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メッセージの意味を理解した瞬間、二人はすぐ形容しがたい感覚に襲われた。まるで知覚と理性を蝕むように、頭の回転と判断力が鈍くなったと感じた。
自分は何をすべきか、どんな行動を取るべきか、少し判断ができなかった。
メッセージのサイズがどんどん二人の目の前に大きくなって、井上星は先にダイスを掴んで、即座に振った。原因はただの視野の邪魔なだけだった。
だが、井上星の行動のおかげで、井上凜は自分も判定すべきだと判断できた。同じくダイスを振った。
『精神の判定』に難易度がある。防衛の難易度:≧4
井上星の結果:6 成功
『精神の判定』に難易度がある。防衛の難易度:≧4
井上凜の結果:8 成功
成功の結果を見た途端、頭が鈍くなった感覚が治まった。二人は同時に強張った表情で顔を合わせた。
同じ動きをしていたから、お互いダイスを振ったことにわかっている。
「兄ちゃん……防衛?」井上星は二つの単語で質問した。
質問の意味がわかる井上凜は「うん」と返事し、ゆっくりと頷いた。
「防衛ってなんだよ。もしかして、僕たちは攻撃された?」少し不安を覚えた井上星だった。
「さ、さあ……でも、精神体がいることに間違いないと思う。」
井上凜はそう断定したが――
「精神体?二人とも、どうしましたか?」二人の推測に少し疑問を思ったフロンだった。
「あ、フロンおじさん。ちょっと待っててね。」井上星は言いながら、兄に「ここを離れる?」という意味のジェスチャーをしていた。
井上凜が同意の意味で頷いた。二人も少し危険から遠ざかるつもりだ。
「わかりました。」
そして、二人は遺跡の入口から離れた。
「ここら辺でいいかな?」
「いいと思う。」
「で、フロンおじさん。僕たち、入口で中を覗いたら、判定が出ました。『防衛』に関わる『精神の判定』だ。」
「それなら何となくわかります。判定の結果と簡単な状況なら、こちらも見えますが……どうして精神体のことを。そう判断する原因は何でしょうか?」
「肉眼で何ものも見えていなかったから。ね?兄ちゃん。」井上星はあの気分が悪い感覚が忘れられなかった。少し顔色が悪くなったから、井上凜は軽く弟の肩を叩いて、自分がいるよと安心させた。
「はい。それに、精神体は人の精神に影響を与えるでしょう?だから、そう判断しました。」
「なるほど……」
フロンの少し煮え切らない返事に井上星が質問した。
「でも、フロンおじさんがそう聞いてくるなら、僕たちは間違えたのか?」
「うーん……間違えたかどうかこちらも言い切れません。現場の状況がどうなのかわからないので。」
「ですが、何か予想があるでしょう?フロンさん。言ってください。」
「予想というか、GM情報があるので……」
「そうでした。じゃあ、精神体は違うのか。」少し判断が早まったと思った井上凜である。
「はい。それに、説明の時に申し上げましたが、精神体は侵略性と攻撃性がありません。交流することも可能です。無闇に人を攻撃することはありません。」
「なるほど。フロンさんの説明でしたら、確かにその通りですが……」
「だとしても、『防衛』の判定が出てきたのは間違いない。フロンおじさんが判定の結果が見えるなら、わかると思う。」
「はい。わかっています……そして、こちらは少し考えておりました。」
「はい?」「えっと、その意味は?」
「もし、直接に『GM情報』を伝えてはいけないなら、少し回りくどいでも、あなたたちに役に立つ情報を伝えます。そうするつもりですが……よろしいでしょうか?」
実は、フロンは自分が何かできるかとよく考えていた。その考えた結果、やはり情報の伝え役だと思った。だが、自分は信頼されていないかと少し不安を感じたのだった。
「おお!いいじゃん。言って、言って!」「わかりました。試しに伝えてみてください。」
二人がすんなりと受け入れたことに、フロンはホッとした。
「はい。では、『防衛』という言葉が出てきましたら、攻撃的な行動になります。ここまで、聞こえますか?」
雑音が入ってないことに、二人はお互いのことを見た後、気が合うように一緒に返事した。
「聞こえる。」「聞こえます。」
「聞こえて良かったです。では、このまま伝えますね。」
はいと二人が答えた。
「そして、精神の防衛と言ったら、一番考えられるのは、恐らく『精神攻撃』だと思います。」
「『精神攻撃』……」
「フロンおじさん。その精神攻撃を防ぐ手段はないの?」
「残念ですが、現段階ではお二方ができないと思います。精神攻撃は『魔力』の概念と関わっていますので、当然、防衛手段も魔力の概念と関わります。」
もちろん井上星と井上凜は魔力という言葉を聞いたことがあるが、それは所詮ゲームや漫画の知識でしかない。
この世界の魔力は何なのか、二人にとってまったくわからないものだった。
「覚えることは?」
「可能ですが、学ぶことには時間が必要です。」
「じゃあ、対応策がないということか……」
「いいや、一応判定があるよ。あまりよろしくない方法だが……でも判定が成功したら、その感覚が治まっただろう?」
「そう……だね。」まだ大失敗に引きずられている井上星だったが、認めざるを得なかった。
「ですが、身の安全を判定にゆだねるのは……」
「ええ。わかっています。だからよろしくない方法だと言いました。」
「そうですか……」
「なあ、星くん。」
「何?」
「やはり、この遺跡は後にしよう。みんなと合流して、もっと安全な方法を考えてから、ここに来た方が――」
井上凜は話も終わってないのに、「やだ!」と井上星は直接に断った。
その態度が井上凜にイラッとしてしまった。
「星くん!これは遊びじゃないんだ!」井上凜は少し態度が強くなった。
「わかっているよ!でも、その安全な方法はみんなとやるんだろう!だったら、みんなも危険な状況に陥るかもしれないじゃん!」と井上星も頑な態度になった。
「それは……」井上凜は反論できなかった。井上星の言葉がもっともだったから。
「遊びじゃないことくらいわかっている。でも、みんなが危険に逢うくらいなら、僕たちでやった方がいいだろう!」
「でもそうしたら、今度君の方が危ないだろう!周りの気持ちを考えてみろ!」
「でも、兄ちゃんが守ってくれるじゃん!」
「兄ちゃんは万能ではないと言ったはずだ!もし君は危険な目に逢ったら、私は辛いよ!ううん……私だけじゃない。家族みんなも、きっと……」
家族のことが知っているから、井上凜が言い切れる。同じく、自分のことが心配されていたから、井上星は何も言えなかった。
だから、井上星はこう言った。
「……じゃあ、若実ちゃんのことはいいの?」井上星は目をそらして、歯切れの悪い感じで言った。ただの一時的な怒りの言葉だった。本気のつもりじゃなかった。
しかし、井上星の意外な言葉に、井上凜は一瞬目を見開いて、仏頂面な顔になって、冷たい声で言った。
「……君はそれを本気で言うつもり?」冷淡な声が明らかに不機嫌な気持ちを抑えているつもりだった。そして、この声が出されたら、一つ表明している。
井上凜は怒っている。
まるで家族の気持ちを疑っているような言葉、井上星自身もそう言われたら、きっと怒るであろう。
だが、その冷淡な声と自身も不安定な情緒に影響されて、井上星は後を引けなかった。引けたくなかった。
「そ……そうだ!本気だ!僕は若実ちゃんのことが心配しているし、早く帰りたいんだよ!」
心配しているのは君だけじゃない、早く帰りたいのも君だけじゃない……だが、それを言ったところで、否定したところで、事態が良くなるわけじゃない。
それを聞いて、井上凜は深呼吸をして、とても長い息を吐いた。まるで長い長ーい溜息だった。
彼はさっき言いたかった言葉を自分の心の中にしまって、別の言葉を口にしてしまった。
「……じゃあ、勝手にすれば?」井上凜も後を引けなかった。プイと頭を横に逸らした。
さすがに阻止されなかったことに予想外だったようだ。自分のことが理解されたと思った井上星は――
「じゃ、じゃあ、兄ちゃんも一緒に……」と言った。
「一人でやれば?」
「……え?」
「私より若実ちゃんのことが心配しているだろう?私より早く帰りたいだろう?なら、自分でやれば?」
二人は今、最悪なコミュニケーションを取っていた。
「な、何でそんなことを言うんだよ……僕はそんなつもりで……」
「そんなつもりじゃなくても、そう聞こえるんだ!」井上凜のこの言葉で、井上星もわかった。自分が言いたかったことはわかってくれなかったことを。
「そんなの兄ちゃんがわかってくれるだろう!」
「わかってくれる?さっき、君が本気で言っているのかと聞いていただろう?君は何と言った?」
「そ……そんなの、本気じゃないに決まっているだろう!」
「じゃあ何で否定しなかった!」
「だって、兄ちゃんなら……」
「私は心が読めるわけじゃない!何が言いたいのか、もっと言葉を考えろ!傷つく人がいるんだろう!」
「……なんだよ!僕はただ早く帰りたいもん!」
「こちらも帰りたいよ!帰りたいのは君だけじゃないんだ!若実ちゃんのことを心配しているのは君だけじゃないんだ!」
「……わかったよ!じゃあ僕一人でやればいいだろう!一人で!」井上星は遺跡に向かって走っていた。
「あ、あの、さすがに一人は――」ずっと二人の口喧嘩に口を挟むことができなかったフロンはここで口を挟んだ。が、二人はフロンのことを構う余裕がなかった。
「待って!星くん!」少し迷っていた井上凜は井上星の後を付けた。
当然、二人の様子が見えないフロンは、ずっと不安で話をかけるしかなかった。




