93話 仮契約
わたし、ちょっと別の部屋に籠っていていいだろうか?
部屋の中の沈黙と待っているだけの時間にじっとしてられなくなりそうだ。
ライナスは何を考えているかわからない。
リーナはまあいい。
ティムはわたしのことをよく思っていない。
手持無沙汰にソファに座っていた。
コーディは無事に目を覚ますのだろうか?
彼には申し訳ないと思う。面倒しか、かけていない。
しかも、災難続きで、本当に申し訳ない。
今回のことも、わたしが連れてきたせいだ。
やっぱり、わたしが傍にいて、謝り倒した方がよかっただろうか。
それに、コーディは自分が人間ではないと知れば、どう思うだろう。
それにあんな悲惨な光景を見せられて。
確かにメルヴァイナの言うように、気が狂いそうだ。
あれ? さっき、メルヴァイナはコーディが起きているようなことを言ってなかったっけ?
わたしがいたことを知られているだろうか?
メルヴァイナがいるから、対応してくれるとは思う。
あれ? その方がマズかった?
別の意味で、コーディは無事だろうか?
色々と、待っているだけがつらい。
メルヴァイナは、もうじき、戻ってくるかもしれない。
裁きを待つ被告人みたいだ。
かと言って、拷問室に行くのも、気が引ける。
どうしたらいいのぉぉ。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
頭の中で叫んでいた。
もちろん、そんなことを周りに悟られないように、取り繕っていた。
突然、ノックもなく、扉が開けられた。
入ってきたのは、もちろん、メルヴァイナだ。
その後から、コーディも部屋へと入ってきた。
わたしは即座にソファから立ち上がった。
彼が無事そうでよかった。
わたしは彼に声を掛ける。
彼は、黒い騎士のような服装をしている。わたしにはかなり心当たりがあった。
メルヴァイナが用意してくれた暗黒騎士団の団服だ。
おそらく、ライナスの為に作ったものだと思う。拒絶されたが。
要は、魔王の騎士のイメージで作られた服だ。
コーディにめちゃくちゃ似合っている。
わたしの騎士になってもらいたいくらいだ。
そこで、ふと、わたし自身の服に視線がいった。
メルヴァイナの用意してくれた服は酷かった。
こんな露出の高い服は水着以外で初めて着た。
メルヴァイナが着ればいいかもしれないが、わたしに似合うとは思えない。
居たたまれなくなってくる。
これしかなかったと言い訳するが、コーディも呆れているかもしれない。
完全に、メルヴァイナの趣味だ。
勇者の前に立ちはだかる悪役のようだ。しかも、すぐに倒される悪役。
ふふふ。よく来たわね、勇者。とか、言いそうだ。
何だか、イタい気がする。
コーディも仕方なかったことは理解してくれたと思う。
彼は、わたしの服に特に気にした様子はない。単に興味がないだけかもしれない。
触れないでくれてよかった。
似合わないとか、不快だとか、はっきり言われれば、着たくて着ている服でなくても、ダメージを受けそうだ。
彼がそんなことを言うとは思えないが。
コーディはそれよりも、イネス、グレン、ミアがいないことの方が気掛かりなようだ。
それは当たり前だろう。
わたしも、彼らがどうしているのか、気掛かりだ。
コーディとメルヴァイナの会話から、コーディはすでに人間ではなくなったことを知っている。
それにしては、コーディは落ち着いている。
特に誰を責めるでもない。
コーディは一人で、イネス、グレン、ミアの三人を捜しに行くと言う。
メルヴァイナはそれを止めない。
一人でなんて、大丈夫なのかと思うが、彼に直接言うのは、気が引ける。
そんな時、メルヴァイナが、
「聖女様と契約してから行くといいわよ」
なんてことを言う。
メルヴァイナの言う聖女がわたしを指しているのは明らかだ。
契約というのは何なのか?
わたしは一度も聞いたことがない。
メルヴァイナの説明によると、わたしの魔力をコーディに分けるということのようだ。
わたしはもちろん、そんなことができるなら、同意する。
コーディの役に立てるなら、ぜひ、やらせてもらう。
二度と、聖女とは呼ばないでほしいが。
わたしの回答は決まっている。
だから、わたしは迷いなく、契約しますと答えた。
ただ、メルヴァイナから聞く契約方法――
「え!?」と声を上げていた。
コーディとキス! って、どうしよう。したことないのに。というより、コーディにはイネスがいる。
さすがにこれにはコーディも難色を示していた。
いくらわたしを妹のように見ていても、イネスを差し置いて、わたしとキスはできないだろう。
契約するためには、契約する人とキスするとか、ないと思う。
戸惑っている間にも、コーディがメルヴァイナと冷静に話をしている。
どうも、メルヴァイナの悪ふざけだったようだ。
かなり焦って、その辺りの思考が停止していた。
結局、触れてさえいればどこでもいいらしい。
恥ずかしいことを考えてしまっていて、それを隠すように、早く契約してしまおうと、わたしはコーディの手を掴んだ。
コーディとの契約はすぐに終わった。
何ら変わったことはない。拍子抜けなくらい。
あまりにも変わってなさすぎて、
「本当にこれで、できているんですか?」
とメルヴァイナに聞いてしまった。
メルヴァイナはコーディの練習に付き合うらしい。
わたしは待っているように言われた。
わたしが行っても、役に立たない。練習の邪魔になるだろう。
それに、コーディとは少し離れて、落ち着きたい。まだ、鼓動が速い気がする。
わたしはコーディを見送る。メルヴァイナも一緒に出ていく。




