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アルテミス・ドール   作者: 城鶴憲裕
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第一部 日本

 西暦202X年、人類は極東アジアに発生した殺人ウイルス『ヴェノ』によって未曽有の危機に陥っていた。

 世界に蔓延したヴェノは容赦なく人の命を奪い、各国の医療機関のワクチン製造が間に合わなくなるほどにその変異のスピードを速め、発生してから二年間で人類の約三分の一が死んでいった。

 各国はそれぞれ独自の感染防止策を出案し、実行してきたが、全てが焼け石に水に終わっていた。中には指導者、政治家をヴェノに殺され、パンデミックから内乱状態になっている国もあった。

 誰もが、人類はこの殺人ウイルスによって滅ぼされるのだと諦めていた時……

 救世主が極東の島国、日本に現れた、

 その名は……神楽光一。

 世界的に有名な財団「TAKETORI(竹取)コンツェルン」の創業者の孫で、彼は厚労省の許可を待たずに、傘下にある製薬会社が独自に開発した対ヴェノ用ワクチン「JINM202」を無償で世界中に提供した。

 その効果は絶大であった。ワクチン接種が始まってからたった二カ月で、ヴェノは世界中からその姿を消した。。

 同時に治療薬「JIMMERーN1」を開発し、ヴェノの後遺症で世界中の病床にいる人々に日常を取り戻させた。

 神楽光一の名は世界中に広まり、世界中の人々が彼を救世主と仰いだ。

長身で肩幅も広く、顔立ちも精悍としている彼を、神に見立てる者達までが現れた。

 神楽は邪魔にしかならない法律に縛られて遅々としてウイルス対策が進まなかった祖国日本を救い、同時に時の政権の延命措置にも成功した。

 その偉大な功績に日本政府は神楽に国民栄誉賞を、世界は平和賞の数々を授与した。

 しかし、「JINM202」のそのあまりの効果のため、

「ヴェノムは神楽が自社製ワクチンで利益を得るために作られた、人工ウイルスではないか?」

「神楽は今になって、なぜワクチンを世界に披露したのか?自社の株価を上げるためだ!」

 等、恩知らずも甚だしい陰謀論が各国のSNSで発言されたが、世界中の国々が神楽光一に感謝し、神楽光一は一躍時の人となった。ヴェノ撲滅後も、神楽は世界中のパンデミックに貧困にあえぐ国々に惜しみない援助を施し、その行動、発言は世界の指導者にも影響を与えるものとなった。

 

 そして、その時はやってきた。


 ヴェノムの恐怖支配から解放された日本国民から、世界の救世主である神楽光一に政治参加を求める声が大きくなった。それは与野党とも無視の出来るものではなくなり、両陣営は神楽光一に猛烈にアピールした。

 諸外国も注目する中、神楽光一は与野党の各第一党の党首に、

「自分をすぐに内閣総理大臣に任命してくれる方に、私は協力を惜しまない」

 テレビでこう宣言した。

 この発言はあっという間に世界に広まり、特に極東アジアからは日本の与野党両陣営に対して

「神楽光一を何としても陣営に加えろ」

「いや、陣営に加えるな!」

 と、圧力にも似た発言が多々上がった。

 そして神楽がどちらの陣営につくかは今後の日本との外交にも影響が出る、とシンク・タンクからの分析を受け取った世界の大国の指導者達もその行く末を見守った。

 約半年ほどの騒動の後に、神楽は

「自分は与党第一党の民自党に入党する」と宣言した。

 神楽の意思決定に野党は当然烈火のごとく怒り、憎しみ余って神楽光一をテレビ、新聞などで激しく批判した。あろうことか、彼の祖父である神楽鉄之進の世界と日本における功績までをインチキだと批判し、神楽光一はその存在そのものが怪しい、信用のおけない危険人物であると個人批判を繰り返した。しかし神楽はそれらを軽く受け流し、国営放送、他民放局に生出演し、

「日本国の為になる施策に悉く邪魔をし、日本全体を極東各国の植民地化に導こうとしている野党各党こそ、私がヴェノの次に絶滅させる存在である」とはっきり野党を批判した。

 それから二か月後、時の総理大臣正宗正一(まさむねしょういち)の辞職による衆議院の解散選挙が行われ、神楽光一は約束通り民自党に入党した。そして彼のブレーンである幹部の数十名が選挙参謀として選挙戦に参加することになった。

 野党の激しい神楽への個人攻撃も空しく、日本国民は神楽光一を支持し、彼は選挙当確速報一パーセントの段階から他候補者に圧倒的な差をつけて大勝した。民自党も発足以来最高の支持率で選挙に打ち勝ち、民自党一党で衆議院の三分の二以上の議席を獲得した。もちろん野党は惨敗。議席を大幅に減らす結果となった。

 さて。それからが問題であった。

 選挙に勝てたのは嬉しいことだが、総理大臣の椅子は各派閥の周りもの、これまで民自党員として何の実績もない神楽光一をいきなり総理大臣にしていいものか?

 若手議員からは神楽の総理就任に賛成する声が多く上がったが、老年のベテラン党員達は一致して神楽光一の総理就任は未曽有のことだと言い出した。彼のおかげで歴史的な勝利がもたらされたのにかかわらず、である。

 民自党本部会議室は若手とベテランのにらみ合いで膠着状態になった。

 そこに勇敢に意見する若手党員が現れた。

 議員歴三年の女性党員長谷川緑(はせがわみどり)である。

「私達がが再び議員席に座ることが出来たのは、紛れもなく、間違いなく、偽りなく神楽光一氏のおかげです。それをあなた方は無視しようとするのですか?それこそ国民の信用を無くし、民自党全員を下野させることにもなります」

 こう発言すると、お決まりの返事が返ってきた。

「しかしだね、まだ三十そこそこの若造を国のトップにするなど、前例のないことだ」

「神楽光一君の世界的な業績には何の文句もない。彼は世界平和賞も受賞した。しかし、救世主に政治をやらせるなど、鶴に鶏のように毎日卵を産めと命令するようなものだ。認められん」

「君も彼のおかげでやっと議員になれたのだ。彼を慮る気持ちはわかる。しかし、これは政治だ。素人に任せることはできない。C国やK国からも懸念の声が出ている。これらを無視することは出来ん」

 それまでじっと静かに老練な党員からの反対意見を聴いていた長谷川だが、ここからが凄かった。

「いつまで敵性国家であるC国とK国に忖度を続けるつもりですか?あの国に追随して、日本に何の利益があるというのです?神楽氏も以前の発言でC国、K国に対して厳しい姿勢で臨むことを明言しています。今神楽氏に総理大臣になると困るから、あなた方に両国は圧力をかけているのでしょう?自分の国の指導者を他国の意見を聞いて決めるなんて、もう止めませんか?」

 これには老人達も反論は出来なかった。しかし、

「まあ、いいさ。やりたいというならやらせてみれば良い。ただし、失策を一つでも犯したら、我々は黙っているつもりはない。極東諸国だけでなく、世界各国も日本に注目している。恥をかかせるようなことをしたら、即刻辞めてもらう。いいかね?」

 幹事長三杉長舩(みすぎおさふね)の言葉に若手からも、熟練党員からも歓声が上がった。

 民自党代表候補選挙にも大勝し、こうして神楽光一は日本において、まったく政治実績のない素人から一気に内閣総理大臣に就任した。

「まるでラノベだ」と揶揄する文化評論家も現れた。

 そんな声も気にすることなく、内閣人事に神楽は乗り出し、民自党会議で自分を応援してくれた長谷川緑を副総理に抜擢した。これには気の強い長谷川も慌てた。

「私もまだ議員としてヒヨコのようなものです。いきなり副総理の椅子に座らせようなんて、何を企んでいるのです?」

 長谷川に言われ、神楽はにこりとして答えた。

「あなたの親戚には、北の某国から家族を拉致された人がいますね。助け出したいと思いませんか?」

「え?なぜ、それを?」

「あなたは私を助ける。私はあなたの家族を必ず助けます。これでどうですか?」

「……あなたに、賭けろと?」

「賭ける必要はありません。お互い助け合うということでどうですか?」

「……わかりました。今から私とあなたは一蓮托生。あなたが総理を辞める時は、私も辞めます」

 こうして、日本初の女性副総理が誕生した。このことも日本国民から賛辞を受けることになり、組閣前から神楽内閣の支持率は八十パーセントを超えていた。

 組閣については派閥からの意見を受け、滞りなく終えるかと思われたが、内閣官房長官に神楽の選挙参謀をしていた仲大地晴宗(なかだいちはるむね)を就任させると神楽が発表した途端、再び民自党の老練どもが声を上げた。

「重要なポストは当然与党から選出することになっている。官房長官は何としても、民自党内から選びたまえ」

 しかし神楽は首を横に振って。

「仲大地は長年私の執事をしていた男です。私の長所、短所も弁えている右腕のような存在。彼以外に官房長官は思いつきませんし、選ぶつもりもありません。何しろ、民自党には私をよく知っている、または私がよく知っている人物はいませんから」

 こう答えられては反論も出来ない。それでも三杉はなんとか、

「何か失策をしでかしたら、君の責任だよ。神楽君も、その時には総理の椅子を返してもらう」

「お任せください」

「日本を……頼む」

「はい」

 神楽は右手を差し出した。三杉は戸惑ったが、自分の右腕を伸ばして神楽と握手を交わした。

 こうして神楽総理は組閣を完成させた。内閣が変わるごとに国交省のポストを確約させていた与党第二党の晴海党は、その座を民自党の若手議員に奪われてしまった。これにはもちろん、晴海党から民自党に対して抗議が来たが、

「神楽総理が決めたことに、我々が口を出すことはない。今回は我慢してくれ」

 三杉幹事長は晴海党党首にそう答えるのみであった。


 第一次神楽内閣はこうして発足した。


 神楽が総理大臣として先ず着手したのは、国内に二百万人入るといわれる不法入国者達の一斉摘発であった。自らの施政方針演説を省略して、彼は国会議員、そしてそれを中継している多数のテレビカメラ越しに国民に訴えた。

「多額の生活扶助金が生活苦の国民にでなく、ただ遊んで暮らしているだけの外国人に支払われているのは、どう考えてもおかしいことだ。生活扶助金が本来の目的のために使われるためにも、日本のお金で日本国民以上の生活をしている不法外国人には出て行ってもらう」

 本来なら長い審議を待たなければならない議事であるが、神楽は

「一刻を争う事案である。話し合いの暇はない。私の提案書に後で目を通してくれればそれでいい。今日本はすでに侵略されているのだ」

 そして、

「すでに日本は

一、政府内、メディア内に工作員が潜入している。

二、メディアを利用した宣伝広告を頻繁に行い、大衆の意識を操作されている。

三、教育現場に侵略し、子供達の国家意識を破壊している。

四、テレビ等の宣伝媒体を過剰に利用して、国民達が自分で考える力を失わせている。

五、国民全体が国家による無理強いな法律に反対することもなく、政治に興味を無くし、腑抜けになっている。

 そしてこの次の段階は、難民と称した大量の移民が流れ込んでくることになるだろう」

 と訴えた。

 当然、国会議事堂内は蜂の巣をつついたよう騒ぎとなり、テレビのニュース番組も連日、神楽総理の批判を繰り返した。しかし、これらは神楽の想定内のことだった。

「真実を見せれば、彼等は何も言えなくなる。このくらいのことで一々恐々としていたのでは、私の内閣にいる資格はない」

 神楽総理は自分を取り囲んでいる各大臣をこう説得し、同時に脅迫した。

 

 神楽の行動は早かった。


 仲大地晴宗内閣官房長官の指示に従い、入国管理局に検察が前触れもなく突入し、大量の移民者資料を没収した。そしてその監査に神楽は自らが財閥より選んだ私設調査団が当たることになった。

「工作員が潜入している可能性がある政府の調査員は信用できない」

 抗議する議員達を説得して、神楽は調査員の監査を待った。

 そしてその結果がまとまった時、神楽は国営放送局に赴き、国民全員にノーカットで調査団の監査結果を報告した。

「私の調査団が入国管理局の膨大な資料を監査した結果、日本に難民として入国している外国人のうち、特に自国で戦争などの有事がなく、やむなく難民として日本国を頼っている外国人の三人に二人は、直接自国から入国したのではなく、他国を経由して難民に紛れ込んでいる違法難民であること、そしてその殆どが隣国であるK国、そしてC国出身であることも解りました」

 神楽の前に陣取っていた各放送局、新聞社、そして一部の外国人記者達は静まり返った。

「そしてその大部分が、本来なら不可能な筈の難民申請を行い、さらに在日申請をして在日外国人になり、生活扶助を受けながら暮らしていることも分かりました。しかし、これらのことは難民一人では出来ないことであることを考慮すると、日本にいる工作員が彼らを手引きして報奨金をもらっていることは疑う余地のないことであります。そう、日本にはすでに、スパイが大量に潜入しているのです」

 その対策として、国は何度も廃案となっている「スパイ防止法」を再審議して厳格化されたものを立案し、国会を通過させること、そして防止法を活用して各界に潜在しているスパイ達を一網打尽にして、国民の前に紹介することを神楽は約束した。

 そのような事が出来るのか、という記者団の問いに対し、神楽は微笑を浮かべて

「私なら、できます」

 と宣言した。

 この放送は国営放送局だけでなく、民放各社、そして外国のメディアでもノーカットで公開された。ノーカット放映、ノーカット掲載が記者会見参加の条件でもあったからでもあるが、その後SNSで大量に流用され、普段は政治に無頓着な無党派層の人間さえ興奮させた。



(外国ニュース解説者)

「これが成功したら、神楽総理はその名を歴史に残すことになる。日本の救世主として」

「果たしてこの会見に信憑性があると言えるのか?ただのビッグマウスではないか?」



(東京、渋谷の若者の声)

「俺、えーっと、この総理支持する!」

「口だけ口だけ。あと半年で消えるよ」

「なんかさーえーっと、かっこいいよね。今までお爺さんばっかりだったし」



(反日ニュースバラエティー番組)

「あれだけの事を言っておいて、後になってから『なかったことにしてくれ』は出来ませんよね、田野倉さん。一見良さそうに見えて、結局は見掛け倒しの内閣と言っても……」

「いえいえ。今度の総理は何かが違います。私は本心としては、この若い総理を信じてみたくなりました。おっと、この番組の趣旨に反しますかな?」

「い、いったんコマーシャルです!」


 神楽総理の動向は日本国民全員の注目を集めた。その言葉には聊かの失言もなく、また嘘も無かった。反政府を称するマスコミ、そして野党議員は臍を噛む思いで神楽総理を憎んだ。

「この前の放送以来、何の動きもないようですが、果たして本当に不法な在日外国人は逮捕されたりしたんでしょうかね?」

「最近は各国の代表と面談したり、意見交換などして世界での自分の存在感をアピールしているようですが」

「各大臣も自分の役職に東西奔走しています。高塚外務大臣は着任以来、もう三十七国の外務担当者と対談をしています」

 各大臣も必死だった。本来なら事務方に適当に任せておくような要件も、神楽から毎日確認の連絡が来るので、自らが先頭にならざるを得なかった。メディアへの出演を打診されている者もいたが、

「そんな暇はない。日本が大事なんだぞ?」

 皆そう言って、ひたすらに自らの職に埋没しながらも邁進していた。

 この内閣の行動の真摯さが国民には伝わったのか、神楽内閣の三カ月後の支持率は九割近くを維持した。



(ニュース討論番組)

「これ、フェイクじゃないのかね」

「各マスコミは、神楽総理に弱みを握られているのでは?」

「景気の方はどうなんですか?」

「神楽総理の着任以来、株価はずっと右肩上がりを続けています」

「自動車産業について、神楽総理は水素エンジン自動車の推進を訴えています。モーターを積んだ車では世界の雇用が萎んでしまうと」

「環境省と国土交通省に対して、今後メガソーラー発電所の建設を一切止めるように檄を飛ばしたそうです。エコエネルギーの対案はまだ示されていませんが、自然環境保護団体からは歓迎する声が上がっています。

「太陽光発電は自然災害のもとになっているとも指摘され始めましたね」

「同じように風力発電についてもその設置場所には厳しい条件が付くようです」

「各スーパー、コンビニでレジ袋が復活しました。エコには何の貢献もしていないと見切りをつけられたようです。レジ袋を生産していた会社は今、特需に沸いています」


 メディアの神楽政権に対する好感度は徐々に、確実に上がってきた。

 しかし、神楽総理は自分を讃えるメディアに対して厳しい方策を打ち出した。

「テレビ放送各局は外国人の役員採用を一桁に削減せよ。特に国営放送局はゼロにせよ」

 これには各局から批判が相次いだ。しかし実際、報道番組の内容に外国人役員の検閲が入っていることは事実だ。神楽総理は巧みに各局の弱みを鋭く突いた。

「報道番組では日本をこき下ろし、日本に迷惑ばかりかけているK国、C国を担ぐ内容が多すぎる。これでは日本人は自らにプライドを持つこともできなくなるし、子供達は日本に誇りを持てなくなる。子供達には正しい日本の姿を伝えるのも、私の務めです」

 神楽総理はこう反論したが、

「これはメディアに対する規制だけではありません。神楽総理の独裁への道慣らしです!絶対に許されることではない!」

「そうだ! これは独裁だ!」

 国会でも野党は神楽総理を激しく攻撃した。しかし神楽総理はいったん出した方針を引っ込めることを断固拒否した。

「以前にも言ったとおり、もうかなり古くから外国の日本侵略は始まっています。

『一、政府内、メディア内に工作員が潜入している』。

『二、メディアを利用した宣伝広告を頻繁に行い、大衆の意識を操作されている』。

 皆さんも忘れてはいないでしょう。私の政策はあくまでこれらの事実に対してワクチンを打つことです。日本を救うための政策です。私はこの国の独裁者になるなど、一ミリもそんな未来はありません。日本人全員が自国に誇りを持ち、子供達に明るい未来と自国への誇りを持ってもらうことが私が望むことのすべてです!」

 神楽総理の迫力に野党議員達はただ沈黙するしかなかった。しかし、この政策を先に進めることは、自分達の立場を著しく損なうことになるという意識は忘れてなかった。

 野党と放送局は陰で手をますます握るようになり、神楽内閣を連日のように非難した。

 K国、C国の一般人、または文化人に、

「神楽内閣の存在は両国間の信頼に強烈にヒビを入れることだ。あの内閣をこれ以上続けさせることは日本を世界から孤立させることにもなる」

 と()()()()、国民の同意を求めた。

 しかし、日本国民の反応はメディアの期待するものではなくなっていた。

「神楽内閣になってから、景気が良くなって懐に入るものも増えてきたよ」

「K国、C国は信用できない。どうして日本のメディアは神楽内閣の悪口しか言わないの?」

「もうK国のドラマを見るのは止めた。みんなそう言っているわよ」

「最近のメディア、なんかうざいね」

「神楽内閣にはずっと続いてほしい。なんで支持率が百パーセントにならないのかしら?」

 これは神楽内閣が仕掛けた洗脳ではない。

 国民は冷静にこの半年間の神楽内閣の活動を見ていた。

 之を善政と呼ばず、何と呼ぶかとまで言われた。

 不法在日外国人が逮捕されて各国に送還されたニュースは毎日のように報道され、これを契機にして入国管理法は更に厳しく改正されることとなった。野党はこれに反対できず、法案は衆議院、参議院を堂々と通過した。同時に不法在日外国人の摘発強化案も提出され、通名の利用が廃止された。これも与党の賛成多数で可決した。

 この法案が立法されて以来、外国人の犯罪件数は激しく減少した。

 与野党に属していた在日議員、多国籍議員も姿を消した。

 これはおまけだが、神社、仏閣への落書きも減った。

 外国人に対して冷たすぎる国になってはならないと、なおも野党は反攻したが、とっくの昔に彼等を支持する日本人も、外国人もいなくなっていた。

 国営放送局は臨時放送を開き、今まで役員、要人を務めていた外国人の全員解雇を発表した。これに民放各局も追随した。

 この発表を待っていたかのように、神楽総理はテレビの放送権についてスクランブル化の導入を提案した。一部外国でも実施されている、自分が見たいテレビ局だけを選局する方式である。

この発表にテレビ各局は形だけの反対をするのみで、これが立法化されると各局とも本来マス・メディアの役割に徹した。反日的な討論番組、視聴率の悪い番組はドラマはもちろん、バラエティーもすべて打ち切りになった。これらは合わせて、新聞各社にも影響を与える形になり、日本の新聞と思えないような内容で売っていた新聞はすべて廃刊となった。

「これで、ほぼ日本への侵略の目は摘みましたね、総理」

 長谷川緑副総理が嬉しそうに言った。

 内閣が発足されて一年と半年が経過していた。

 しかし、神楽総理は

「まだまだですよ。今度は日本の国土を守り、救わねばなりません」

 そう言って長谷川副総理に日本地図を開いて見せた。所々が赤色に塗られていた。

「これは?」

「外資土地買収されているエリアです。今度の目標は、これら全てを日本に取り戻すことです」

 その数週間後、「外資土地買収禁止法案」が国会に提出された。これについては隣国のK国、C国から批判が出た。

「日本の法律で我々が正規に買収した土地を取り上げようというのか?」

「横暴な。自分を何様と思っているのだ」

 各国の非難に神楽総理は冷静だった。

「法律が間違っていたから、直すまでのことです。そちらこそ、内政干渉は止めてもらいたい」

 法案は専門家達の意見も取り込み、そして国が土地を買い戻すのに必要な予算を計上して財務局に通達した。これには財務局の官僚達が黙っていなかった。

「これまで総理の提案してきた法案の数々に、どれだけの予算が使われたとお思いですか? 直ちに増税を実施しなければ無理です」

それに対して神楽総理は奥の手を提案した。

「問題になっている土地は全て、「TAKETORI コンツェルン」が買収する。国にはその百分の一の値段で転売しよう」

 この奇想天外な提案に曲者ぞろいの財務省官僚達も、横で話を聞いていた立花幸助(たちばなこうすけ)国交省大臣も絶句するしかなかった。

 かくして、「TAKETORI コンツェルン」による外資買収された土地は次々と買収され、その半年後には日本はすべての土地を外国から取り戻した。

 更に神楽総理の財閥は、日本の南西諸島と日本海の島を財閥の管轄下とし、国への奉仕として観測所と灯台、さらに日本国旗を掲揚した。

 C国もK国も、憎悪を持って神楽総理を批判した。特に自国の公害による水源の汚染の解消のために、そして自国の直轄領を作ろうと日本の国を買い漁っていたC国の怒りは激しかった。

その意思を示すためか、これまでも続けていた領海侵入をますます繰り返すようになり、ついには日本の漁船を転覆させる事態まで発生させた。

「これはC国を怒らせすぎた。神楽君、今のうちにC国の国家主席に謝っておきたまえ」

 顔面蒼白の三杉幹事長は神楽総理に訴えたが、

「これはチャンスです。完全に日本の南西諸島を日本領であると世界にアピールするチャンスですよ、幹事長」

 神楽総理は幹事長の懇願などどこ吹く風化のような顔をして見せると、すぐさまに行動に打って出た。 

 先ずC国に対して、同国の警備艇が転覆させた日本漁船への賠償として五十億円を請求した。

「漁船に乗っていたのは我が日本国国民である。国民に与えた恐怖をと損害を償うのに、五十億は軽すぎるとも思っています。お金が払えないなら、国家主席自らが私の前に来て、土下座して心からの謝意を示すべきです」

 こんな不敬不遜なことをC国に発言したのは聖徳太子以来ではあるまいか。

 C国は人民全員が不遜な日本に粛清を与えるべきだと主張した。


 こうして日本とC国は臨戦状態になった。


 しかし、いざ戦争になれば、日本には憲法第九条が足枷になる。

 今回ばかりはやりすぎたと、日本国民は神楽総理に「戦争反対」の御旗を立てた。

 「戦争反対」のシュプレヒコールが連日、国会議事堂を取り囲んだ。

 その団体の中には、下野した野党の党首達も含まれていた。

「あの独善的な神楽総理なら、いつかはやりそうな予感はありました。総理は辞任にしてC国に謝罪すべきです。これは同時に、日本の宝である憲法第九条を守るためでもあります!」

「いくら人気があるからと言って、九条を破って戦争をしても良いわけではない!」

「我々は巧みにあのヒトラーのような総理の思惑に巻き込まれていたのですよ。戦争となれば南西諸島だけでなく、沖縄も占領されてしまう!」

 国民は挙って神楽総理批判に回った。国会でも神楽総理は毎日のように追求とヤジの雨に晒された。

 しかし、神楽総理はニコリと笑って、

「宣言します。日本の領海内にC国の戦艦は侵入させません。日本の領海外ですべては終わります。そして、我々日本が勝利します」

「自衛隊にも家族がいる。戦争して隊員が死ねば、その責任をどう取るつもりかね?」

「九条がある限り、自衛隊を軍隊にするわけにはいかない。百歩譲ってみたところで、自衛隊がC国軍に勝てる見込みはありませんよ、総理!」

「総理、ここはやはり謝罪を……」

 勝気な長谷川副総理も神楽総理を心配そうに見た。

 だが、神楽総理はこう言って国会与野党議員を、そして国会中継を固唾を飲んで見守っている日本国民を、そして各国のメディアを唖然とさせた。

「皆さんは『神風』を御存じですか?」

「『神風』?先の大戦で若い命を失わせた特攻作戦に使われた戦闘機ではないか!」

「まさか、自衛隊員に同じことをさせろと?武器を使わせずに勝つには、自衛隊が特攻でもするしかないとでもいうのか!」

「そんなことは言っていません。自衛隊には変わらず、日本の自衛に徹してほしい。これ以上のことを自衛隊に私は命令しません」

「そ、それではやはり、C国に謝罪を?」

 その言葉に神楽総理は珍しく、怒りをあらわにして怒鳴った。

「日本人が乗る漁船が転覆され、船員が三人、九死に一生を得たことをお忘れか? 海上保安庁がすぐに救出に向かわなければ大変な悲劇となっていた。そして、もしそうなっていたら、私はC国に謝罪など求めませんでした。怒りに任せて、九条を無視して自衛隊に最大戦力をもってC国軍に立ち向かえと号令をかけていたでしょう。今回の事件、全ての罪はC国にあります!」

「そ、総理。いやそれは……」

「しかし、C国にとって運がよかったのは我ら同胞の船員が三人とも無事であったこと、そして海上保安部の警備艇による救出活動を邪魔しなかったことです。だから、私は自衛隊に戦闘は命じません。その代わり、C国には地獄以上の恐怖を経験してもらいます。凡そ七百年前、我が日本に侵出してきた蒙古軍と同じように、『神風』をね……」

 にやり。

 その神楽総理の表情に恐怖を感じえない者はいなかった。


 こうして、日本の絶望的な国家の自衛作戦は決行されることになった。



『C国共産党本部』


『Made In Japan』と裏に記されたモニターをC国の幹部達が見ていた。

 日本の国会中継が映っている。神楽がこちらを見て、笑っているように見えた。

「ふん。国威掲揚に七百年前のモンゴル軍全滅の逸話を持ち出すとは。バカバカしい!」

「やけになったとしか、思えませんな」

「まったくだ。おい、長官!」

 C国国家主席は、取り巻きの一人、国軍参謀長官に対して

「自衛隊が来たら全滅させろ。戦争の賠償には我が国が買収していた日本の土地全てと、沖縄諸島、そして北海道を要求しよう」


 

『国会議事堂。民自党控室』


 こちらもモニターに映し出される沖縄の様子を党員全員が食い入るように見ていた。

「今度ばかりは日本はお終いだ。巻き込まれる前に国外に逃げよう!」

「逃げるったって、どこに? C国はもはや敵国だぞ」

「あ、A国だ。こんな時こそ、在日A軍には活躍してもらわないと!」

「そうだそうだ。A国だ!」

「しかし、さっき入った報せでは、総理はA国に在日A軍の出動を断ったらしい……」

「はあ?それじゃあどうやってC国と立ち向かう?」

「謝罪はしないと言ってたぞ、総理は!」

 浮足立つ与党議員達に喝を入れたのは、長谷川副総理であった。

「男が揃いも揃って情けない!神楽総理が何をするつもりなのか予想もつきませんが、これまで不可能と思われてきたことを全て逆転してきました。ここは一つ、総理のお手並みを拝見しようじゃありませんか。それに今、私たちは総理に試されているのです」

「た、試す?」

「ど、どう言う意味かね? ふ、副総理……」

「総理の期待に応えようじゃないか、みんな!」

 内閣参謀の一人、松嶋武春(まつしまたけはる)が言った。

「期待に応える、ってことか?」

「そうだ。副総理の言う通りだ。ここで我々が総理を支えないでどうする? これまでわれら民自党がこれほどに国民の支持を得たことがあるか? 与党政党として、頼られたことがあったか?全てはは神楽総理の奇跡にも近い功績のお陰だ。ここで恩を返さなくてどうする?」

「そうだ。我々も動かなくては!」

「勝俣、お前テレビ受けしているよな。口下手な山内に代わって、あの報道番組に出て我々の正当性をアピールしてこい!」

「了解です!」

「各国からも打診が来ています。外務省に任せきりにしないで、外務省経験組は助っ人に回りなさい。国内のマスコミには私が対応します」

「副総理がですか? そう言えば、総理と官房長官は?」

「もうとっくに出かけていますよ、戦地に」

「え!」

 長谷川副総理の声に皆が驚いた。

「『TAKETORI コンツェルン』の私用ジェットに乗って、二人は一時間ほど前に沖縄に向かいました。皆は内閣の情報管理センターに行って、総理と官房長官の連絡を待ちなさい」

「戦に勝つためには先ず味方から……か。やるな、神楽総理!」

「皆さん、始めてください!』

「わかりました!」

 民自党の全員が、どっと控室から飛び出した。

「あ、あ、え、えぬえい……」

「邪魔だ!」

「日本の危機だ! 引っ込んでろ!」

 民自党員達が出てくるのを手ぐすね引いて待っていた報道記者とカメラマン達は、慌てて壁に張り付いて道を作った。

「やれやれ。あいつら揃って政治家になりおって。これからもだが、これが終わってからも大変だぞ」

 控室の椅子も座ってぼやく三杉幹事長に

「その時こそ、幹事長の出番ですよ」と、長谷川副総理が励ました。

「お前こそ、政治家になりおって。しばらく嫁にはいけんぞ」

「イギリスの元女王エリザベス一世はこう言ったそうです。『私はイギリスと結婚した』と。私も、日本と結婚することにします」

「やれやれ」

 三杉幹事長は笑った。

「戦後処理についてはわしら老いぼれどもに任せておけ。尤も、神楽のことだ。もう戦後のことも決めているかもしれないがな」

「はい、幹事長」

 二人はグータッチをして、それぞれの場所に向かった。



『沖縄県A軍辺野古基地』


「まさか総理御自身がこの戦の陣頭指揮を執るとは! 我々の出番はあるのでしょうね?」

 自家用ジェットのタラップから降りてきた神楽を、基地長官ジョージ・ボンドが迎えた。

 握手をしながら神楽は答えた。

「残念ながらA軍の出番は無い。さっき君の国の大統領にも伝えておいたが、これは日本が真の独立をかける戦いになる。だから大統領にはソファに座って、モニターでも見ながらポップコーンでも齧っていてくれと伝えておいた」

「おやおや、大統領はさぞご機嫌を損ねたでしょう? それともお笑いに?」

「好きなポップコーンの味を訊かれたので、迷うことなくメイプルシロップだと言っておいた」

「大統領は確かバター風味がお好きと聞いてます。これは外しましたね、神楽総理大臣」

「ふむ、この戦いが終わったら、メイプルシロップの素晴らしさを彼に伝えることにするよ」

「ハハハハ」

 ジープに乗せられて数分後、神楽と仲大地内閣官房長官は、ボンド長官と士官数名にエスコートされて沖縄基地本部棟に入った。

 作戦指令室に入った途端、神楽と仲大地はクラッカーの音、そして拍手と歓声に迎えられた。

「ウェルカム、ミスター・カグラ!」

「ナイスチュー・ミーチュー!」

 士官の一人が神楽の前に出て、

「ミスター・カグラ! 私の息子は貴方のワクチンで救われました! それを知ってから坊主はすっかり貴方のファンでして! 出来れば後で、記念写真とサインをお願いします!」

「そのようなもので良ければ。リクエストにはいくらでも答えますよ」

 再び指令室は歓声に沸いた。

「さあ、それでは戦争を始めようか、ミスター総理」

 長官が指令用のマイクを差し出した。

「これを手に持つことが夢の一つだった。ありがとう、ボンド長官」

 神楽はマイクを握って、指揮官椅子に座った。

「旗艦「まさむね」に繋いでほしい」

「了解。どうぞ!」

 黒人の女性通信士が神楽に掌を見せた。その手の平には「あとでキスを!」とリクエストが。

 神楽は通信士に親指を立ててから、マイクに向かって呼びかけた。

 同時に、書記がタイプを叩き始める。神楽の言葉一つ一つを逃さないように打ち叩く。

「旗艦の艦長は沖田さんでしたね。初めまして、私が神楽です」

 雑音の後、スピーカーから声がした。

『私は去年、『まさむね』の入水式の時に貴方にお会いしてますよ、総理』

「それは申し訳ない。あの頃は毎日初顔の方達と会っていましたので失念していました」

『この戦の後で『まさむね』にお越しください。そして私にも写真とサインを下さい。ワクチンで救われた私の家族の宝にします』

「喜んで。こちらでも同じことをリクエストされましたよ」

『さて、総理。事態はなかなか厳しい状況にあります。そちらのモニターでご覧ください』

 日本自衛隊とA国軍は指令系統を統一して、お互いに戦況が分かるようになっている。

 スクリーンにコンピューター画像が映し出され、北の海上自衛隊、南のC国海軍の陣形が細かいところまで見えた。

「中国船籍……おや、その前にたくさん小さな船が見えるが?」

 ボンド長官が首をかしげる。

「恐らく、C国の漁船団でしょう。彼等を盾にして、そのまま北上する作戦ですね」

『はい、総理。恐らく』

 苦々しげに沖田館長は答えた。

『想定になかったわけではありませんが、このまま戦闘に入れば、間違いなく漁船団に被害がでます。こちらが手を出せない状況を作って、風下の不利を補っています。小賢しい奴等です』

「小賢しい、か。全くですね」

 神楽はくくと笑った。

「わかりました。では、さっそくこちらから一手を出すことにしましょう。艦長、C国軍に南西諸島より以北への侵入を止めるように警告を。さもなくば……」

『さもなくば?』

「さもなくば?」

ボンド長官と沖田艦長が同時に言った。

「『神風が吹く』そう言ってください」

『か、かみかぜ、ですか?』

 タイプを打っていた書記も、思わず手を止めた。

「ミスター総理、そ、そのカミカゼとは、一体? 我々の知らない、日本の秘密兵器なのか?」

「秘密……まあ、今まで見せたことがありませんでしたから、そう言われても仕方ないですね」

 神楽は長官に振り返り、

「『神風』の姿、その目に焼き付けてください」

「お、オーケイ!」

 自分の子供ぐらいの歳の神楽に、長官は圧倒されていた。

「それでは艦長、さっきの伝言をお願いします。三度繰り返してください」

『了解。見せてもらいますよ、『神風』を! 通信士、C国海軍に警告!』

「りょうかい。C国軍……」

 マイクの向こうから、神楽が言った通りの命令が読み上げられている。

「さて、次の手は……」



『C国海軍旗艦「李白」』


「どうだ日本の自衛隊ども! これでもこちらに弾を打ち込めるか?」

 艦長のリー・エイシュがニヤニヤしながら操舵室兼指令室で双眼鏡で北東を覗いていた。

「日本海上自衛隊の動きはどうだ?」

「変わっていません。今だ南西諸島……」

「馬鹿者!」

 艦長に怒鳴られ、慌てて通信士が言い直す。

「はっ! 海蛇島沖から動かないままです」

「よし、そろそろ……」

「艦長、お待ちください!」

「なんだ?」

「日本海上自衛隊から電文です」

「ほう、この絶対的な不利を見て、降参すると言ってきたのか?」

「いえ、それが……」

「何だ?さっさと読み上げろ!」

「はっ!『C国軍に告ぐ。日本領海の南西諸島より北への侵入を止めよ、さもなくば……」

「さもなくば、何だ?」

「か、カミカゼが吹く』と」

 一瞬眉をひそめたリー艦長だが、呵々大笑して、

「かみかぜ? かみかぜだと? 馬鹿らしい! どうせ脅しに決まっている。全艦はこのまま北進、漁船団にも速度を上げて北に向かえと言っておけ!」

「了解!」

「ふん、日本の海自が何するものぞ。先頭を行く漁船の一隻にもぶつかれば、それだけで巨額の賠償問題にしてやる。そして……」

 リー艦長が言いかけた時、艦橋から見える空に幾つもの光が現れた。それらはC国海軍の頭上を抜け、その後を追うように幾つもの轟音が響き渡った。

「な、なんだ? 今のは? レーダー監視、何を見ていた!」

「す、すみません! 突然現れたので、報告を……」

「いいからさっきのは何……」

 言いかけて、リー艦長は青ざめた。

「み、南に向かって飛んで行った……まさか、わが軍を無視して、本土に弾道ミサイルを……ま、まさか今のが『カミカゼ』か?」


 

再び、『沖縄県A軍辺野古基地』

「仲大地、九州の各地自衛隊には連絡したか?」

「はい、総理」

 仲大地がボックス型の専用携帯無線機を差し出した。

「あとは総理の号令待ちです」

「よし。あまり待たせると緊張するだろうから、すぐに取り掛かってもらおう」

 神楽は携帯無線機のマイクを握り、叫んだ。

「私は日本国総理大臣。神楽です。早速ですが、今からカウントに入ります」

 腕時計を見ると、20:59:54だった。いいタイミングだ

「五、四、三、二、一……」

 神楽は数と息を吸ってから、命令を下した。

「各基地の中距離弾道ミサイル、全弾一斉発射!」

 神楽はマイクを仲大地に返すと、指令室の窓から北西の空を見た。

 最初はチラチラとして、星と区別がつかなかったそれは、見る見るうちに大きくなり、そしていくつもの光線を描きながら南西へと飛翔して行った。

「あのミサイルの目標は何処ですか? ミスター総理?」

「ミサイルに聞いてください」

「ホワット?」

「ははは。C国の三つの軍港です。南、西、東、全てに十発ずつ打ち込むように指示しました」

「ほ、ホワ!」

 指令室中の全員が叫んだ。神楽と仲大地を除いて。

「日本の南西諸島に手を出せないようにします。C国軍は、これで帰る家を失いました」

「ミスター総理、それでは日本はC国と全面戦争になるぞ! そうか、その時こそが我々の出番というわけか。よし、あとは引き受けましたよ、ミスター総理。管制塔に……」

「長官!」

 神楽に怒鳴られ、長官は危うくマイクを取り落とすところだった。

「A軍の手を煩わせることはしません。この作戦は日付が変わる前に終了します」

 この神楽の執った采配は、のちに「4・17作戦」と呼ばれることになる。

「さて、仲大地。『神風』の準備は出来てるね?」

「博士から、いつでも降臨は可能と連絡をいただいてます」

「は、博士?」

 長官が訊きた。

「『神風』の最高責任者です。我が祖父の代からの付き合いでして」

「長官! 監視衛星より画像が送られてきました」

「見せろ!」

 一番大きなモニターに映像が現れた。C国の地図と同時にC国の各軍港の様子が映し出される……しかし、何も起こった様子はない。

「み、ミサイルがあれだけ飛んで行ったというのに、これではまるで、全弾……」

「不発です。ボンド長官」

 神楽は呑気そうに言った。

「え、では不発弾を打ち込んだのか、さっきのは!」

「はい。まあ運が悪ければ、建物の一つか二つにミサイルが刺さっているかもしれませんね」

 神楽はかかと笑って、

「自分達の頭上を掠めて、基地にミサイルが飛んでいく様を見て、C国海軍は慌てふためいているでしょう……『神風』の登場は今を置いてありません」

「総理!」

 仲大地が呼ぶのに神楽は答えた。

「博士に伝えろ。『神風』投下だ」



『C国海軍旗艦「李白」』

「各基地に電文! 日本の狙いは我が国の港だと伝えろ」

「だめです、艦長! 電波が混乱しています!」

 通信士の報告に艦長は青ざめた。

「で、電波? む?」

 艦長のリー・エイシュは、艦橋の窓に細かく光るものが張り付いているのに気付いた。

「ま、まさかチャフが撒かれていたのか? いつの間に?」

「先ほどのミサイルに、チャフ弾が紛れ込んでいたのでは?」

「か、各艦にも連絡は?」

「出来ません。ノイズだけです。日本の自衛隊の配置も消えました!」

「日本め……姑息なことは得意だな。構わん、目視で……」

 艦長が言いかけた時、突然艦が大きく揺れた。

「か、艦長! 大変なことが!」

 気象観測士が声を上げた。

「今度はどうした?」

「我が艦隊の上空に、積乱雲が集まっています。こ、このままでは……」

 さらに艦が大きく揺れ、艦長と艦橋人員は床に何度も転げた。

「な、何が起こっている!」

 観測士が何とか自分の席に座り、機器を操作して、気象モニターを見て愕然とした。

「艦長! これは……信じられないことが!」

「どうした?」

「わ、我が艦の真上に、直径十キロの竜巻が!」

「竜巻? 海上でか?」

「竜巻……いや、これは……だ、ダウンバーストです!」

「ダウ……」

 その時、艦長リー・エイシュは確かに見た。

 豪風に巻き込まれながら、何隻もの僚艦が「李白」の真上を飛んでいるのを!

「レーダー! 何が起こっている?」

「か、艦長……我が艦、ただ今、飛行中です!」

「ひ、飛行? うわ!」

 並んで飛行している僚艦が、「李白」の艦首に激突した。C国最強の戦艦はは一たまりもなく艦首から崩壊し、海に墜落した。



再び、『沖縄県A軍辺野古基地』

 遠く離れた辺野古基地からも、C国艦隊の無残な様子が偵察用ドローンの映像から見えた。

ダウンバーストの渦の中で、爆発と思われる閃光が絶えず起こり、前方の漁船団も次々と竜巻に巻き込まれている。

 外でそれを目撃していた基地の全隊員が、恐怖のあまり基地内に避難した。

「あ、あれは何だ? 気象観測員!」

 長官が興奮して叫んだ。

「き、急激に台風が……いや、あれは巨大なダウンバーストです! しかし、しかし! こんな短時間で積乱雲が集結してダウンバーストを起こすなんて、ありえません!」

「ありえます」

 一人神楽が冷静に言った。

「長官、あれが日本の最終兵器にして切り札、『神風』です」

「か、『神風』!」

「かつて鎌倉時代、元の襲来を二度も食い止めて日本を護った伝説の風神……それを我々は復活させることに成功しました」

「風神……」

暫く閃光を放ちながら剛風を巻き起こしていた『神風』だが、突然姿を消した。

 そこに……

 銀色に光る、神々しく、美しい「ナニモノ」かが浮遊していた。

「オー・マイ・ゴッド……」

「ジーザス!」

 長官をはじめとする基地内の職員が、「ナニモノ」を見た。

 

 そして、


海上に墜落していく「李白」の艦橋から、艦長のリー・エイシュも、見た。

「あ、あれは……」

 ダウンバーストの中心に、月の光に照らされながら「ナニモノ」かが空に浮かんでいた。

「龍……いや、あれは一体……」

「神ですか、あれは? 艦長!」

「かみ……日本の神だとでも言うのか!」

「李白」が海上に激突し、船員が海に投げ出されていく。

「神の……審判……」

 衝撃で武器庫が爆発し、船全体が爆風に巻き込まれた。

「李白」だけでなく、他のC国戦艦も、漁船も海に叩きつけられ、爆破した。

 南西諸島沖はダウンバーストの影響で海上が上下にうねり、その中でC国船の全てが爆発、炎上し、海中に沈んでいった。

 

「こ、これは大統領にお知らせしなければ! 回線をホワイトハウスに繋げ!」

 長官が叫ぶのに、通信士が慌ててチャンネルを操作した。

 巨大モニターにA国大統領ハワード・ホークスが映し出された。

「だ、大統領!」

「興奮しているな、ボンド長官? 日本の南西諸島での決戦は、我軍と日本自衛隊の勝利か?」

「そ、それが……」

「どうした、長官?」

「私が説明しましょう。グッドモーニング。ハワード大統領」

 神楽がマイクを持ってモニターに向かって言った。

「おお。ミスター・カグラじゃないか。まさか、君が陣頭指揮を? そんなことをして、日本の大切な憲法に触れていないか?」

 にやける大統領に神楽は言葉を続けた。

「大統領。今回、私は日本を護るために、日本自衛隊とアメリカ海軍の協力を得て、私の神楽財閥の管下にある私設研究所の武器部門が開発した『神風』を発動させ、C国海軍を葬りました」

「カミカゼ?」

 ハワード大統領は怪訝な顔をしたが、そこに補佐官がタブレットを持って現れ、大統領に手渡した。大統領はしばらくタブレットを見ていたが、やがて顔が紅潮し、タブレットを投げ捨てると怒りの表情で神楽を見た。

「ミスター・カグラ! これは一体!」

「『神風』と名付けました。正に、性能は神の如しと……」

「こ、このようなものをどうやって開発した? これは一体何だ? ロボット兵器か? それともまさか。生物兵器……」

「まさに、生物兵器です。今回の実戦テストまでに五年かかりました」

「で、では君は、日本の総理大臣になる前から、この『神風』とやらを作っていたのか?」

 神楽はにやりと笑って、

「日本は核保有を認めていませんから、その代わりを作ったのです。憲法にも記載されていない最機密兵器です。恐らく世界のパワーバランスを崩すことになるでしょう」

「何を偉そうに。あんな空飛ぶゴジラ一匹で、日本が世界と対等に渡り合えるとでも?」

「対等? いいえ?」

 神楽は首を振った。

「日本は『神風』を開発し、実戦に成功させた時点で世界のトップになりました。C国は勿論、A国も日本の『神風』の前にひれ伏すしかありません」

「み、ミスター・カグラ……」

「今回の戦闘の画像は、私の私設軍が保有している軍事衛星、戦闘用ドローンによって撮影されました。あなた方が今回の件をいくら隠そうとしても、神楽の独立チャンネルで全て世界の人達が見ることが今回の戦闘の一部始終を閲覧出来るようになります。そして世界は知ることになるでしょう。『日本に迂闊なことは出来ない』、と」

 ハワード大統領は顔をさらに真っ赤にして叫んだ。

「ボンド長官! 何をしている! そこにいる独裁者モドキを拘束しろ! 国際裁判にかけてやる! 弱小国日本に好きなことはさせんぞ!」

「は、はっ! 衛兵!」

 衛兵達が神楽と仲大地を取り囲んだ。しかし神楽はのんびりとした顔をしている。

「ハハハ!観念したか?」

 ハワード大統領が言うのに、神楽はにこりと笑った。

「大統領、『神風』がまだ、起動状態であることをお忘れなく」

「な、何?」

 突然、基地全体が豪風に襲われ、飛行場にある戦闘機などを吹き飛ばした。そしてそこに、『神風』は現れた。巨体をゆっくりと着地させ、そして神楽と仲大地を見つけたようだ。

「あまり派手なことはするな、『神風』。A国は一応、同盟国だ」

 神楽の言葉に応えるように『神風』は咆哮し、基地に向かって歩いてきた。基地内は一斉に阿鼻叫喚の坩堝と化した。

「え、衛兵達、何をしている? あのデカブツを……」

 ボンド長官が叫んだが、返事は無かった。衛兵達は全員武器を捨て、神に祈りながら頭を抱え、床に付していた。

「こ、この……」

 ボンド長官は衛兵の一人からライフルを取り上げ、窓の向こうの『神風』に向かって一発撃った。窓が粉々に割れ、豪風が指令室に突入した。さすがにボンド長官も立っていることが出来ず、壁に打ち付けられた。

「無駄なことはしない方がいい、ボンド長官」

 長官が見ると、神楽と仲大地の二人は、『神風』の掌にいた。

「それでは我々は失礼する。仲大地、無線を」

 仲大地は自分が持っていた無線ボックスのマイクを神楽に差し出した。

「自衛隊本部の沖田艦長。私は仲大地と共に『神風』に乗って東京に帰る。貴方も早々に基地に引き上げて、戦勝パーティをしては如何か?」

「そ、総理! こちらでも見ましたぞ、あれを! あのキングギドラみたいなのは何ですか?」

「『神風』の首は一つだけです。まあ、改良の余地はないでしょう」

 神楽の言葉に、無表情だった仲大地が微笑した。

「さあ帰ろうか、仲大地。日本だけでなく世界中がしばらくの間、喧騒に塗れることだろう……『神風』!」

 『神風』は轟音を響かせ、その巨体を浮かせると東の空に向かって飛んで行った。









 

















 







(現在修正、執筆中)


 







 


 


 





 



 





 


 




 

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