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理性を取り戻したとはいえ、吸血鬼の外見は変わらない。爪、牙、ボサボサの髪型が同じだ。ただボイスチェンジみたいな声が中性的になった。そして、理性を取り戻して、会話ができるようになった。会話ができるようになっただけで、吸血鬼の雰囲気が全然違った。
「言うつもりはないのか?」と吸血鬼が言った。
二人が答えなかったから、吸血鬼は疑惑の目をしている。
井上凜にとって、吸血鬼は凶暴化の印象しか残ってないから、少し悩んでいる。それに、今は吸血鬼のことより、ツリーセとフロンに色々聞きたいことがあったのだ。
だから、井上凜は常套句を言った。
「ええ、こちらにも事情がありますので……」
「ふーん……事情ね。さっきまで話し合おうって言って、いざとなったら、何も言わないんだ。」
「それは落ち着いてゆっくり話そうという意味です……むしろ、さっきまでのことを覚えていますか?」吸血鬼は記憶があることに少し意外だった井上凜である。
「まあ、うっすらだけどな。」と言いながら、吸血鬼はボリボリと頭を掻いた。
「そうですか。」井上凜は補足の説明をするつもりはない様子で、吸血鬼は腕を組んだ。
「とにかく、詳しく話すつもりがないなら別にいい。でも、せめて何かの目的があるか聞かせてくれ。例えば、この遺跡に用があるとか……あるいは、“吸血鬼狩り”とか。」
吸血鬼は「吸血鬼狩り」という単語を言った時、少し強調したように言った。目付きも警戒の色に帯びた。
吸血鬼狩り……恐らく言葉のままの意味だろう。
「確かにこの遺跡にちょっと用がありますが……吸血鬼狩りではありません。」
「ふーん。」まったく信用していない顔をしている吸血鬼。
「そもそも、あなたがいることにわかりませんでした。どうしてここにいるのもわかりません。元々調査のつもりでこの遺跡に来ました。」
この話を聞いて、吸血鬼は全く信じていないが、さっきより警戒を解いた。
「……そうか。つまり、ただこの遺跡に用があるってことだな。」
「はい。そうです。」
「なんだ。そういうことか。なら、『先客』はもう『俺たち』に片付けておいたぞ。」
「先客……」ここまで二人の交流に何も口を挟まなかったツリーセがこの単語に反応した。明らかに井上星が見た景色と関係しているそうだから。
井上星もツリーセの中に「その先客のことは何なのかと聞いてほしい」と言っている。
「俺たち……」そして、井上凜はこの言い方が気になっている。足音で吸血鬼が複数体いたということは判別できるが、何体がいるかわからなかった。
井上星と違って、井上凜は隠れていて、吸血鬼の個体数が見えていなかった。
二人が別々の反応をして、吸血鬼は少し気になっていた。特にツリーセの反応に。
「お前たち、チームじゃなかったのか?この遺跡に用があるってことは、ある程度の情報がわかっているだろう?」
自分に疑いの目がかけられたが、ツリーセはこう答えた。
「チームというより、家族です。それに、ある程度の情報がわかっていても、あの部屋を見たら、どうしても気になっちゃいます。その『先客』のことは一体誰のことを指しているのかを。」ツリーセは魔法の扉の方に指した。
身体の中にこの状況を見ている井上星は、少しツリーセに尊敬の気持ちをもっていた。自分なら、きっと思った言葉をそのまま口に出すから。
「は!なるほど。あの部屋を見て、疑ってたってわけか。」と吸血鬼はツリーセの話を聞いて、鼻で笑った。
井上凜も部屋のことが気になったが、発言を控えた。余計な発言は余計な注目に引かれるから。
「言っておくけど、あの部屋は俺たちが来る前に、もっとひどかったぞ。吸血鬼も気分悪いほどにな。」と吸血鬼は不敵な笑みをしながら言った。
「部屋のことがわかった……では、その『先客』というのは?」とツリーセが言った。
まるでツリーセがつまらない反応をしたから、吸血鬼は退屈そうに「はぁ」としょうがない顔で溜息をついた。
「先客は三つの『ドール』だ。上の階に壁を突き破ったら、あいつらがいたのだ。そして、仲間と一緒に『ドール』を片付いた後、あの部屋に置いた。」
「じゃあ、あの部屋に『ドール』があったのか?」
「当然だろう。『ドール』はどんな見た目をしているか一目でわかるだろう。」
ツリーセはあの景色を思い出して、ドールがあるような、ないような気がした。もちろん井上星は部屋の景色を見た時、見分ける知識も余裕もなかった。ただ逃げ出したくなるような気持ちだった。
「なんだ?もしかしてお前……バカなのか?」
「は?何でそうなる?」
まるでツリーセのこの本性が見たかったかのように、吸血鬼は笑った。
「人間の遺体と『ドール』のことを見分けることができないなら、頭が悪い以外の理由が考えられないからな。」明らかに煽っている口調だった。
少し言い方に不快だが、
「……事情を説明してくれないと、そんなことがわかるわけがないでしょう。」とツリーセは素直に認めた。
「……つまり、本当に見分けることができなかったんだ?」ツリーセが素直に認めたことに、吸血鬼は逆に呆れた顔になった。
「そうです。だから?」やぶれかぶれの気持ちになったツリーセ。
「いや……別に。」
「その部屋、私が確認してもよろしいですか?」二人の会話を聞いて、状況を確認したかった井上凜だが、二人が真逆の返答をした。
「うん?お好きにどーうぞ。」と吸血鬼は肩をすくめて、全く気にしていない様子だった。
「やめた方がいい。」と吸血鬼と真逆の反応をしたツリーセは井上凜の服の一角を掴んでいて、行かせたくなかった。
「ちょっと吸血鬼さんの態度が悪いけど、嘘じゃない。かなりひどい様子だよ……泣き出したくなるほどに。だから、やめた方がいい。」
主語がないが、ツリーセの言い方が井上凜に弟のことを連想させた。実はツリーセだけではなく、井上星も「阻止して」とツリーセに言った。どうしても井上凜に行かせたくなかった。それほどひどい様子だ。
「……わかった。でも、その『ドール』というものを見させてほしいから……吸血鬼さん。」
「俺は吸血鬼さんなんかじゃない。ちゃんとした名前がある。」
「では、あなたのお名前は?」
「……そっちが先に言え。」
井上凜は考えてから、キャラクターの名前を言った。
「グリンと申します。」
「お前は?」と吸血鬼はツリーセの方に見た。
「……ツリーセです。」
「ふん。俺はランディだ。それで、『ドール』が見たいのか?」
「そうです。」
「見せてもいいんだが……正直の話、こちらはまだ君たちのことを信用していない。こちらに冤罪を被せようとか考えているかもしれないんだぞ。」
「そんなことをしません。それに、信用の話と言ったら、こちらも同じです。ランディさんを信用したいから、頼んでみました。」
ランディは再び鼻で笑った。
「では、遺跡を調査するつもりだったら、なおさら自分の目で確かめた方がいいだろう?」
ランディの話がごもっともだ。井上凜はそのつもりで行くことに決めたのだったが、ツリーセに止められた。
「どうしても信じてくれないなら、そうします。だが、覚えているなら、一つ思い出してほしい。私たちは君を殺すつもりで戦っていましたか?」
ランディは少し考えていた。
「それに、吸血鬼を陥れようとするのが私たちの目的でしたら、君に察知された時点で意味がありません。」
「……屁理屈だな。だがまあ、いいだろう。面倒くさいけど、運んでやる。」
「ありがとうございます。」
ランディは適当に手を振りながら、魔法の扉の方に歩いた。その背中が見えないと、井上凜は早速ツリーセとフロンに確認した。
「ではフロンさん。いますか?」
「はい!います!とても心配しました!状況はどうでした?」
「しばらく落ち着きました。とりあえず、こちらにも聞きたいことが色々ありますが……まず、キャラクターの名前は、たしかツリーセでしたっけ……」
「はい、ツリーセです。」
ですって……やはり星くんではない。
「私と一緒に説明してくれないでしょうか?」
「説明するって……誰にですか?」
「誰にって、フロンさんです。」
『ツリーセって、フロンおじさんのことがわかっているじゃないの?僕はフロンおじさんの声が聞こえていましたよ。』
「あ、すみません。僕にはフロンおじさんの声が認識できません。存在がわかっていますが、聞こえません。星の声なら大丈夫ですが……」
「……本当ですか?」
「はい。本当です。」
「フロンさん!ロールプレイング状態にしたら、あなたの声が聞こえないって……」
「それは……はい。そうです。キャラクターには聞こえません。私も星様の声が聞こえませんが、こちらから伝えることができます。つまり、こちらの声が一方通行です。」
「そうですか……」ロールプレイング状態……思ったより不便かも。
「わかりました。この話は一旦置いときます。フロンさん。状況を説明しますから、吸血鬼の特性と特徴、教えていただけませんか?」
「吸血鬼……わかりました。」
こうして、井上凜は状況を説明し始めた。




