92話 ため息
はぁと小さく何度目かのため息を吐く。
とんでもない目にあった。
悪い夢だとしか思えない。
わたしの体は一瞬でバラバラにされた。
ついでに、ずっと着ていた高校の制服もバラバラになった。
これにはかなりのショックを受けた。元の世界との繋がりのように感じていたから。
色々なことが怒涛のように押し寄せて、帰れない寂しさを忘れられていた。
でも、帰ることを諦めたわけじゃない。
それを考える前に今は、解決しなければならない問題がある。
こんなところで死んでいるわけにはいかない。
ほとんど、痛みを感じなかったのは救いだ。
わたし達は、一瞬で全滅しかけた。
それでも、わたしは生きている。
バラバラにされても、死ななかった。
本当に悪い夢だ。
わたしはどう考えても、人間じゃない。
普通に考えて、あんなになれば、死んでいる。
やっぱり、わたしが魔王なんだろうか?
とはいっても、同じようにバラバラにされたメルヴァイナ達も生きている。
そして、巻き込まれたコーディも生きてはいる。
ただ、まだ、彼だけは目を覚ましていないらしい。
コーディもわたし達と同じ目にあった。
彼がそれでも死んでいないのは、そういうことだと、メルヴァイナに言われた。
わたし達と同じような再生能力がある。
要は、もう、人間ではないのだ。
どうしてそんなことになったのか?
ライナスが言うには、以前に既にそうなっていたということだ。
おそらく、最初に境界にあったあの黒い扉を抜けた後に。
そうでなければ、死んでいたと。
それは、コーディだけでなく、後の三人もだろうと。
「グレンとイネスとミアは大丈夫でしょうか?」
逸れてしまった三人のことが気にかかる。
「心配ありません。私達を殺す気はないでしょう」
わたしもそうは思う。本気で殺そうとはしていないと思う。
罠で全滅しかけたが、結局、死んではいない。
試されているとか、そんなところなのかもしれない。いわば、テストのような。
「コーディは本当に無事なんですか?」
「身体的な問題はありません。ただ、精神面はわかりません。あんなことがあったのですから、精神的にダメージを受けている可能性もあります。こういうことも治せればいいのですが……問題なく目を覚ますかどうか……念のため、暴れたりしないよう、拘束はしております」
メルヴァイナがコーディを心配していることはわかった。
ヴァンパイアの洗礼の儀でのリーナのこととか、他の発狂したヴァンパイアのことがあるのだろうと思う。
あんな目にあって、コーディが発狂するのではないかと考えているのかもしれない。
それでも、拘束するのは、だめだと思う。
自由を奪うのはよくないと思う。
目を覚ました時に、拘束されていれば、どう思うだろう。
余計に不安になり、暴れそうだ。
わたしの場合、普通に目を覚ました。朝、起きた時と同じような感覚で。
意識を失う直前の記憶ももちろん、ある。
だから、悪夢を見たようなものだった。
「メル姉、拘束するのは、やりすぎだと思います。すぐに開放してください。不安なら、わたしがコーディの傍についています」
「……わかりました。開放します」
メルヴァイナはあっさり承諾してくれた。
「それでは、開放しに行ってきます」
メルヴァイナが部屋を出ていく。
わたしはそれを追った。
「わたしも行きます。ちゃんと、無事か確認したいので。さっき、言ったように、そのままコーディの傍にいてもいいですし」
「それは、あまりお勧めしません、メイさま。こちらで、のんびり、待っていてください」
そんなふうに言われると、本当に大丈夫なのか、不安になる。
「じゃあ、少しだけ、様子を見れば戻ります」
「まあ、そうですね。行きましょうか」
メルヴァイナの快い返答とともに、わたしは彼女について行った。
「この階じゃないんですか?」
目の前の階段を見ながら、尋ねた。
「ええ、この下です。行先は、拷問室です」
「え? 拷問室……そんな部屋が……それより、そんな部屋にコーディを?」
「目を覚まして、周りを見て回りました。そうすると、拷問室を見つけ、ちょうどベッドもありましたので、そちらに寝かせたのです」
魔王城だから、拷問室があっても、確かにおかしくはない気がする。
というより、目を覚ましたら拷問室というのは、やっぱりないと思う。
はっきり言って、いやすぎる。
階段を下り、メルヴァイナが部屋の前で立ち止まる。
拷問室というだけあって、扉からして、禍々しく感じる。
雰囲気でそう感じているだけかもしれないが、黒く、重厚感のある扉だった。
メルヴァイナが扉を開けると、建付けが悪そうな嫌な音がした。
メルヴァイナが遠慮なく拷問室に入って行く。
開きっぱなしになっている扉から中を覗く。
拷問室という響きに少し、恐ろしさを感じる。
ただ、怖いもの見たさというのもあった。
それに、わたし達には再生能力がある。本当に拷問されると、中々死ねないのだろう。
それを考えただけで、ぞっとする。
部屋の壁には、選り取り見取りな拷問具がある。
中央には、ベッド……ベッドというのかわからないが、硬すぎて、かなり寝心地は悪そうだ。
そこにコーディが寝かされていた。
わたしは、即、目を逸らした。
実際は、即ではなかったかもしれないけど。
そういえば、わたしも起きた時は裸だったと思い出した。
「起きているんでしょう?」
メルヴァイナの声が聞こえた。
わたしは音を立てないように部屋を出て、元いた部屋に戻った。
わたしはとりあえず、ライナスとリーナとティムに口止めした。
わたしはずっと、この部屋にいたことにしてもらう。




