88話 魔法の訓練
メルヴァイナは3つ先の部屋へと入って行く。
「この部屋は割と広いから、多少、壊してもどうってことはないわ」
中は家具など何もない。
部屋の中央に立ち、
「じゃあ、早くしましょうか。こうしている間もあの三人が無事かわからないから」
僕に来るように促してくる。
メルヴァイナに近づくと、彼女は僕の手首をぐっと引いた。
強い力で手首を握ってくる。
「この城にいる敵は光魔法の方が効くと思うわ。光の点を想像して。感覚で覚えて、すぐに発動できるようにして」
メルヴァイナはまくし立ててくる。
初めて使う光魔法がそんないい加減でできるものなのかと疑問に思う。
実際に想像してみても、光の点など、現れない。
「あなたは風魔法が得意だったわね。他の火や水や土と使い分けられているでしょう? それに、光魔法が追加されるだけよ。確かに初めてなら、分かりにくいかもしれないけど……それなら、私があなたに光魔法を流すから、それを感じてみて」
淡い光が僕を包んだ。
メルヴァイナの光魔法だ。
何とはなしに、できる気がした。
今までと、どこかが違う。うまく説明のできない違い。
魔法の発動が滑らかに、そして、涸れることのない泉のように安心感があるような。
僕にもメイを護れる力を、そして、今は、グレン、イネス、ミアを助けられる力を――
僕の目の前には闇のように黒い点が浮かんでいた。
メルヴァイナは僅かに困ったような顔をした。
「うーん。これは、光魔法じゃなくて、闇魔法ねっ」
メルヴァイナは嫌に明るい声で言い放った。
「闇魔法……それは、よくない魔法なのでしょうか? 禁忌のような」
不安しか湧いてこない。
「そうじゃないわ。光魔法があるんだから、対になる闇魔法も当然あるもの。きっと、闇魔法の方が相性がいいのよ。今は時間がないから、もう、それで行きましょう」
すぐにメルヴァイナは僕への光魔法の指南を放棄した。
闇魔法……それは、どう考えても、魔王側が使う魔法では?
というより、魔王そのものが浮かんだ黒い点と同じような黒だった。
メルヴァイナの説明では全く不安は解消されない。
この格好で、しかも闇魔法なんて使用するなら、本当に魔王の配下のようだ。
「今は何も考えないの。じゃあ、次に、剣を闇で覆ってみて。剣の強化よ」
闇魔法は属性魔法とは違う。
発動した時の感覚も違う。
属性魔法は自然に存在する何かから力を借りるようなものなのに対して、闇魔法は、自分の中からの力、実際にはメイの力なのかもしれないが、それに近い。
メルヴァイナの言う通り、想像の力が大きいように思う。
剣を抜き、想像する。
剣身が黒くなっていく。
思ったよりも、それは簡単にできた。
聖女のようなメイに借りた力で、こんな闇魔法を使うのは、メイに申し訳ない気もする。
「結構、優秀よ。それは防御としても、使えるし、もちろん、攻撃にも使えるわ。後、目くらましも。やり方は自分で工夫してね。じゃあ、最後に、さっき会った石の人形、ゴーレムを闇で作り出して、動かしてみて」
そんなことができるのかと思うが、やってみるしかない。
できないとは言いたくない。
ゴーレムを形作ることはできると思う。
思う間もなく、僕の目の前に、真っ黒のゴーレムがいた。
ただ、動かないし、話さない。
どうやって、これを動かすのか?
「それとの繋がりが必要よ。メイとの繋がりと同じように」
メルヴァイナが漠然とした助言をしてくる。
繋がり……
僕とメイとの間にもそれがある。姿が見えなくても、遠くに離れても。契約が解除されるまでは消えないのだろう。
僕は僕とその契約をしてくれたメイに報いたい。
目の前のゴーレムと糸で繋いでいるような想像をする。ゴーレムが僕の思いのままに動くように。
それでも、ゴーレムは動かない。
「それを作り出したのはあなたなんだから、必ず、繋がりが感じられるはずよ。今回は新たに作るというよりは、捜すのよ」
僕は深く呼吸をした。
こういうとき、焦ってはいけない。
僕は集中し、これまでとの違いを捜した。
一瞬、ゴーレムと重なるような感覚を確かに感じた。同化するのとは違うが、これが繋がりなのかもしれない。今なら、ゴーレムは動く気がする。
ゴーレムに目を向けると、ゴーレムは一歩を踏み出した。




