87話 契約
階段を上り、しばらく進んだ先にある部屋へとメルヴァイナに連れられた。
大きな窓があり、床には赤いカーペット、中央にテーブルとゆったりとしたソファがある。
そこには、メイがいた。
着ている服は変わっているが、怪我はないようだ。
こうして無事な姿を見ると、安堵の胸を撫で下ろした。
彼女はソファから立ち上がり、僕の方を見ていた。
「コーディ、目を覚ましてよかったです。メル姉が色々と言ってくるから、精神的にダメージを受けているかもしれないとか、無事に目を覚ますかわからないとか」
メイが僕の傍に来る。
彼女の着ている服は胸元が大きく開いている。そこに、目がいってしまい、慌てて視線を逸らす。
「とても、似合ってます。聖騎士の団服も似合うと思いますけど、それもいいです。わたしの服は……これしかなかったんです……」
メイは、恥ずかしそうに言う。
メイの服を見ると、前の服と比べて、随分、露出が高い。太腿まで出てしまっている。
正直に言って、どう答えていいかわからない。
「私はとっても、いいと思うわよ。私は好みよ」
メルヴァイナが口を挟んでくる。今は、はっきり言って、有難い。
メイを直視し辛い。王国の往来でこのような露出の高い服を着ている者はいない。メルヴァイナくらいだ。
「それは、メル姉の趣味だと思います」
「そお? いいと思うんだけど。まあ、今はそれしかないのは、事実だから、我慢してね」
「……これじゃあ、どう見ても、悪役のような……」
仕方がないとは思っているのか、メイはぼそぼそと呟いた。
メイの様子を見る限り、先ほどの拷問室にメイは来ていないのではないかと思う。
さすがにメイ本人に聞けない。他の誰かに聞くこともしたくない。
他に、ライナス、リーナ、ティムがいる。
ただ、彼らの中に、グレン、イネス、ミアの姿が見えない。
三人を捜す僕に、
「後の三人とは離れ離れになってしまったのよ。私達のいた床が崩れて」
メルヴァイナが思案顔を向けてくる。
「そんな……無事かわからないのですか!?」
こんな魔王の城で、離れてしまうことは不安しかない。多くの敵に囲まれたり、先ほどのような罠が他にないとも限らない。
そもそも、魔王に会って、無事でいられるのかは疑問だが。
「ええ、残念だけど。でも、簡単に死んだりはしないわ。彼らも私達と同じだから」
「それはそうかもしれませんが、僕は捜しに行きます」
「わかったわ。でも、私達はすぐには行けないわ。治癒魔法で魔力を消費したから」
「はい。ここでメイといてください。僕一人で行きます」
「ええ、止めはしないわ。それとも、ついて来てほしかった?」
「いえ、一人で行けます。あの、それと、僕の剣はありませんでしたか?」
「剣は無事だったわ。ああ、それと、行く前に、聖女様と契約してから行くといいわよ」
「契約?」
「そう、私達の聖女様とね。メイの魔力はかなり膨大なの。でも、今のままではメイ自身では使えない。だから、あなたが代わりにその魔力を行使するのよ。聖女様の騎士といったところかしら。今回は一時的な仮契約だけど」
「聖女って、わたしのことですか!? それに、契約って何ですか!? 全く、聞いたことがないんですけど」
メイは困惑気味にメルヴァイナに詰め寄る。
「ほら、街で癒しの聖女様って、呼ばれていたじゃない」
「その呼び方はしないでほしいです。それに、治癒魔法はメル姉も使えるじゃないですか」
「そうだけどぉ。ほら、私は聖女より、悪女という感じじゃない?」
「それは知りません」
メイは相変わらず、メルヴァイナと仲がよさそうだ。
「あぁ、それより、契約ね。今、説明した通りだけど、コーディがメイの魔力を使えるようにするのよ。仮契約は簡単。それに、いつでも解除できるから安心よ」
「なんだか、詐欺のような話ですね」
「もうぅ、メイ、詐欺じゃないわぁ。とっても、真面目な話なのよぉ。私も少しは心配しているのよ。やっぱり、一人で行かせることには抵抗があるのよ」
全然、真面目な話には聞こえない。
ただ、嘘ではないと思う。
「どうする? 二人の合意があれば、すぐにできるわ」
メルヴァイナが僕とメイを交互に見る。
「わたしはかまいません。少しでも役に立つなら、契約します」
「それで? コーディ、あなたは? メイと繋がりが持てるわよ」
メルヴァイナがひそひそ声で耳打ちしてくる。
「メイに負荷は掛からないのですか?」
「あなたが少々、魔力を使ったところで、メイに膨大な魔力を消費することは難しいわ。全く、問題ないわよ」
「メイ、僕と契約して、本当によろしいのですか?」
「もちろんです。だから、契約してくれるとうれしいです」
「わかりました。契約します」
なぜだか、緊張する。
「コーディ、メイの騎士になるとでも、思っておいてくれたらいいわ。これから、合流するまで、しっかり、新しい力の訓練をして来て。メイ、合流すれば、コーディに護ってもらうといいわ。あなたの魔力を分けているんだから」
メルヴァイナは急に、真摯な様子で話しかけてきた。
「肝心な、契約方法なんだけど、仮とはいえ、メイからコーディに魔力を供給する道を作らないといけないから、私がその辺りは補助するわね。二人は、そうね、唇と唇を重ねてくれていればいいわ」
「え!?」
僕とメイの声が重なった。
メルヴァイナは何を言っているのか。
「嫌なの?」
「そういう問題ではありません。他に方法はないのですか?」
かなり早口になっている自覚がある。
「うーん、そうねぇ」
「困りますので、他の方法にしてください」
「仕方ないわね。じゃあ、手でも、どこでもいいから、触れてくれればいいわ」
「というより、元々、それでよかったのでは?」
メルヴァイナは不満げに僕を見てくる。
「じゃあ、早く」
メルヴァイナに促され、メイが僕の手を取る。
「多分、大丈夫だと思います」
メイが僕に声を掛けてくる。
すると、突然、僕とメイの周りが青白く光り出す。
その光が収束し、球になる。
「それに、同時に触れて」
メルヴァイナの言葉に従って、触れる。
そこから、線が延び、僕とメイの体を貫く。
特に痛みはない。怪我をしている様子もない。
やがて、その線は消えていく。
「はい、終わり。簡単でしょ」
何かが変わっている感じはしない。
「本当にこれで、できているんですか?」
メイが疑わし気にメルヴァイナに問いかけている。
「ええ、ちゃんと、成功しているわ。心配しないで、メイ」
「では、僕は行きます」
「ええ。でも、使い方は教えてあげるわ。この先で少しだけ、練習してから行くといいわね。それくらいなら、私も付き合うから」
「わかりました。お願いします」
「じゃあ、行くわよ、コーディ。メイは待っているのよ」
部屋を出る前に、メイを見る。
「コーディ、気を付けて。また、後で会いましょう」
メイに見送られ、僕はメルヴァイナと共に、部屋を出た。




