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「フロンさん?二人のサポートはどうした?」状況は状況で、敬語のことが考えられなくなる井上桃花である。
井上智澄と井上佳月は目の前にいる吸血鬼のことを注意しながら、自分の娘を守っているように近づき、自分の身体で庇うようにしていた。
たとえ戦いのことがわからなくても、両手を横に張ることくらい二人にはできる。その構えは明らかに吸血鬼が突っかかってきたら、動きを留めようとする構えだった。二人は身体を張って、娘を守るつもりだ。
「今、二人の方はしばらく状況が落ち着いたらしい。そして、あなたたちの判定の結果が見えたので、自分の判断で話しかけました。」
「そうか……」
「あの、判定の結果が見えるから、あなたたちが行動を取っていたことはわかっております。だが、状況が気になっています。何が起きました?」フロンがこの話をしている間、吸血鬼たちはずっとうずうずと蠢いている。
今にも三人に飛びかかるような感じだった。
当然だが、吸血鬼はまだ動き出していないのは別に相手の事情を考えているわけではない。
ただ一番弱そうな獲物はどいつか選別しているだけだった。吸血鬼はお腹が減ったら理性が失うとはいえ、獣の知恵くらいはある。さもないと獲物が狩れないから。
この状況を見て、何となく向こうはそろそろ動き出すだろうと予想していた井上智澄と井上佳月は心を通じていたように、同じタイミングで目を合わせていた。
二人はまるでお互い何を考えているかわかっていたように、うんと同意するみたいな感じで一緒に頷いた。
「フロンさん。悪いですが、恐らく状況を説明する余裕がありません。」と井上智澄が真面目に言っていた。
井上桃花はまさか自分の父の口からよく漫画で見たセリフが聞こえるとは予想していなかった。だが、ふざけている場合ではないし、余裕もない。
「いや、あの……状況を説明してくれないと、詳細が分かりません。説明してくれると、こちらもアドバイスしやすいです!」井上智澄の話を聞いて、少し焦っているフロンである。
井上凜と井上星の時にあまりサポートできなかったから、今回ちゃんとサポートしたかった。フロンは少し強引でも状況を聞き出そうとした。
「待って!父さん――」
フロンの態度から何を感じとっていた井上桃花は何か話そうとすると、次は井上佳月が口を挟んで言った。
「桃ちゃん。君は隙を見て先に逃げなさい。ここは父さんと母さんに任せて。」
突然迫ってきた危機をどう対処するか、その方法は人それぞれだ。
そして、この危機をどう対処するか、井上智澄と井上佳月二人が目を合わせていた時、同じ考え方をしていたのだ。
「親は子を守る」、簡単な話だ。
たとえ自分の命が失っても、子供を守るには躊躇いがない。二人はもう決心がついたのだ。
井上桃花は二人が本気であることはわかっている。
だが、親の気持ちをちゃんと汲み取っていたからこそ、納得できなかった。
「……嫌だ!父さんと母さんを置いていくなんて!そんなのできない!納得できない!」
気付いた時、井上桃花もよく漫画で見たセリフを言っていた。だが、気持ちも言葉もふざけていない。本心である。
なぜなら、井上桃花は自分も娘として、家族として、二人を守ろうとしたいから。
「納得できようができないようが……もう、そんな状況ではない!」と井上智澄は「もう」という言葉を出した時点で、吸血鬼たちが動き出した。
「シャー!」と叫びながら、四体の吸血鬼が一斉に襲い掛かろうとした。
吸血鬼が動き出した瞬間、二人も動き始めた。
吸血鬼たちの狙いは、井上桃花だ。なぜなら、彼女は明らかに二人に守られている。
守られる存在=弱い存在、この理論は獣の知恵としてかなり高めである。
だが、一つの目標に狙いを定めると、対応策もシンプルになる。
一体の吸血鬼はジャンプし、空から井上桃花に飛びつこうとした。残りの三体は一体ずつ二人に攻撃しようとした。これは牽制の意味も持っているし、そのまま二人を狙っても構わないからだ。
井上智澄と井上佳月二人は吸血鬼たちの動向を見て、狙いは娘であることがわかっていた。一体の吸血鬼がジャンプして、二人を飛び越えようとしたから。
井上佳月は瞬間の判断で、井上桃花を吸血鬼がいない方向に強く押していた。突如の状況に加えてあまりの強さに、井上桃花は全然反応できず、ただ力任せで元の位置から数メートルに離れていた。
ジャンプした吸血鬼はただ何も掴めず、井上桃花の元の位置に着地した。
ただし、吸血鬼がいない方向に押したとはいえ、元々井上桃花に狙っている三体の吸血鬼はこれがチャンスだと見て、方向転換にした。
さっき二人の横にいた二体の吸血鬼が井上桃花と一番近かった。すぐ井上桃花に向かって、襲おうとした。
しかし、井上智澄は先に自分のところに到達した一体の吸血鬼を組み止めて、軽々しく引き上げた。吸血鬼は細身の上に、人間みたいな肉付きがなかった。体重が重くない。
吸血鬼はもがくつもりだったが、井上智澄はすぐ次の行動に移した。引き上げた吸血鬼を全身の力でぐるっと回って、遠心力で井上桃花に向かっていた吸血鬼の方へ投げた。
井上智澄はうまく吸血鬼を投げて、もう一体の吸血鬼に足を止めた。
しかし、最後の一体――後から来た吸血鬼は井上智澄を越えていた。最後の一体は井上智澄には足を止めることができなかった。
井上智澄を越えた吸血鬼はもうすぐ井上桃花に近づけたのだが、ここで井上佳月が吸血鬼の身体を引っ張っていた。
井上佳月は元々強く引っ張るつもりだったが、想像より軽い体が強い力と裏腹になって、まるで反動力を受けていたように、井上佳月は吸血鬼を連れて無様に転んだのだった。
そして、転んだ力は解消されず、無様でありながらも、井上佳月は偶然の形で、巴投げのように吸血鬼を後ろに数メートルに投げたのだった。彼女は自分も不思議と思いながらも、この幸運に感謝している。
一連の動きは決してアクション映画みたいにカッコイイわけではない。しかし、二人が娘を守るために奮闘している。戦っていた。
短い間の出来事でも、色々なことが起きてしまって、井上桃花はほぼ反応できずにいた。反応できなくても、井上桃花にはわかっている。
「何をしている。早く逃げなさい!」井上佳月は言いながら、井上桃花に背を向けている。井上智澄も同じ態勢だ。四体の吸血鬼はもう三人の正面にいたから。
たとえ反応できなくても、井上桃花にはわかっている。両親は自分を守るために動いているのだ。
親の期待に応えるのは一番無難な選択であろう。だが、子供は成長する。成長した子供はいずれ親を守る存在になる。ずっと守られるだけの存在ではない。
ならば、自分も家族を守るために動かなきゃ!
「フロンさん!今の状況を伝えるから、アドバイスを教えてほしい!」
「「桃花!」」
「逃げないよ。今の私、反抗期だ!」二人が決心をついたように、井上桃花も決心した。逃げないという意志。
「……わかりました!とりあえず、状況を教えてください。何が起きました?」
「とりあえず、四体の生物がいて――」井上桃花は状況を伝える間、吸血鬼たちは待たない。吸血鬼たちは再び三人に襲い掛かった。
二人も説得の余裕がないから、吸血鬼たちの動きに集中していた。吸血鬼たちが再び動き出すと、すぐ一人が二体ずつ牽制していた。
「外見は?どんな感じですか?」
「蒼白な皮膚、二つの長い牙があり、血みどろなマントを被っている。」
「やはり吸血鬼ですね……」
「やはり?」生物の正体が何となくわかっている井上桃花はこの言い方が気になっている。
「こちらの話ですが、あとで話します。」
実は、フロンは少し予想がついた。
なぜなら、井上凜はフロンに吸血鬼のことを伝えた。ランディが凶暴化になったことを、吸血鬼は複数体がいたことも。
では、同じ森にいた三人は、他の吸血鬼と出会える可能性が充分高い。
だから、三人から判定の結果が出た瞬間、もしかして……とフロンが考えていたのだ。
だが、現場の状況がわからないため、確認しなければいけなかった。確認の手筈が省けられない。なぜなら、状況に見合う適切な情報を渡さないと、さらに悪化するかもしれない。
「わかった。後で聞こう。とりあえず今はこの吸血鬼たちを何とかしたい。何か方法がある?」
「わかりました。吸血鬼なら、まず――」
二人が話をしている間、やはり一人二体ずつ牽制するのが難しかった。
「桃花!危ない!」と井上佳月が大声で言った。一体の吸血鬼は井上桃花の方に向かって襲おうとした。
井上佳月が気付かせたおかげで、井上桃花は向かってくる攻撃を避けた。
「まず、攻撃の対応です。吸血鬼の動きは器用ですが、速度自体は速くありません。よく観察すれば、簡単に避けると思います!特に凶暴化に陥った吸血鬼は尚更です。」
「凶暴化?それは、何?なんで?」井上桃花は吸血鬼のことを対処しながら、会話している。そして、不思議に思っていた。
自分にはそんな余裕ができているのか?
井上桃花は決して戦闘の知識がないが、自分には会話しながら戦うことなんて絶対できないと自覚している。ずっと一つのことに専念してやってきたのだから。だが、今はできていた。不思議だった。
不思議だったことに井上桃花はあまり深く考えないようにした。まず目の前にある難関を乗り越えないといけないから。
「吸血鬼は凶暴化になります。凶暴化になる原因はお腹が減ったから。そして、凶暴化になると、理性が失い、吸血鬼以外の種族に無差別に襲います。だが、どんな生物も同じですが、お腹が減ると力が出せなくなります。吸血鬼も例外ではありません。」
「なるほど。では、どうすればいいの?」
「普通なら、道具を使うか、動物の血や自分の血を与えるかのどちらなんですが……四体がいれば、自分の血を与えるのは少し危険かもしれません。」
「それで?」
「うーん……では、吸血鬼を気絶させましょう!そういう弱点を教えます!」




