異世界還りの女勇者⚠終末世界で望郷の念を叫ぶ
大気を引き裂くような雄叫びを残し暗黒大魔王が崩壊していく、その撒き散らす闇のすべてを、勇者のつるぎが放つ光が白く染め上げていく。
それも数秒で終わって周囲を静寂が包み込む、気が抜けた、急に両腕、その先の握力までもが抜け落ちて、両手剣はゆっくりと回転しながら落下していき、足元に転がり落ちた。
『ガラン!』と、金属音が響く。
暗黒大魔王を倒した――――。
急がないと。
心残りはある、初めて好きになれた人だっている。
でも最初に仲間になった大親友。
素っ頓狂な旅の仲間、テヘペロ。
正体を隠していた女神テヘペロは、ここが限界だ。
失敗ばかりのトラブルメイカー。
名前のとおり「テヘッ」と舌先ばかり出していた。
私は3年間、彼女の明るさに助けられてきたんだ。
感傷に浸っている余裕は無い!
「私は還る……私のいた世界へ」
「 「 そんなっ! 」 」
共に闘ってきた仲間は別れを惜しんでくれた。
私の表情に決意を見て、押し黙ってしまった。
私は鼻から吸い込んで、笑顔で一度、頷いた。
3年こうしてきた。
女神テヘペロは私の目ではなく少し下を見た。
入手に奔走した、勇者のための伝説の防具だ。
暗黒大魔王の魔法攻撃を完全に無効化できる伝説の防具、しかしサイズの都合で装着できる人間は限られている……だから私はテヘペロに選ばれて、この異世界へ召喚されてきた。
伝説のと銘打っているだけに、センスが古い。
「さすがは勇者の器をお持ちの御方、決意は固いようですね。これ以上この世界に御引き留めするのは……んっぐ、ぅんむ ぬっふー、難しいようです」
女神テヘペロは時空を曲げて、私を異世界へ呼んだ。
こちらへ私を召喚した女神テヘペロは表情こそ変えていないが鼻の穴をヒクヒク開閉していて明らかに限界、飲み会なら慌ててバケツを用意するべきタイミング、そんな顔色になっていた。
やっぱり、そうなんだ。
天恵を行使し続けて、私を留める必要があったんだ。
女神だからではなくて、大切な親友の危機的な状況。
だから――――。
「お願いテヘペロ!」
「ぅぷ……わかりた」
「ここで一緒に暮らすんだろ?!」
「折角平和を取り戻した、のに!」
「私のいた世界にも、とても平和な日常があったよ?」
光の粒子が全身を包み、最終局面で入手に成功した勇者専用の武器や防具が溶けていく幻想的な光景、ん、ぇえ? 溶けて …… 素 っ 裸 ~ ?!
異世界の空に「ぃぎゃ――!!」と絶叫が響く。
その直後、視界は白一色に塗り潰されていった。
「……行っちまったな?」
「たった3年で、お別れ」
「仕方がないのです。無理にこちらへ来ていただいたのは、女神として衰えていたテヘペロのせいなのですから。あちらでぅんむぐげろげろげ――――ぇ 」
「 「 テ ヘ ペ ロ 様 ~ っ !! 」 」
良かった、女子高のブレザー姿に戻ってる。
あのまま全裸で転移してきたら、スッポンポンで町に佇む女子高生という新たな伝説の勇者になって、その時点で人生詰んでた。
勇者の恰好で戻ってきたら。
それはそれで詰んでた。
さて。
定番ではウラシマ効果、同じと見えてチョイ違う世界。
元いた世界に帰ったという短絡思考は早計というもの。
なにか見落としがないか確認しておくべき状況だろう。
人通りは少ないけれど、おぉっと村人1号発見。
私は冷静さすが勇者ね。
「あ、すいませ~ん!!」
「あんた……マスクは?」
「う゛……ひぇ?」
どうして人を汚物かバイキンでも見るような目をするの?
しかも、この人の恰好は ―― な に ?
「個性的なファッションですね!それ全身防護服ですか?」
「先週からキシノスーツの着用は義務付けだ、まだ政府から郵送されてないのか?それなら役場に取りに行ったほうがいい。それよりも、マスクしろよ!」
「風邪っぴきなんですか?」
「最近の若者は非常識だな」
「少々異世界に行っていたというか、世情に疎いというか」
「マスクもしないで話かけるな!!」
なんでマスク。
最優先事項が?
あ、特徴的な帽子、あれは警察官?
警察官もマスクしてる、それより。
「おぉい、君、君ぃ!マスクはどうした?!」
また……マスク?
命よりもマスクが大事で、全身防護服が普段着。
この3年間でまたもや原子力発電所が爆発した。
または使用済み核燃料が再臨界して漏れ出した。
そういうこと?
「原発ですか?」
「本官の1コあげるから、まずはマスクをして!」
「マスクですか」
「緊急事態宣言下なんだぞ?」
「緊急事態宣言!なんで~?」
「マンボウが出てるんだから」
「マンボウが御町内に出る!」
魚が町を襲う? ……心当たりがある。
海辺の町ミナトは魚類系モンスターが多かった。
異世界からなにかを持ち込んでしまった、とか?
それにしては、全身防護服。
海水なら撥水加工で防げる。
それなら放射能で突然変異。
そういうことか。
地球は、核の炎に包まれた!
ぱらぱぱぱぱー ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ
「なにをブツクサと、とりあえず交番に来なさい」
「あ!やめてください怒りますよ魔縄影縛りっ!」
「……今流行りの冗談かね?」
「あ、ははは、魔縄影縛り」
「……来なさい」
「ぃゃあぁん!」
よ~し、異世界魔法は全て使えなくなった。
私は冷静、さすが勇者ね。
・
・
・
.
.
事務机を挟みホンカンさんに叱られている。
予定通りっ!!
村人の世間話を漏らさず聞く、攻略の秘訣。
そうして異世界で生き残ってきたんだから。
「コロニャですか」
「そ、COBITO-19」
「小さな人が19人」
お茶が置いてある。
マスクを外しつつ手を伸ばす。
また、「コラ!」と言われた。
「そりゃ本官も若い娘が全身防護服にマスクなんて恰好が嫌だって、その気持ちは痛いほどよくわかるよ。でもこれもコロニャに対抗するためなんだ」
「はたしてコロニャとは?」
「だからCOBITO-19だよ!」
「現世に小人がいる、ピクシーやゴブリンのような?」
「だからコロニャ! 変異するたびに爆発するんだ」
「 爆 発 ぅ ?! 」
「経済回せと言ってて、コレだ」
「回転して大爆発したんですか」
この会話を、19回繰り返している。
事務机に置かれた緑茶が欲しいと乾いた喉が訴えて、マスクを外すと叱られる、この反復動作も19回やった、どうもかなり大気汚染が進んでいるらしい。
コロニャと呼ばれる小人達が原子力発電所を爆破し、世界は核の炎に包まれて、人類は突然変異した生物に襲われているんだ。
ぱらぱぱぱぱー ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ
「君、聞いとるのかね?」
「あ、はい。すみません」
「放射能とかじゃないぞ」
「あ、そうなんですか?」
「じゃすぐ着替えなさい」
ビニール袋に包まれたアルミっぽい銀色の不織布。
村人1号やホンカンさんの着ていたものと一緒だ。
伝説の勇者専用ビキニアーマーから高校の制服へ。
お次は全身防護服~?!
「でも放射能じゃない……これ、なんなんですか?」
「そんなことも知らんのか!岸野首相がテレビで何度も言ってただろ?抗菌成分を練り込んだ伸縮自在の不織布で作った全身防護服、分科会の近江会長が泣きながら効果を訴えて法律で着用義務付けになったんだ。若い子はテレビなんて見ないって本当だったんだな?君で4人目だから本官も驚かなくなってきた」
「キシノ? ……首相はキシノさん」
「阿倍野首相のマスク同様、今回も見た目がひどい。前回のアベノマスクに続いてキシノスーツって揶揄されたのも、まぁ。当然っちゃ当然だけどな」
ホンカンさんは股間を見下ろした。
伸縮自在、だから股間は伸びてる。
そこには立派なものがついている。
それでも私は冷静、さすが勇者ね。
「ビキニアーマーより露出は少ない!」
「いいからトイレで着替えてきなさい」
「あ、はい。すみません」
袋から出した不織布は精々1mの全身タイツ。
肌ざわりは悪くない、その伸縮性には驚いた。
こども用と大人用しかないというのも納得だ。
股間にホンカンさんのような膨らみは、ない。
しかし致命的な欠陥があった――。
これは勇者専用防具を纏う者の条件のひとつ。
豊満な2つの膨らみが不織布を限界まで薄くしている。
先端のポッチが危うい、そこから破けてしまいそうだ。
愚か者には見えない裸の王様のお洋服のごとく、あられもない勇者様の新装備・キシノスーツはたわわに実った胸元がシースルーになった。
この恰好でトイレから出たら説明不要で私は『勇者』だって証明できてしまう、その時点で人生は詰んでる、これは大変なことになった!!
「ビキニアーマーもポッチの色は透けて見えなかったよ?」
『着替え終わったら引き渡し書類を作るから出てきなさい』
「私、どこかへ引き渡されるんですか?」
『税金で作ったスーツの受け渡しなんだ』
「あ、この全身タイツですか」
これを日本政府が国民の血税で作った。
乳首のポッチが透けるキシノスーツを。
日本って人口どれくらいいるのかしら。
なんのため……コロニャ~?
「あのぉ……上に制服着てもいいですよね?」
『抗菌じゃないだろ、コロニャに冒されるぞ』
「コロニャって人間で繁殖するの?!」
『そんなの常識だろ』
人間の女性を苗床にして繁殖するコロニャ。
スケスケのポッチを揺らして、徒歩で帰宅。
真っ先に狙われるのは、誰?
……この世界で無防備な私。
『もう開けるぞ?』
「 待 っ て …… もう少しだけ待ってください!!」
『もたもたするな』
「 待 っ て !! 」
聞こえる? 女神テヘペロ。 助けて? 女神テヘペロ。
私は今すぐ世界を見捨てて、懐かしい異世界に還りたい!
こんな緊急事態宣言下の現世で、ビキニアーマーより恥ずかしい恰好で、3年間留守にしていた実家に戻って両親にラノベみたいな経緯を語って納得させるより、あの懐かしい異世界に還りたいの――――っ!!
聞こえてたら返事して?
……テヘペロっ!
どうして異世界魔法が使えなくなったの?!
「 ビ キ ニ ア ー マ ー 着 ま す か ら ~ っ !!」
『ぉぃ君、大丈夫かい?』
カ ッ チ ャ ン ♪
えっ……鍵が開いた?
ホンカンさんが、トイレの鍵を外から開けたのか。
どうして外からトイレの鍵が開けられるんだろう。
「鍵ーぃ?! クッソ~勇者ナメんなぁっ――!!」
咄嗟に私はドアノブを強く握り締めた。
扉に肩を押しつけて渾身の力を込める!
「入って来んなぁ!!」
『こら~! 交番のトイレに立て籠もるんじゃ~なぁい!』
「勇者がコロニャの苗床に? ……なってたまるかっ!!」
「アイツ元気でやってるかな?」
「きっと元気いっぱい、だよ!」
「アイツの世界、平和な日常……そこに俺はいない」
「便利な機械、大きな乗り物、綺麗な洋服、とても衛生的で整備された美しい国。繰り返し何度も何度も聞きました。でも、あの御方は勇者なのです!きっと今でも魔物の住まない世界 別のなに と闘っ、ぅんむぐげろげろげ――――ぇ 」
「 「 テ ヘ ペ ロ 様 ~ っ !! 」 」