エピローグのためのプロローグ
「よくもまあ、こんなにたくさん作ったわね。しかも一人で」
神楽耶が呑気に言う。私も同意見だ。
「全部で三百二十人だったっけ?博士が言ってたの」
「正確には三百二十一人。今回一人加わったから」
「一人だけ特別仕様なんだから、文句はないわよね、博士」
神楽耶がホールの一番手前にある、半球状のカプセルを撫でた。他のカプセルは全て正立方体型だ。
「そろそろ行こうか。もう私達は月に用は無いから」
「対エイリアン用の自衛装置は全部見直したし、月と地球との連絡網は遮断したし、もう昔の月と変わらないわね。人口三百二十一人なのを除けば、ね。お姉ちゃん」
「ええ。でも、本当にこのままにしていいのかしら? この人達、自分達で勝手に良い夢見ているんだろうけど、真実を知らせないでおくのは可哀想だと思わない?」
「思わない。だって、みんな、自分の理想郷で、理想的な第二の人生を生きているんだから、それを邪魔するのはいけないことだと思う。転生してお幸せに~で、良いじゃない」
「それはそうだけど……」
「さ、私達も第二の人生に出発しようよ、お姉ちゃん」
そう言って神楽耶が私の背を押す。押されるままに私は『ルーム』から廊下に出た。
静かに『ルーム』の戸が閉まる。
カチッ。ロックの音がする。
「さ、行こう。地球へ」
「ええ」
ポート・デッキに走っていく神楽耶を追って、私は歩きかけて、もう一度『ルーム』を見た。
あの部屋には、人間とエイリアンの脳が三百二十一個、それぞれが自分勝手な夢を見ている。
培養液で満たされた強化ガラスケースの中で。
脳を保存するための栄養はあと三百年分はある。
あと三百年、脳達はそれぞれ、自分勝手な夢を見て、生きていく。
しかし、
私と神楽耶は限りなく永遠に近い命を抱えて、
いつ終わるともわからない寿命を抱えた地球で生きていく。
何のためなど、そんな使命も、役割もない。
ただ、生きていく。二人で。
それで、幸せだから。