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女神様の手に聖剣を  作者: なつき
たったひとつの一等星
29/30

静かな攻防戦

屋敷内では静かでも激しい戦いが繰り広げられておりました

 レイとリオン達の戦いが佳境に近づいたその頃、二人と分断されたカミーリャは無数の日記帳を浮かべて屋敷を探索していた。屋敷内を巡回している魔力達は相変わらず読みにくい。元々魔力が存在しないのと流れ込んだ魔力が完全に防御機能の支配下に置かれているのでカミーリャもすぐに対応は出来ない。おかげで二人が現在どこに居るのかも不明である。


 だから。今は闇雲に探索する振りをして、カミーリャは屋敷を廻る魔力の中に少しずつ自分の意志を通した魔力を屋敷の魔力に擬態させて放ち。防御機構に探知されないよう静かに屋敷の中枢機能を掌握しようと試みている真っ最中だ。



(しかし優れた防御機構だわ。屋敷を建てた人物はとてつもなく優秀な魔工師まこうしね)



 機構の堅牢精密さを見て素直に感嘆を洩らすカミーリャ。魔工師とはこうした屋敷の魔力導線の機構作成や戦闘での陣地形成、対魔法戦や情報戦を主とした職業でカスタル王国が発祥と謂われている。今は全世界中に優秀な専門部隊と教育機関はあるが、発祥地であるカスタル王国の『第七魔力支援部隊』に敵う者達は居ないというのが世界中の常識である。


 そしてこの屋敷の防御は。その第七魔力支援部隊にすら劣らない構築だ。自分は専門職ではない、的確に最適な手を打ち続けねばすぐに察知されて対応策を取られる筈だ。日記帳達に書き出される情報を流し読み丁寧に偽装した魔力を精製して放流、帰ってきた反応から情報を抜き取り対応した魔力を再度放ち、屋敷の防御機能に負荷を与え少しずつ機能を削ったり偽の魔力で騙したり機能に紛れ込ませて情報を抜き出したりして掌握してゆく。



(一番気になるのはこの屋敷が魔力の無い場所から転移してきたのに敷設されていた、って事かしら?)



 それはまるで『この世界に来る事を予想していたように』、だ。カミーリャはずっとそこを薄気味悪く感じていた。高次元の魔法使いなら並行世界や異世界などは容易に想定出来るし対策くらいは立てれる。だがこの屋敷が存在したのはおそらく魔力の無い世界。高次元の魔法使いが育つ環境とは思えない。どんなに才覚が有った人物が居たとしても世界がそれに追いついていない。痩せ衰えた土地で栄養満点の植物が豊作にならない様に、だ。また知識の不足もある。魔法が無い世界で魔法の技術が発展する等あり得ない。砂漠で水を沢山使って動く機械を製造して一発で成功させ、かつ故障や誤作動も一切無く動かしているようなものだ。


 それなのに。この世界に転移して来たであろう屋敷の防御機構は正確無比に動いている。想像や仮定、模擬実験だけでここまでしっかりとした構築は出来まい。何らかの手段でこの世界の情報を集積してそれに対応するようにあらゆる予想を立てて構築したに違いはないだろう。その情報はどうやって得たのか気になるが……



(今は、はぐれた二人を捜しだしつつ屋敷を制圧しないと)



 その疑問は後回し。カミーリャは再度魔力を流して防御機構の掌握を開始した。


 刹那。左で滞空する日記帳に新たな情報が書き込まれた。左目で流し読みすると『外周部で大規模な魔力崩れが発生』とある。風と雷と闇の魔力が主な成分であるので、多分あの魔獣とレイが戦ったのが原因だろう。元々両者は退くつもり等無いのだからこれは想定内の結果だと事実をカミーリャは冷静に受け止めた。魔力崩れの大半はルゥの方に流れた――どうやらレイが大規模な風の障壁を築いてこちらに流れない様にしたらしい――がルゥなら完璧に対処出来るからこれも全く問題無い。むしろちょうど良く使わせて貰っているだろう。現に栄養価の高いリークの実が生る森林が発生しているという報告も日記帳には流れて来ているのでカミーリャは一安心していた。レイの方は心配したが、風と雷の魔力が膨大に集束している情報を読んでそれも杞憂だと確信した。魔力崩れをこちら側に流さないようにしたのと闇の魔力や黒い雷から発生する魔力の総量から見てもレイの方が勝っているからだ。負ける要素は皆無だろうからこちらの作業に注力出来るのがありがたい。後でお礼を言いましょうと微笑むカミーリャだ。


 その時ふわりと羽ペンが動き、日記帳二冊に新たな情報が書き込まれる。内容は屋敷の構造とはぐれた二人のおおよその動向だ。屋敷は全四階建てに加え地下室も在るようだ。かなり広く図書室や娯楽室や休憩室に寝室等々、多数の来客や生活者を想定しているような建築である。


 二人の内ニノ様は図書室らしき室内から出て移動していた。なるほど、どうやら魔力が頼れないからアバスの力で空間に協力を依頼したらしい。やはりアバスに認められた凄い方だなとカミーリャは感心した。


 だがもう一人。ジストさんの動向が全く掴めない。ニノ様の動きはある程度なら掴めるのに、ジストさんは魔力の流れに掠りもしないのが不可解ねとカミーリャは眉をひそめた。確かに屋敷内部は隠蔽する防御機構が働いて濃厚に凝縮された魔力が各々属性に分けて部屋及び廊下を充満し、独特の層を幾重にも作り出している。探知方法をそれに合わせて変えないと魔力で人間の位置を把握するのは不可能だ。自分は今現在、大規模には出来ないものの静かに的確にそれらの場所や合わせた対応をしている筈だ。現にニノ様の動きを大雑把にでも掴めたのが理由である。


 それなのに、ジストさんの動きだけがどうしても掴めない。すぐさま魔力の層を解析して対応する魔力を流しても反応が無い。何故だろうかと疑問が湧いてくると同時に、背筋にひやりとする物が流れるカミーリャ。作戦立案をする立場として、ルゥを補佐する存在として、見逃してはいけない『ナニか』を見逃したような焦燥感が全身を履い回る。この感覚は落命の危険や作戦の失敗を意味する感覚なのでカミーリャは信を置いていた。しかし探知は不可能だ……



(ならば先に屋敷の中枢機能を私の支配下に置けばいいわ。その動きを見せれば魔力達や防御機構もそちらに注力するでしょう。屋敷の調査も二人の捜査もそれからです)



 カミーリャは方針を決めると少し大規模に魔力を流す。向かう先は屋敷に張り巡らされた導線に従って中枢区画。有害な不純物が混じった血液が脳に向かうような雰囲気で一気に放流した瞬間。今までよりも激しい敵性魔力に対して防御機構も迅速に反応する。


 狙い通りだ。その光景を日記帳の情報と目視で確認しつつカミーリャは闇色と黄昏色のオッドアイを細める。派手に動かせばこの屋敷の優秀な防御機構も迅速に対応をする。そう、優秀過ぎる機構の反応は速い。


 そして優秀過ぎるが故に。この魔力達を陽動に使い、防御機構の動きから導線の構造を把握して掌握するという作戦が通る可能性が有ると彼女は踏んでいた。カミーリャは滞空する日記帳を更に増やし頁を捲り、忙しなく羽根ペンが走らせ情報を書き出してゆく。どんな些細な情報ですら見逃さず、しっかりと読み取り一手一手に正確無比な対策を立てる。屋敷の防御魔力は現在流れ込んだ敵性魔力に対抗すべく沢山ある休憩室と現在防御する必要性が薄い娯楽室を中心に引き潮の如く去ってゆく。冷静にその様子を見送りつつ『屋敷の四階東側に侵入者が転移』という情報と『屋敷の二階娯楽室に侵入者有り』の情報を宿した魔力を放つ。刹那に魔力のうねりが弛むが誤情報と処理され再び動く。その処理は勿論正しい。何故なら真実だからだ。再び魔力達を放つカミーリャ。今度は『一階厨房に侵入者有り』と『二階廊下を侵入者が東に向かって移動中』という誤情報を乗せて。当然それは誤情報として処理されるが……少しだけ処理速度が低下した事をカミーリャは見逃さない。誤情報を与えて処理能力を低下させる作戦に手応えは有るようだと、更に誤情報を魔力に乗せて放つと今度の処理速度は落ちなかった。どうやらもう対策されたらしい。屋敷中を巡回する魔力に視覚的な情報を確認出来るように構成されていたようだ。やはり優秀な機構だ。感動するくらいに。


 ならばと次にカミーリャは、幻影や魔獣を意図的に発生させる。こちら側に与する魔力達が増えたので、発生出来るようになったのだ。今度はこれらを室内に発生させつつ誤情報の魔力達を流し、屋敷の防御機構の処理能力を完全に落とす作戦だ。


 不意に食らいつく蛇のような魔力が忍び寄って来て。カミーリャは瞳の端でそれを捉えると、左手で羽虫を潰すように床に叩き落とす。



(どうやらこちらの位置を逆探知されたらしいわ)



 床で霧散する魔力を見てちょっと指し手を急ぎ過ぎたかなと、カミーリャは双眸を細め自省する。戦術においてやり過ぎは一気に相手から覆される可能性が高い。しかし逆探知される事も彼女の想定内だ。完全に探知される迄の僅かな時間で自分の周囲に少しずつ屋敷を守護している魔力と同じ魔力をまとい同化した。


 刹那、カミーリャに飛びかかろうとした魔力達や出現した魔獣達も。彼女を見失いあらゆる方向へと散ってゆく。擬態は成功だったとカミーリャはそれらを見送りつつ更に情報を入れた魔力達と指定箇所に造り出した魔獣を放つ。出現、迎撃、侵攻、撃退、転進、討伐――様々な真実と嘘の情報が飛び交い屋敷の防御機構に大規模な負荷を与えてゆく。屋敷の処理力は即時対応していたが少しずつ落ちていた。それを見送りながらカミーリャは屋敷を廻る魔力の循環路を日記帳数冊を使って描き出す。


 魔力の循環路は屋敷を中心にして庭を囲う四重の同心円に二等辺三角形の鋭角を内側に六つ向けた六角の吸収角構造。どの様な属性を帯びた魔力が流れ込んでも処理や貯蔵されるように属性別の巨大な魔導陣の描かれた無数の地下室に向かう様になっていて、古くなった魔力は地下室の壁に描かれた外側に鋭角を向けた放出角で地下に張り巡らした上下水道や他の経路を利用して市街へと流しているようだ。


 そして。屋敷の地下中心にある部屋が。この防御機構の中枢であるようだとカミーリャは見抜いた。



(方針は決まったわ。そこを目指しましょう。二人は……魔力を介してこちらに誘導しましょうか)



 カミーリャは決断すると屋敷の廊下を歩き始めた。ニノ様の居場所はすぐに判ったので屋敷に気取られないようにそっと魔力達を流す。防御機構も無視する程小さな魔力達だ。経路をするすると流れてニノ様の元へとたどり着く。日記帳で読むとニノ様は最初は驚いたが自分に力を貸してくれる魔力達だと知って協力をして貰っているようだ。こちらは成功だと胸を撫で下ろすカミーリャ。


 だが一番の謎は。未だにジストさんの居場所が特定出来ないという点だ。もう屋敷中の部屋割りや巡回する魔力達はだいたい情報を掴んでいるし防御機構もある程度深い所まで侵入出来るのだ。


 それなのに、ジストさんだけ動向が一切掴めない。ここまで屋敷中の魔力達をかき回してもだ。やはり怪しいとカミーリャは双眸を細め、日記帳に書かれる微細な魔力達の動きを読みながら地下室を目指して進む。日記帳に書かれた情報では件の地下室へ向かうにはどうやら仕掛け扉を解かないといけないらしい。住人の遊び心なのか、随分と凝った造りだとカミーリャは素直に思う。



(仕掛け扉を開くのに必要なのは特別な術式を施した四つの水晶。この屋敷の至るところにある水晶から該当する物を探し出さないといけないのね)



 さて、厄介だと。カミーリャはむむっと顔をしかめた。何故ならこの屋敷を造った人物は水晶が好きらしく、部屋の各所に水晶が置かれているのだ。その中から正解を探すのは中々に骨が折れる作業だ。闇雲に探し回り屋敷の防御装置や魔獣達と交戦するより、ある程度の目星をつけておきたい。



(ふむ……)



 口元に指を当て軽く双眸を閉ざし。カミーリャはこの屋敷の設計者の意図を推理する。この屋敷を造った人物は多分子供のような遊び心がありそれを生かす教養と行動力があるが、侵入者に謎解きをさせて遊ばせるような事はしないだろうというのが防御の堅牢さから理解出来る。屋敷の地下室はどこよりも頑丈に造られ扉を開く方法も設計者本人しか知らないだろう。この屋敷が魔力の在る世界へと転移する事を前提に創られていた、それも踏まえ分析をする。循環する魔力達と空間や材質からの情報を日記帳に書き出し更に分析精度を上げた。地下室に向かって歩みながら警備網をかい潜り、更に情報を収集するカミーリャ。今度は丁寧に偽装した魔力達に命令を出して向かう場所に在る扉の情報を集めさせる。扉の全景や詳細を手にすればどの水晶が必要かは少しは判るだろう。


 ただ。


 その先が屋敷の最重要区画だからか単純な探り方では駄目だ。たどり着こうとする魔力達はすぐに弾かれ屋敷外へと放流されてゆく……。



(むしろ屋敷のどこに扉が在るのかは目星がつくのです。私自らが出向いた方が良い囮になるのでは?)



 カミーリャは即座に判断すると。全ての日記帳を閉じて自身の身体を細胞の肉体から魔力の粒子へと変える。そしてそのまま屋敷の循環路に侵入し最重要区画である地下室の扉前へと向かってゆく。転移するよりこちらの方が防御機構と戦えて都合が良いだろうと、燐光をまとう粒子体のカミーリャは頷いた。


◇◇◇


 カミーリャが魔力粒子の情報体となって見た世界は深海だった。どこまでも見通せない暗さと身体中を押しつけるかのような重圧、そして情報を有する魔力やそれらを制御する魔導陣が所々で妖しく輝いている。


 中々に美しいが見入っている暇は無いわと動いた刹那。警報装置が作動し粒子体へとなったカミーリャに敵性魔力や魔獣達が集結してくる。もう察知されたみたいだとカミーリャは苦笑し、日記帳を滞空させ臨戦態勢に入る。


 最初に来るのは魔獣達の大群みたいだ。なるほど、どうやら情報体になった自分に対して大量の情報を処理させて参らせる作戦らしい。シンプルだがとても有効な作戦だ。



(ですが、そんなものが私に通じるとでも?)



 襲撃する魔獣達に対し、カミーリャは十冊の日記帳に羽根ペンを走らせ攻撃の情報を割り出す。



(ふぅん、敵性魔力の中にはこちらの情報体を消去したりするものや身体を乗っ取る情報も混じっているみたいですね)



 圧倒的な物量で圧して目隠しをし、致命傷を的確に当てる。単体しか居ない兵力にはとても有効な作戦だ。


 だが、



(それなら経路を替えて別方向に流せば良いだけです)



 カミーリャは即座に対抗術として放出角に向かう下水道方面に新たな路を作り出し、突撃してきた魔力や魔獣達をそちらに向かわせる。ここは魔力情報だけの世界。通常の五感を魔獣達は持ち合わせていない。つまりは情報だけでしか判断出来ず型通りの動きしか出来ないという訳だ。



(このまま目的地まで向かい中枢機能を制圧するわ)



 カミーリャは足早に情報世界の経路を辿り、扉を目指して進んで行った。

ここまで読んでいただいて誠にありがとうございます


また続きを書きますね

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