98話 本当の魔王 二
やっぱり、わたしが魔王なんだ……
そんな場合ではないのに、そんなことを思う。
彼らにしてみれば、わたしは裏切り者だ。
こんな魔王城の玉座に座らされて、視界に彼らが入る。
体は本当に自分の体なのかと思うほど、緊張で動かない。
「どういうつもりだ?」
コーディの声が冷たく響く。
彼の責めるような声がつらい。
いつもの優しい彼ではない。
もう、わたしには、二度と、穏やかな顔は見せてくれない。
完全に嫌われてしまった。それどころではなく、恨んでいるかもしれない。
彼らの敵、彼らの倒すべき敵は、魔王であるわたしだ。
すぐに、この場から逃げ出したい……
コーディが近づいてくる。
見ていられなくて、俯いた。
本当は受け止めなくてはいけないと思う。逃げてはいけないと思う。
「メイを返せ。どうして、こんなことをする!」
コーディはわたしではなく、宰相に迫る。
あれはわたしに向けられた言葉ではなかった。
それでも、逆につらくなってくる。
結局、その言葉はわたしに返ってくる。
わたしは全て知っていたから。
わたしは利用しようと、魔王だということを受け入れた。
魔法の発達した魔王国の方が、元の世界に帰る方法が見つかりやすいかもしれないから。
そして、彼らを騙して、連れて来た。
だから、ちゃんと、本当のことを話さないといけない。
玉座から立ち上がり、叫んだ。
「あの、ごめんなさい! 全部、嘘なんです! ここに捕まってる人なんて、いません!」
はっきり言って、謝って済む問題じゃない。
嫌われても、憎まれても、蔑まれても仕方ない。
彼らを人間に戻すことはおそらく、できないだろう。
ある川の水と別の川の水を混ぜて、元通りに分離させるようなものだと思う。
どんな言葉が返ってくるのか。
耳を塞ぎたくなる。
「どうして、メイが魔王なの?」
返ってきたのは、そんなイネスの言葉だった。
どうして、と言われても、それは、わたしが聞きたい。
「……」
わたしに答えられるはずはなく、黙り込むしかできない。
「治癒魔法しか使えない魔王? メイを唆して、魔王に仕立てて、利用しようとしているだけじゃないの」
イネスは気にしているところを突いてくる。
わたしも同じように思っている。
「魔王様はこの国にとって、王であると同時に、神なのです。治癒魔法しか使えないことは些末なことです。私達を信じられない気持ちはよくわかりますので、信じる必要はありません。ただ、あなた方とこれ以上、争う気がないことは信じていただきたく思っております」
そう言ったのはドリーだ。
相変わらず、彼女の方が女神のようだ。
「それに、争ったとしても、あなた方に勝ち目はないでしょう。より、魔王様を危険に晒すことになります。私達はただ、あなた方がこれからどうしたいのか、希望を聞きたいだけなのです」
終始、穏やかな口調、朗らかな微笑、にもかかわらず、絶対、脅し文句だ。
「どちらを選んだとしても、あなた方にも、勿論、王国にも危害を加えないとお約束致します。それに、今後、生贄は必要ありません。こちらから要求したこともありませんが。それでは、三日後の朝に結論をお聞かせください」
「わかったわ。その三日後の朝までに見極めさせてもらうわ」
イネスが射るような視線をドリーに向けている。
「そうしてください。他に何か、私達に聞いておきたいことはありますか?」
「ないわ」
「僕はあります。三日後の朝まで、メイと自由に会うことはできるのですか?」
先ほどとは違い、落ち着いた声でコーディが尋ねる。
「勿論です。自由に会っていただいてかまいません」
「それは、僕達がここに残ることになっても、メイと自由に会うことができるのですか?」
「常識的な範囲で、自由に会っていただいてかまいません」
「三日を待たなくても、僕はここに残ります」
「そうですか。気が変わることがあれば、三日後の朝におっしゃってください」
ドリーは目で合図するように宰相を見る。
わたしは、というと、未だに、玉座の前に突っ立ったまま、取り残されているように思える。
「では!」
ドリーが明るい声でそう言ったと同時に、一瞬にして、周りの景色が変わる。
同じく、玉座の間だけど、雰囲気が全然違う。
魔王城の雰囲気が吹き飛んだ。
前にも、ここの玉座に座らされた。わたしがこの魔王国に初めて来た時に。
やっと、本当の魔王国に戻ってきた気がする。
「短い期間になるかもしれませんが、あなた方を歓迎致します。快適に過ごせるよう、取り計らいましょう」
宰相が彼らに向かって、そう言った。




