95話 玉座の間へ
「この先に勇者の方々がいらっしゃいます。私達は玉座の間でお迎えします。できるだけ、勇者の方々のご希望にはお答えするつもりです。それでは、一旦、失礼致します」
ドリーは、そう言うと、転送魔法で姿を消した。
ここに転送された時点で、既に宰相はいない。
わたしは小さく息を吐く。
王国に帰るか、魔王国に留まるか、彼らがどちらを選ぶのかわからない。
はっきり言って、わたしとしても、彼らにこの魔王国に留まってほしい。
わたしから、そんなことを言う気はないけど。
でも、この世界に、わたしの家族はいない。
その中で、わたしが今、信頼できるのは、彼らだと思う。
彼らを頼る気はない。
それに本当のことを知れば、わたしから離れて行ってしまうかもしれない。
わたしも前魔王のようになってしまうかもしれない。
不安定で、不安で、どうしようもなくなってくる。
「メイさま」
メルヴァイナが落ち着いた口調でわたしを呼ぶ。
「大丈夫です。行きましょう」
わたしはできるだけ明るい声でそう、告げた。
通路を進み、突き当りを曲がる。
そこには、四人の姿があった。
彼らはわたし達にはまだ、気が付いていない。
わたしはこっそりと深呼吸してから、彼らに近づいていく。
なんて、声を掛ければいいんだろう。
そればかり考えていた。
そして、いい答えは見つからないまま。
彼らがわたし達に気付いた。
どうも気まずい気がする。
どうしようかと思っていると、
「メイ!」
ミアがわたしに飛びついてきた。
もちろん、攻撃を加えてきたわけではないことはわかる。
ただ、割と痛かった。
うっ、と呻いてしまう。
「ご、ごめんなさい、メイ」
「ミア……」
「ボク、メイが死んじゃったかと思って……」
ミアが声を詰まらせる。
ミアの目からぽろぽろと涙が零れる。
何だか、わたしまで泣きたくなってくる。それをぐっと堪える。
こんなわたしを心配してくれるミア。
そんな彼女を裏切っているようで心苦しい。
真実を知ったら……
今は何よりそれが怖い。
嫌われてお別れなんて、悲しすぎる。
それが目前に迫る。
仕方ないことはわかっている。
彼らは巻き込まれただけ。何も悪くない。
悪いのは、わたしだ。
「ミア、ありがとう」
今だけは、彼らが真実を知る前の今だけは。
「メイ、無事でよかったわ。コーディから聞いてはいたけれど」
相変わらず、イネスは淡々とした口調だ。
「イネスも、無事でよかったです」
「おい、もういいだろう、行くぞ」
ぶっきらぼうにグレンが言う。
グレンはすでに歩き出しているが、その前にどうしても、しておかないといけないことがある。
「ちょっとだけ、待ってください」
わたしはコーディに駆け寄る。
「コーディ、あの、メル姉が拾ってくれていて、預かっていたんです」
わたしはコーディに彼のお守りを渡す。
「失くしたと思っていました。ありがとうございます」
彼が優しく微笑む。
これで、役目を果たした。
といっても、これからが本当に最後の役目かもしれない。
彼らの希望は全力で叶えるつもりだ。
宰相に反対されたとしても。
もう、後戻りできない。
完全に自業自得だから。
進んでいくと、大きな両開きの扉がある。
この先が玉座の間だろう。
心を落ち着ける間もなく、扉は自動的に開いていく。待ってはくれないらしい。
中は前に偽魔王と戦った場所とは違うし、わたしが1ヶ月過ごした魔王城の玉座の間とも違う。
全体的に黒を基調としていて、立ち並ぶ柱も、黒だ。
煌びやかな雰囲気は全くなく、威圧感にも似た重厚感がある。
照明も青白く、柱の影に闇が落ちている。
中に宰相がいるのかと思ったが、誰もいない。
奥にぽつんと黒い玉座が見えている。
あんな玉座に座りたくない。
それこそ、本当の魔王のようだ。
本当に魔王かもしれないけど。
引き返せるわけもなく、
「何をしている。臆病になったか」
玉座の間の一歩手前で立ち尽くすわたし達をライナスが促してくる。
「ふんっ」と鼻を鳴らし、グレンが玉座の間へと入って行く。
わたしも後に続いた。




