻った。血も見えなくなった。ただし血が見えなくても、姿を変えても、その顔色が悪いままだった。
「もし若実様に見られてしまうと、驚かせて泣いてしまうでしょうね。血だらけですし……とても見苦しい姿でした。」
何を言えばいいかわからない井上星だったが、ここでフロンの話にやっと反応した。
そうだ……アレは――井上星はもう少し前の状況を思い出した。
気絶する前のこと、あの変な奴はどうなった!自分の妹はどうなった!とすぐ心に不安が襲ってきた。
「そうだ!若実ちゃんは?若実ちゃんはどこだ?それとアイツは?」井上星は急いで左右に見て、井上若実を見つけたい。安全を確保したい。また、危険があるかどうか確認したい。
動きから少し暴れそうになった井上星だったが、フロンは真っ先に落ち着かせようと話しかけた。
「落ち着いて、星様。彼女は大丈夫です……」とフロンがそう言っていたが、人の気持ちは簡単に落ち着けるものではない。
「じゃあ、どこ――」と井上星は暴れそうになったところ、知らない人はすぐ語りかけた。
「若実ね?それはあの子の名前ですね。大丈夫ですよ。あそこに寝ています。」サリと呼ばれているだらしない格好の人は、指差しで本棚近くにスース―と寝ている井上若実を示した。
おかしい様子が見えない。安心して眠っている。井上星はホッとした。同時にブロンズメッシュの人はニヒヒという表情でフロンに話しかけた。
「フロンよ。人を落ち着かせるのと子どもに落ち着かせるのは少し違うんだよー」
「いや、それは……」わかっているけど……
「ま、実行するのは難しいだろうね。」
二人が少し無駄な会話をしているうち、井上星もちゃんと安心した。
安心したから、次に頭に浮かぶのは当然質問だった。
「それで――フロンおじさんで……間違いない……んだよね?」少し気掛かりがあるようで、井上星はちょっと気が滅入る口調で言った。
今のフロンの雰囲気から、また自分が知らない人と仲良く話をしているのは井上星がちょっと怯えている。つまり、遠慮しているのだ。
「え?そうですよ。」少し自分の容姿が変わったかどうかをチェックに入ったようで、ずっと自分の体を動いて見ている。
見終わってもまた心許ないだろうと、フロンはサリにもしかして姿が変わっていないのか?と聞いてみた。
「いいや?ちゃんと変わっていましたよ。」
「そうですか……」と少し心に疑問が残っているが、フロンは特に聞くつもりはない。これは些細なことだと思っている。何よりフロンが聞くより、井上星のほうが先にサリに聞いていたのだった。
「では、あなたは……?」と井上星はブロンズメッシュの人に語りかける。
「おう!サリ……サリです。サリと呼んでいいですよ。」
「サリ……」
井上星は直感がそう告げる。この人はきっと色々なことを知っている。
だから、井上星はすぐ自分が知りたいことを聞いてみた。
「サリさん……あれは一体、何ですか?一体何があったのか、教えてくれないでしょうか?」
真面目な顔、真剣な声色。それでもサリはふふふと何となくふざけているように笑っていた。
「もちろん!教えてもいいですよ――」
少し意外な答えだったが、その気持ちはサリの次の話で全て消えていた。
「その代わり、こちらも手伝ってほしいことがあります。」――この話の意味、わかるでしょうね?




