97話 本当の魔王
偽魔王を倒した感慨も何もかも吹き飛ばすように声が響いた。
もちろん、メルヴァイナの声だ。
ちなみに、グレンはメルヴァイナを睨んでいる。
せっかくの雰囲気をぶち壊されたんだから、そうなるだろう。
その時、二人分の靴音が聞こえてくる。
宰相とドリーだ。
二人は玉座の傍まで歩いてくる。
多分、全員の視線が二人に集まっている。
グレンやイネスやコーディは、黙ったままだ。
色々言いたいことはあるかもしれない。
だって、あの二人はライナスによく似ている。髪色も目の色も同じだ。
明らかに捕らわれていたという感じでもない。
「よく来ていただきました。歓迎いたします」
ドリーが穏やかな口調で、微笑みながら言う。
青白い光が神秘的に思える。
それもかなり場違いだと思う。魔王城で歓迎されても困ると思う。
二人とも、服装も白っぽい。
傍から見ると、わたし達の方が悪者に見えるだろう。
「ようこそ、魔王国へお越しくださいました。私は、魔王国宰相、アラスター・ノア・デル・フィーレスと申します」
「副官のドリエス・ラーナ・デル・フィーレスと申します」
二人は穏やかな口調を崩さない。
「魔王国? 宰相? お前は何だ!」
グレンが宰相に噛みつく。
グレンはよくそんなことができると感心する。穏やかに見えても、只者じゃないというような空気があると思う。
「こちらは魔王様の治める魔王国でございます。私は魔王国で宰相の地位を頂いている者でございます」
「宰相というには、魔王が死んで何ともないのか?」
「先ほどのものは魔王ではございません。緊張を解していただこうと用意したものでございます」
あの偽魔王に全く、意図はなかった。
「どういうつもりなんだ!?」
「あなた方には謝罪しなければなりません。既に聞き及んでいることでしょうが、あなた方は人間ではなく、年も取らなくなりました。こちらの不手際でございます。誠に申し訳ございませんでした」
「何が謝罪だ! 元々、俺達を始末するつもりなんだろう!」
グレンは剣先を宰相に向ける。
「あなた方と戦う気はございません。ただ、人間でなくなったのは、こちらの落ち度なので、それを知った上で、選んでいただきたいのです。王国に帰るのか、それとも、この魔王国で暮らすのか。魔王国で暮らすのでしたら、不自由ない生活を送れるよう、支援致します」
剣を突きつけられていても、宰相は穏やかなままだ。
「俺達を連れて来たのは、本当にそれだけが目的か?」
「はい、誓って、それ以外の意図はございません」
宰相の言葉を聞き、グレンはあっさり、剣を収めた。
「信じていただけたようで、光栄でございます」
「俺達では、どうせ、お前達に勝てないだろう。挟まれてもいる」
まぁ、宰相とドリーが現れた時点で、わたし達が共犯ということは既に知れているんだろう。
グレンには思い切り、睨まれた気がする。
「俺達が王国へ帰りたいと言えば、すぐに帰ることができるのか?」
「勿論でございます。希望されるのでしたら、王国の王都までお送り致しましょう」
やっぱり、彼らは王国へ帰ることを希望するだろう。
「まだ、聞きたいことがある。謝罪は誰に対してだ? その選択の対象は誰だ?」
「あなた方四人でございます」
「そこのメイは入っていないということか?」
「彼女は対象外でございます」
彼らは、完全にわたしを敵だと認識したのだろうか。
今のは、わたしがこの魔王国側かどうかの最終確認だろうか。
わたしのしたことは責められて当然だ。
グレンはわたしを罵ってくるんだろうか。
わたしは自分の服を握りしめ、身構えていた。
「僕は、ここに残ります」
わたしの耳に届いたのは、罵る言葉じゃなくて、そんなコーディの言葉だった。
「残るわよ」
イネスもまた、そんなことを言う。
「ボクも」
ミアまで、そう言って、わたしの手を握ってくる。
「わたしのせいでそう言っているなら、取り消してください。本当に自分が望む答えを出してください」
わたしは彼らにはっきりと言った。
「取り消すつもりはありません。これは僕の意志です」
「取り消さない。残るわ。どうせ、戻っても居場所はないから」
「ボクも取り消しません」
彼らが口々に言う。
残ってくれるのはうれしい。
でも、それでいいのだろうか。
「あの、それは、すぐに決めないといけないんですか? できれば、猶予があった方がいいと思うんです」
わたしは宰相にそう提案する。
彼らは魔王国のことを知らない。魔王国も見てから、しっかり考えて決めた方がいいに決まってる。
「よろしいでしょう。本日より三日後の朝に結論をお聞かせ願えますでしょうか?」
「わかった。それで、ここに来るまでに、人形が魔王に会うように言っていたが、その魔王はどこにいる?」
グレンの言葉にドキッとする。
さすがに、わたしが魔王だとは気付いていないようだ。
まあ、わたしは、全く、魔王っぽくないと思う。
しかも、未だに治癒魔法しか使えない。
「魔王様でしたら、既にこちらにいらっしゃいます」
宰相の答えを聞き、グレンは玉座へと目を向ける。
もちろん、玉座は空だ。
わたしの鼓動は速くなっている。
「見えないとか言うんじゃないだろうな? 誰が魔王だ? お前によく似たライナスか?」
グレンが宰相を見据えると、宰相は居住まいを正す。
「こちらに残るのであれば、魔王様にお仕えしていただくことになります。魔王様、玉座へどうぞ」
宰相はそういうが、正直、めちゃくちゃ、行きたくないし、あんなイスに座りたくない。
わたしじゃない、誰かに言っているならいいのに……
玉座を見たまま、固まっていたわたしはメルヴァイナに引っ張られて、連れていかれた。
しかも、ライナス、リーナ、ティムにも周りを囲われている。
逃げられないことぐらいはわかっていた。
これ以上、嘘を吐きたくもない。
メルヴァイナに恭しく促され、わたしは玉座に着いた。
少し高いところにある玉座からは、見下ろすように見ることになる。
静まり返った玉座の間は、居心地が最悪だ。
むしろ、魔王らしくして嫌われた方がいいんだろうか……
魔王らしくって何だろう?
結局、わたしは黙ったまま、彼らと目を合わすこともできないでいた。
「魔王国女王、メイ様であらせられます」
宰相がわたしを紹介する。
「メイが……魔王……?」
イネスが呟く。それはわたしにも届く。




