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あの時、凜おにぃが言ってた。
”その誰かさんは、私たちにこの世界に留まってほしいと。”
凜おにぃの言葉、今も耳に残っている。あの時の私は、まだ話の意味がわからなかった。話が難しくて、わからない。
でも、星兄さんのおかけで後にわかった。今なら私はちゃんとわかっている。
アレはきっと、凜おにぃが言ってた――“誰かさん”だ。つまり、私たちの邪魔をするヤツ……
あの時、黒い蛇がいた。霧のように誰も気付かず、こっそりと潜り込んできた。
そしてあの時、私はプツンと、全てが暗闇になった。
星兄さんの話によると、私は気絶したのだ。
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あの時、全てが変わった。
「に、にぃに……」僕は兄ちゃんと会話している途中、突然自分の手が強く握られ、柔らかい髪の感触が伝わってきた。当然、僕が繋いでいる手は今一人しかいない。
「うん?」僕は視線を下に向いていると、若実ちゃんが何かを怖がっている様子だった。僕の手で目を覆って、更に太ももに抱きつく。
不安な様子。
明らかにおかしい様子だったから、僕はまず兄ちゃんとの会話を止めて、若実ちゃんに話しかけた。
「あ、ごめん。兄ちゃん。ちょっと待ってください。なんか若実ちゃんの様子が変……」
『うん?若実ちゃんはどうした?』
「わからない……今から聞くつもり。待ってて。」
『うん。わかった。待つよ。』
あの時、僕は気付くべきだった。僕は焦っていて、余裕がなかった。
あの時、僕たちはまだ舞台の上に立っていた。舞台の上に会話していた。
だからあの時、兄ちゃんにも“若実ちゃんの不安な声が伝わった”はずだ。
でも、僕は気付かなかった。兄ちゃんが若実ちゃんの声が聞こえなかったことを。
あの時、すでに“邪魔が入った”のだった。
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あの時、私はもっと気をつけておくべきだった。私はあまりにも間抜けだった。
「どうした?若実ちゃん。」星様は心配な様子で若実様に言った。
どうやら若実様は突然不安を感じたようだ。若実様がしっかりと星様の太ももに抱きつく様子は愛おしく感じる。
しかし、その次に発した言葉はその気持ちが一瞬で消え去った。
「ぐろいへび!」
ぐろいへび?
私はすぐに反応できなかった。子どもの発音は時々理解するには時間が必要だ。特に意味の転換には時間がかかる。
私はまだ意味を理解しようとする間、星様は咄嗟に返事し、質問した。
「黒い蛇?どこ?」
ここで私はやっと意識できた。
黒い蛇……まさか――
「若実様!その“黒い蛇”の特徴は何でしょうか?」私が近づこうとすると、星様はすぐそっと私の前に阻まった。若実様は「ううんんん!」ともっと星様にくっついた。
「フロンおじさんもどうした?黒い蛇は何?」
不信感。星様は眉に皺を寄せて、そのような雰囲気が伝わってくる。
まだ何もしていないのに……いいや、そもそも何をするつもりはないのに、この不信感は……まさか“結晶体”の悪い部分がここで発揮したのか……いいや、違うか。
今まで私がやってきたことを考えたら、私も星様のように思っちゃうかもしれない……
だが、もし若実様が言ってた“黒い蛇”は本当だったら、今はもう、説明の時間がない!
「それの説明は――」“後で”という言葉が喉に詰まったまま、物事はすでに起きてしまった。
そう……私は間抜けだった。
あの時、ここは侵入されたのだ。
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突然のことだった。
むしろ。この一日に井上一家に起きていたことはいつも突然のことだった。
「うわあぁああぁ、おあぁんん」井上若実は赤ん坊のような泣き声を出した。大きくて、苦しく、悲しそうな声……まるで痛くて痛くて耐えられない泣き声だった。井上星とフロン二人はこの大きな泣き声に驚いた。
「ど、どうした!若実ちゃ――」井上星は井上若実のほうに視線を移すと、口を開けてしまった。
井上若実は浮いている。ゆっくりと、浮いていた。
更に大きな泣き声の中で、井上若実はか細い僅かな声量で言った。副音声のように、井上星の耳に届いた。
「にぃ、に……」
事情のわけがわからないが、井上星の驚きの感情はこの言葉でなくなった。
「フロンおじさん!お前は何が知っているんだろう!」
「“狂った魔法使い”……」フロンのこの一言で、井上星はわかった。
“シナリオの情報”だ。




